REVIEW
映画『ゴッズ・オウン・カントリー』(RRT2018)
この映画を日本に持って来て上映してくれただけでも、映画祭、本当にありがとう、という気持ちにさせられます。あらゆる意味で素晴らしい作品でした。
「ヨークシャーの『ブロークバック・マウンテン』」とも称される作品ですが、決してイニスとジャックのような悲劇を繰り返すわけではなく、違う意味でせつない気持ちにさせられ、それでいて希望がある、そしてどこか「いにしえの世界」を感じさせもする、人間にとって普遍的な何かを描いた奥深く、そして感動的な名作でした。(後藤純一)
<あらすじ>
ジョニーは老いた祖母と病気の父に代わり、ヨークシャーにある家族の牧場を営んでいる。日々の孤独な労働を酒と行きずりのセックスで癒やすジョニーのもとに、ルーマニア人移民のゲオルゲが羊の出産シーズンを手伝いにやってくる。初めはゲオルゲを受け入れないジョニーだったが、隔絶された荒野で共に働くうちに次第に心を開いていく…。
「ヨークシャーの『ブロークバック・マウンテン』」とも称される映画です。絵面はたしかに、よく似ています。大自然のなかで、男たちが二人きりで山小屋にこもり、羊の世話をしているからです。しかし、『ブロークバック・マウンテン』が、1963年という時代に起こった悲劇で、ワイオミングの山中で愛し合った美しいカウボーイたちが、もしも、もっと寛容な時代に生きていたら、二人で幸せに暮らせたかもしれないのに…と思わせる作品だったのに対して、『ゴッズ・オウン・カントリー』は、同性婚が認められている現代のお話で、たとえヨークシャーのような田舎であっても、ゲイとして生きようと思えば生きていける、そこが大きく異なるところなんですね。では、『ゴッズ・オウン・カントリー』で描かれているのは何かと言うと、脳梗塞か何かで体の自由が効かなくなった父親に怒鳴られながら、まったく牧場の仕事にやる気を見出せず、酒に溺れ、半ば人生を放棄し、やけっぱちで、何かをこじらせているジョニーのもとに、ルーマニアから神の使いのような男がやってきて、ジョニーを導いてくれる、愛に目覚めさせてくれる、そんなジョニーの「心の旅」が、叙事詩的に描かれていたのでした。
叙事詩的、と申し上げたのは、カメラは淡々と、ヨークシャーの厳しい自然や、牛の膣に腕を突っ込んだたり、死んだ子羊の皮を剥いだり、石で囲いを作ったり、怪我をしたりする言葉少ない男たちの姿を捉えていて、ジョニーやゲオルゲの感情は、かすかな表情の変化だったり、目配せだったり、また、美しい花だったり、といったところで伝わるようになっているからです。音楽もほとんどありません。そして、取っ組み合い、相手を組み伏せて、半ば力づくで性欲を発散させようとする(マウントポジションを取り合う)姿は、古代ギリシアのレスリング競技か何かを見ているようで、男たちはきっと、いにしえの時代からこのように性を営んできたのだろうな、と思わせるものがありました。そういう意味では、どこか『君の名前で僕を呼んで』に近いものがあるかもしれません。
古代といえば、旧約聖書の時代、羊飼いは社会の最下層の人々として見下げられ、蔑まれる存在でした。そんな羊飼いたちがベツレヘムで野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた時に、イエス誕生の知らせ(福音)を真っ先に聞いたのです。イエスの「私は善き羊飼いである」という言葉(ヨハネによる福音書)も有名です。モーセやダビデも羊飼いでした。そして、ルーマニアの羊飼いは古来、ヒーラー(治癒者)として尊敬を集める存在だったそうです。この映画には、宗教的な意図はないそうですが、ジョニーが羊飼いであること、ゲオルゲがルーマニアから来た羊飼いであること、はただの偶然ではないように思えて仕方がありません…。
さて、『ゴッズ・オウン・カントリー』の最も素晴らしいところは、ジョニーの「心の旅」、人間として生まれ変わっていく(「善き羊飼い」になっていく)ところです。
行きずりで、ヤリ捨ての、暴力的にも見えるようなセックスしかしてこなかった−−それは、以前の映画によくあったような、ゲイだとバレると生きていけないから、という社会的な意味合いではなく、内面の問題で、何かをこじらせていたからだと思います−−ジョニーは、ゲオルゲと出会って、初めて「愛のあるセックスとはどういうものか」を知ります。「ヤリたい」という原始的で粗野な衝動を、より細やかで愛を感じられる人間らしいセックスに転換していく、そのやり方を、セックスの過程で教えていて、そして、映像だけで伝えているということの衝撃。ゲイの役者でも演じるのが難しいのでは…と思いますが、本当に見事に表現されていました。感服しました。(そのシーンに限らず、主演の二人は本当に素晴らしかったです)
セックスだけではありません。ゲオルゲは、ジョニーの知らない羊の世話の仕方を教えてくれて、料理も作ってくれました。生活していくこと、文化的なことが、粗野で空っぽだった男に愛を、人間らしい感情を目覚めさせたのです(なんだか猿が人類に進化していく様を見せられているかのようでした)。最初はアホヅラで何の魅力も感じなかったジョニーが、ゲオルゲと愛し合うようになってから、急に知的でセクシーに見えてきたから不思議です。人は「セックスでキレイになる」のではありません、愛することで美しくなるのです。
恋が生まれてから破局するまでの一部始終をリアルに描いているという点では『アデル、ブルーは熱い色』に似ています(導く側の人が去る理由も同じです)。もしかしたらこのまま終わるのかな、切ないけど、それでも作品としては成立するな…と思っていました。しかし、ジョニーの「心の旅」は、さらにもう1ステージ、上へと向かうのでした…(「Faggot(オカマ)」という言葉でこんなに泣けるなんて…)
予算の都合などもあって難しいかもしれませんが、僕はこの映画、ぜひ来年の青森LGBT映画祭で上映してほしいと思いました。碇ヶ関でリンゴを作っているジョニーや、五戸で牛を育てているジョニー、外ケ浜でイカを釣っているジョニーに、ぜひこの映画を観てほしいと思いました。
『ゴッズ・オウン・カントリー』は7月15日(日)18:50~にスパイラルでもう一度上映されます。
ぜひこの機会にご覧ください。これを逃すともう観れないかもしれません。
ゴッズ・オウン・カントリー
監督:フランシス・リー
2017|イギリス|104分|英語、ルーマニア語 ※日本語字幕つき
日本初上映
INDEX
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