REVIEW
映画『Ricky リッキー』
フランソワ・オゾン監督の新作『Ricky リッキー』が公開されています。一見、親子愛を描いた健全でハッピーな、よくあるタイプの映画に見えます。が、ゲイのオゾンだけに、決して「普通」じゃないテイストやメッセージが随所に盛り込まれていて、素敵でした。


フランソワ・オゾン監督(中央)と
『Ricky』のキャストたち
工場で働きながら女手一つで娘リザを育てているカティは、ある日、職場でスペイン人のパコと出会い、恋に落ちます(その恋に落ちる様が本当に痛快で、ウケます。ノンケもゲイも同じなんだなあと思います)
カティとパコの間にはめでたく男の子が生まれ、リッキーと名付けられます。ある日、リッキーの背中にこぶができ、カティはパコが暴力を振るったのでは?と疑います。怒ったパコは家を出て行きます。こぶはだんだん大きくなり、あろうことか、背中の皮を破ってグロテスクな羽根が生えてくるのです…
リアルなドラマと「ありえない世界」が地続きに描かれているため、中には「どう見ればいいの?」と困惑する方もいらっしゃるかもしれません…。現実にはそんな子どもはいませんし、いたとしても病気か先天性の異常だと病院に連れて行かれると思います。でも、カティとリザは喜んで羽根をケアし、リッキーが飛べるようにしてあげるのです(そのためにさまざまなトラブルに巻き込まれるのですが…)。そこが、この映画の素晴らしいところです。
リッキーは、人々から奇異の目で見られ、普通の家には暮らせない運命を背負った、天使でもあり、怪物でもあるような存在です(人々は「未確認飛行生命体」とか「モンスター」と呼びます)。そういう意味では、『X-MEN』のミュータントと同様、ゲイのメタファーと見ることもできるのです(オゾン監督は当然、そういう意味も持たせていたと思います)。でも、ゲイに限らず、子どもとはあまねくそういうものだと見ることもできます。「ふつう」の人なんてどこにもいない、人間である以上、どこか欠点や変わってるところがある、けどそれは、同時に素晴らしい個性だったり才能だったり神様からの贈り物でもあるのです。たとえどんな子どもであっても、母親にとっては愛しい我が子であり、母親はいつだって絶対的な子どもの味方なのです——その姿に胸を打たれます。
そして、リッキー(世界にひとりだけの子ども)をめぐって、ひとりひとりが変わっていき、信頼を取り戻し、愛を深めていく、その関係性の変容こそが、この映画の柱だと思います。決して「家族全員が愛し合い、健やかに幸せに暮らしました」ではなく、フクザツだし、冗談じゃなくいろいろ大変なことが起こるけど、でも、だからこそ幸せになれるっていうこともあるんじゃない?という逆説的なポジティブ・メッセージ。そのひねり具合や、普通じゃなさ加減こそが、オゾンの真骨頂なのだという気がします。
余談ですが、毛深くて胸板が厚い肉体労働者のパコに「アガる」人は多いと思います。カティの気持ちになっていっしょに恋に落ちる人もいるかもしれません。スペイン系のフェロモンも漂い、優しいパパでもあり、本当に素敵な男性です。こういう男優さんを選ぶところも、ゲイの監督ならではと言えるかもしれません。

Ricky リッキー
2009年/フランス=イタリア/配給:アルシネテラン/監督:フランソワ・オゾン/出演:アレクサンドラ・ラミー、セルジ・ロペス、メリュジーヌ・マヤンスほか/Bunkamuraルシネマほか全国順次ロードショー
INDEX
- 「すべての愛は気色悪い」下ネタ満載の抱腹絶倒ゲイ映画『ディックス!! ザ・ミュージカル』
- 『ボーイフレンド』のダイ(中井大)さんが出演した『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』第2話
- 安堂ホセさんの芥川賞受賞作品『DTOPIA』
- これまでにないクオリティの王道ゲイドラマ『あのときの僕らはまだ。』
- まるでゲイカップルのようだと評判と感動を呼んでいる映画『ロボット・ドリームズ』
- 多様な人たちが助け合って暮らす団地を描き、世の中捨てたもんじゃないと思えるほのぼのドラマ『団地のふたり』
- 夜の街に生きる女性たちへの讃歌であり、しっかりクィア映画でもある短編映画『Colors Under the Streetlights』
- シンディ・ローパーがなぜあんなに熱心にゲイを支援してきたかということがよくわかる胸熱ドキュメンタリー映画『シンディ・ローパー:レット・ザ・カナリア・シング』
- 映画上映会レポート:【赤色で思い出す…】Day With(out) Art 2024
- 心からの感謝を込めて――【スピンオフ】シンバシコイ物語 –少しだけその先へ−
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- トランス男性を主演に迎え、当事者の日常や親子関係をリアルに描いた画期的な映画『息子と呼ぶ日まで』
- 最高!に素晴らしい多様性エンターテイメント映画「まつりのあとのあとのまつり『まぜこぜ一座殺人事件』」
- カンヌのクィア・パルムに輝いた名作映画『ジョイランド わたしの願い』
- 依存症の問題の深刻さをひしひしと感じさせる映画『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』
- アート展レポート:ジルとジョナ
- 一人のゲイの「虎語り」――性的マイノリティの視点から振り返る『虎に翼』
- アート展レポート:西瓜姉妹@六本木アートナイト
- ラベンダー狩りからエイズ禍まで…激動の時代の中で愛し合ったゲイたちを描いたドラマ『フェロー・トラベラーズ』
- 女性やクィアのために戦い、極悪人に正義の鉄槌を下すヒーローに快哉を叫びたくなる映画『モンキーマン』
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