REVIEW
映画『トム・オブ・フィンランド』
世界で最も有名にしてゲイカルチャーに多大な影響を与えたゲイ・エロティック・アートの大家、トム・オブ・フィンランドの半生を描いた映画『トム・オブ・フィンランド』がトーキョーノーザンライツフェスティバル2018で上映中です。レビューをお届けします。

トム・オブ・フィンランドとは

世界で最も有名にしてゲイカルチャーに多大な影響を与えたフィンランド出身のゲイ・エロティック・アートの大家。
短髪に髭という男くさい風貌のマッチョなゲイたちが、鋲や鎖などメタリックな装飾をあしらったレザーのコスチューム(バイカーのような感じ)、軍人が履いていたようなブーツ、警官の制服や海軍服、労働者風のスタイル、サポーター(ケツ割れ)、ボディピアス、タトゥなど、男らしさとセクシーさを強調するようなファッションに身を包み、股間を異様にもっこりさせ、バイクにまたがったり、ハードなプレイに興じたりする作風です。
トムのドローイングは、それまでのなよなよしたゲイのステレオタイプなイメージを刷新し、野郎系ゲイのスタイル(ファッション)のグローバル・スタンダードを確立しました。現在でも世界中のゲイシーンで、トム・オブ・フィンランドの絵に出てくるようなタイプの野郎系ゲイたちがたくさん活躍しています。
彼の本名はトウコ・ラークソネンと言い、イラストレーターを本業としていましたが、プライベートでトムというペンネームでゲイ・エロティック・アートを描くようになり、やがてアメリカの『フィジーク・ピクトリアル』(おおっぴらにゲイ雑誌を出版することができなかった時代に、ボディビルダーを隠れ蓑にしてゲイに「オカズ」を提供していた雑誌)に掲載される際、「トム・オブ・フィンランド」という名前がつけられました。
トム・オブ・フィンランドの作品は、アメリカで個展が開催されたりするなかで次第に広く認知されるようになり、今ではニューヨーク近代美術館にも所蔵されるほどになっています。
母国フィンランドは、トム・オブ・フィンランドを世界的なアーティストと認め、彼の作品をデザインした記念切手も発売されています。また、政府公認の「トム・オブ・フィンランド エクスペリエンス」というツアーも用意されています(フィンランド政府観光局公式サイトにも掲載されています)
映画『トム・オブ・フィンランド』
トウコ・ラークソネンはどうしてゲイ・エロティック・アートを描くようになったのか、どのようにして世界的なアーティストとなっていったのか、その生い立ちや私生活はどのようなものだったのか…映画『トム・オブ・フィンランド』は、フィンランドが誇る世界的アーティストの半生を描く伝記映画として、2017年に制作されました。
第90回アカデミー賞外国語映画部門のフィンランド代表にも選ばれています。
渋谷・ユーロスペースで開催中のトーキョーノーザンライツフェスティバル2018でジャパンプレミア上映されました(全3回上映)
<あらすじ>
フィンランドの画家志望の帰還兵トウコ・ラークソネンは、戦後間もない同性愛嫌悪な社会の中で自身のイマジネーションを解放させることを願い、ひそかに絵を描き続けた。「国の恥」とまで呼ばれたトム・オブ・フィンランドは、いかにして世界中から名声を得る存在になっていったのか…。










残念ながら2月10日の田亀源五郎さんのトークセッションがついたプレミア上映には行けなかったのですが、2月13日に観てきました。平日の16時半という時間ながら、満員で、立ち見が出るほどの人気でした。
映画自体は、とてもオーソドックスな手法で撮られた美しい作品で、セクシーなシーンもありますが、ごく控えめに描かれています。男どうしの激しいカラミはちょっと…というような方でもご覧いただけると思いますが、逆に、あの絵の世界を実写で…と期待する人には物足りないかもしれません。
