REVIEW
映画『女王陛下のお気に入り』
凄い映画でした。王宮の豪華絢爛さの陰で繰り広げられる、新入りいじめや女どうしのドロドロ…ある意味でゲイテイストです。そしてレズビアンです。1秒たりとも目が離せません。
スチュアート朝が最後を迎え、グレートブリテン王国が生まれようとしている時代の大英帝国の王宮が舞台です。その豪華絢爛さや衣装の美しさ、まるで「小公女セーラ」のようないじめ、女どうしのドロドロ…ある意味でゲイテイストです。そしてレズビアンです。1秒たりとも目が離せない、悪い冗談みたいな、地獄でカオスな、でもその中にほんの一瞬、本物の恋の感情が垣間見えて、うっかり泣けてしまったりもするような…とにかく凄い映画でした。「ゲイ映画なら観たいけど、レズビアンなんでしょ…?」などと思わず、ぜひ観てください。きっと損したとは思わないはずです。レビューをお届けします。(後藤純一)
まず、この作品がノミネート・受賞を果たした映画賞の数がハンパないということを、お伝えしておきます(受賞だけでWikiの独立したページができてます…ちょっと今まで見たことないです)
主なところだけご紹介すると、ヴェネツィア国際映画祭で審査員大賞と女優賞を受賞したのを皮切りに、ゴールデングローブ賞では映画の部「ミュージカル/コメディ部門」でオリヴィア・コールマン、エマ・ストーン、レイチェル・ワイズという主要な3人が全員ノミネートされ、主演女優賞を受賞しました。そして、本命のアカデミー賞でも、作品賞や監督賞を含む最多10部門でノミネートされ、主演女優賞に輝きました。英国アカデミー賞にいたっては、最多12部門にノミネートされ、主演女優賞、助演女優症(レイチェル・ワイズ)、脚本賞、英国作品賞、美術賞、衣装デザイン賞、メイクアップ&ヘア賞を受賞、最多7冠に輝きました。
また、あまり知られていないのですが、ゲイ&レズビアン・エンタテインメント映画批評家協会が選ぶドリアン賞という映画賞があり、作品賞、主演女優賞、脚本賞を受賞、最多3冠に輝いたということは特筆に値するかと思います。クィア作品を対象としたメジャーな映画賞でアカデミー賞並みに部門が設けられているのはドリアン賞だけで(GLAADメディア賞は、ざっくり長編映画(拡大公開)部門と長編映画(限定公開)部門のみです)、そこで『グリーンブック』や『ボヘミアン・ラプソディ』や『ある少年の告白』を押しのけて作品賞を含む最多受賞を果たしたのです。今年、当事者の映画批評家に最も支持された作品ということになります(ちなみに昨年の作品賞は『君の名前で僕を呼んで』、一昨年は『ムーンライト』でした)
このように、一般的にも、LGBT的にも支持された作品なのですが、では、いったいどうしてそんなに評価が高いのか?というところを、お伝えしていきます。
<あらすじ>
18世紀初頭、フランスと戦争状態にある英国の王宮で、貴族たちは、アヒルレースや鳥撃ちに熱中していた。政治にあまり関心がなく、ぶくぶく太って痛風がひどく、歩くこともできないアン女王に代わって、アンの幼なじみであるサラ(モールバラ夫人)が、宮中で絶大な権力を振るっていた。そんな中、新しい召使いとしてサラの従妹・アビゲイルが参内し、最初はひどいいじめを受けるが、サラの庇護を受け、アン女王の世話ができるようになる。再び貴族の地位に返り咲く機会を窺っていたアビゲイルは、あるとき、アン女王とサラの秘密の関係を知り、これを自分の起死回生のチャンスにつなげようとするが、行く手には様々な困難が待ち受けていた……
アンは、たまたま女王になったものの、17人の子どもが死産や早世で全員亡くなるという苦難を経験しており(部屋に17匹のうさぎを飼っています)、牢獄のように王宮に閉じ込められ、興味のない政治に翻弄され、孤独で、痛風の痛みもひどく、ときどき自分が保てなくなって、精神が崩壊しかかっているように見えます。彼女が唯一、心を許し、信頼し、寵愛しているのが、サラでした。サラはアンと心身ともに結ばれる(秘密を共有する)ことで関係を絶対的なものにし、政治の世界でも女王の代理として力を振るっています(戦地で指揮を執る夫のモールバラ卿のために増税させたり)。二人の絶対的だった絆の間にくさびを打ち込んだのが、より若く、美しく、女王に優しく、政治的な要求もしないアビゲイルでした。