フィンランドといえば、同性婚も認められましたし、ノルウェーやスウェーデンと同様、北欧の寛容な国というイメージがあるかもしれませんが、トウコ(トム)があの絵を描きはじめた戦後間もなくの頃は、ちょっとビックリするくらい(今のイスラム系の国々と変わらないくらい)苛烈な同性愛差別があり、ゲイだとバレることは社会的死を意味していました。そんな時代に、彼があの絵にどんな思いを込めて描いていたのかということが、如実に、ヒシヒシと伝わってきます。
たった一枚の絵が、命取りになるかもしれない…という状況の恐ろしさ(笑えなさ)。それでも(妹にも見つからないようにこっそり)描き続ける、描かずにはいられない彼の姿には、アートというもののある種の真実が宿っていると感じました。
様々な危険な目に遭いながら、母国で自作を公にすることの困難を思い知ったトムは、アメリカの出版社に作品を送り、雑誌の表紙を飾り、「トム・オブ・フィンランド」が誕生します。トムの人生だけでなく、世界中のゲイたちの人生をも変えるようなきっかけとなった瞬間でした。
そして、トムの絵を、やはりこっそりと、貪るように眺め、熱狂する一人の若者がいました。彼の名前はダグ。のちにトムの崇拝者として、トムを助けたりもして、この映画の後半で重要な役割を果たします(ちなみに、ダグの彼氏の役を演じたのは、ヤーコプ・オフテブロというノルウェーきってのイケメン俳優です)
あまり詳しくは書きませんが、80年代のエイズ禍の時代、トムの絵がどんな意味を持っていたか、ということも描かれます。この辺りからもう、涙腺が崩壊します。ラストシーンまでずっと、泣きっぱなしです…
絵描きとしての物語だけでなく、並行して(たぶんあまり知られていない)トムのパートナー、ニパとのエピソードもしっかり描かれていて、とてもよかったです。
二人はあるとき、とあるお宅で開催された秘密のゲイパーティに招かれるのですが、トムはニパに「あの男、君をねらってるよ」とささやき、さりげなく出会いをお膳立てします。「彼氏を公然と浮気させるなんて、信じられない」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、ゲイが安心して出会える場所などどこにも無く(ハッテン公園に行けば、警察に逮捕され…)、果たして一生に何度セックスできるのだろうか…という時代でしたから、若い彼を思えばこそ、心から愛しているからこそ、だったのです。凡百のラブストーリーとは一線を画す、そしてとてもトムらしいシーンだと感じました。
これもあまり詳しくは書きませんが、終盤は、涙なしには観られない展開です…
世の中には、恋愛は男と女でするものだ(同性愛なんて汚らわしい、異常だ、変態だ、倒錯だ)とか、恋愛は一対一でするものだ(浮気や不倫など言語道断だ)とか、ポルノなんてけしからんだとか、伝統でもなんでもない「道徳」を振りかざし、誰かをバッシングすることで快感を得るような人たち(いったい、どちらが「下品」なのでしょう…)って世間に少なからずいると思うのですが、そうした人たちにこそ、この映画を観てほしいと思いました。
レザーマン(世間では「ハードゲイ」と言われたりしますが、欧米では通じません)は、アメリカのゲイコミュニティの中でも差別されてきたという歴史があります(それゆえに「レザープライドフラッグ」というシンボルが作られました)。見た目も「普通」で品行方正でエグゼクティブで、ただパートナーが同性であるだけ、といったタイプの人は社会に受け入れられやすいのですが、レザーを代表とする物々しいイメージの服装や、SMをはじめとするいわゆるkinkyなプレイを好む人たちは、不可視化され、周縁化されやすいのです。トムの作品は、そんな彼らにとっての「生命」であり、「愛」であり、勇気を与えるアイコンでした。
「誰もが、トム・オブ・フィンランドの絵のような男には、なることができる」というフレーズも印象的でした。たとえ有色人種でも、差別されがちな出自だとしても、貧しくても、不遇な人生だとしても、体を鍛えたり、トムの絵に出てくるような服に身を包んだりして、セクシーな男になるという夢は、誰もが平等に見ることができます。そしてそれは十分、叶えることができる夢なのです(映画の中でダグがそれを証明しています)。今日も世界中で、たくさんの「トムの絵に出てくるような男たち」が、セクシーになった自分の姿を誇らしげにアプリやSNSやにアップしています。トムは90年代に亡くなっていますが、今のこの世界を見たら、どう言うだろう…そんなことを思ったりします。
ぜひ多くの方に観ていただきたい、本当に素晴らしい作品でした。
<2020年9月の上映スケジュール>
9月18日(金)~9月24日(木)
@WHITE CINE QUINTO(渋谷パルコ8階、ShibyaPARCO 8F)
9月25日(金)~10月8日(木)
@UPLINK 渋谷
トム・オブ・フィンランド Tom of Finland
2017年/フィンランド・スウェーデン・デンマーク・ドイツ・アメリカ合作/監督:ドメ・カルコスキ
INDEX
- 結婚もできない、子どももできないなかで、それでも愛を貫こうとする二人の姿を描いたクィアムービー『フタリノセカイ』
- 家族のあたたかさのおかげで過去に引き裂かれた二人が国境を越えて再会し、再生する様を描いた叙情的な作品――映画『ユンヒへ』
- 70年代のゲイクラブ放火事件に基づき、イマの若いゲイと過去のゲイたちとの愛や友情を描いた名作ミュージカル『The View Upstairs-君が見た、あの日-』
- 何食べにオマージュを捧げつつ、よりゲイのリアルを追求した素敵な漫画『ふたりでおかしな休日を』
- ゲイの青年がベトナムに帰郷し、多様な人々と出会いながら自身のルーツを探るロードムービー『MONSOON モンスーン』
- アウティングのすべてがわかる本『あいつゲイだって ――アウティングはなぜ問題なのか?』
- ホモソーシャルとホモセクシュアル、同性愛嫌悪、女性嫌悪が複雑に絡み合った衝撃的な映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
- 世紀の傑作『RENT』を生んだジョナサン・ラーソンへの愛と喝采――映画『tick, tick… BOOM!:チック、チック…ブーン!』
- 空を虹色に塗ろう――トランスジェンダーの監督が世界に贈ったメッセージとは? 映画『マトリックス レザレクションズ』
- 人種や性の多様性への配慮が際立つSATC続編『AND JUST LIKE THAT... セックス・アンド・ザ・シティ新章』
- M検のエロティシズムや切ない男の恋心を描いたヒューマニズムあふれる傑作短編映画『帰り道』
- 『グリーンブック』でゲイを守る用心棒を演じたヴィゴ・モーテンセンが、自らゲイの役を演じた映画『フォーリング 50年間の想い出』
- ショーや遊興の旅一座として暮らすクィアの生き様を描ききったベトナム映画『フウン姉さんの最後の旅路』
- 鬼才ライナー・ベルナー・ファスビンダー監督の愛と性をリアルに描いた映画『異端児ファスビンダー』
- ぜひ映画館で「歴史」を目撃してください――マーベル映画初のゲイのスーパーヒーローが登場する『エターナルズ』
- 等身大のゲイの恋愛を魅力的なキャストで描いたラブリーな映画『クロスローズ』
- リアルなゲイたちの愛や喜び、苦悩、希望、PRIDEに寄り添う、心揺さぶる舞台『すこたん!』
- 愛と笑顔のハッピームービー『沖縄カミングアウト物語〜かつきママのハグ×2珍道中!〜』
- ムーミンの作者、トーベ・ヤンソンの同性愛をありのままに描いた映画『TOVE/トーベ』
- 伝説のデザイナーのゲイライフに光を当てたドラマ『HALSTON/ホルストン』
SCHEDULE
- 01.18がいずば14周年&がい還暦パーティー