アビゲイルは、少女の頃、父親の失敗で貴族の身分を剥奪され、身売りされてしまうという不幸を背負っており、いつか貴族の地位に返り咲きたいと願っているのですが、このままアビゲイルが女王と近くなりすぎると自分の立場が危うくなると気づいたサラが、ストップをかけようとして、逆にアビゲイルの内なる闘争心を目覚めさせ、あからさまなドロドロのバトルへと突入…という感じです。
『ラ・ラ・ランド』ですでにアカデミー主演女優賞を獲得しているエマ・ストーンが(『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』でレズビアンのビリー・ジーン・キングを演じたあと)よくこの役をやったな…と思います。アビゲイルとして最初に登場するシーンでは、乗合馬車の向かいの男が自慰を見せつけ、馬糞だらけの泥に突き落とされ、うんこまみれでハエがたかるような状態で王宮に入っていくという、びっくりするような展開です。全体として汚れ役ですし、悪女でもあります。
オリヴィア・コールマン演じるアン女王も凄いです。絶対的な権力を持っていながら、本当に自分のことを愛してくれる人間がこの世にただの一人もいないと悟っていて、17人の子どもが全員亡くなっていて、絶望的なまでに孤独で(だからせめて恋人はほしいと強く希求していて)、一方で、臣下は全員、自分のことを太った醜い女だと思ってるという被害者意識から、怒鳴ったりもする、感情をコントロールできず、癇癪を起こしたり、子どものように泣いたりもする、そしてときどき、「無」のような表情をする…そういう特異な人物を、鬼気迫る演技で創り上げました。
サラを演じたレイチェル・ワイズも、スカートを穿かず、男たちを相手にひるまず、毅然と、政治に口を出していく、当時、女性がそのような振る舞いをすることは、例外中の例外だったはずで(議場の議員たちは全員、男性です)、まるでジャンヌ・ダルクのように見えます。貴族の男たちの愚劣さ、アホさ加減と、サラの聡明さや威厳が、見事に対比されています。しかし、アビゲイルにその座を追われてからの転落っぷりの激しさは、想像を絶するものがあります。
3人が3人とも、ゴールデングローブ賞とアカデミー賞にノミネートされたのは、むべなるかな、です。
王宮なので、内装とか調度品とかがものすごく瀟洒なのは当然なのですが、貴婦人たちの着る衣装がノーブルな紺と白で統一されていて、逆に(トーリー党の)男たちが赤いものを身に着けていたり、色彩にこだわりを感じさせます。
赤いかつらをかぶって白塗りの(この時代の男性貴族は全員バッハみたいなかつらをかぶって化粧をしています)太ってて毛深い裸の男性が全裸・手隠しで、みんなからオレンジをぶつけられて「やめろよ〜」みたいな感じでヒーヒー笑っているシーンがあるのですが(これに限らず、アヒルレースだったり、ロブスターレースだったり、ひまで退屈な貴族たちはくだらない遊びに興じています)、この、世間一般のみなさんにとってはちょっと見るに耐えないと感じられるだろう(クマ系が好きなゲイにとっては眼福な)シーンが、白バックで、ちょっとスローモーションで、まるでファッション誌の撮影のような手法で撮られています。美しいものを醜く、醜いものを美しく。一種の異化作用です。
ときどきそういうシーンがあります。
貴婦人が集まり、世にも美しいアリアを鑑賞している優雅な部屋が、グワンと歪んで見えたり…それは、その後に起こる出来事を予感させる、不吉さというか、状況のテンションを暗示する効果をねらっているのでしょう。
舞踏会のシーンは傑作です。当時のダンスの様式や作法を無視して、めちゃくちゃやってます。きっと笑えると思います。
音楽も効いています。最初の章の、ピアノとバイオリンでギー、ギーとだけ鳴らす、イライラさせるような音楽。そして、ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲ホ短調第2楽章だと思いますが、ここぞという時に使われる重々しい曲が、サスペンス感を盛り上げて効果的です(エンドロールで流れるエルトン・ジョンの「スカイライン・ピジョン」(ピアノではなくチェンバロです)も意味深です)
時代絵巻としてのリアリティを追求するよりも、多少史実と違っていても、映画としての芸術的価値、凄い!と思わせるようなシーンへのこだわりが見てとれます。
アビゲイルが新入りの下っ端ということで女中部屋で凄惨ないじめを受ける場面はまるで『小公女セーラ』か『ポリアンナ物語』かという感じです。そこから「女を使って」なんとか這い上がっていくなかで、お世話になったサラとぶつかってしまい、女どうしのドロドロの戦いに突入するという『大奥』のような展開…ある意味で、ゲイテイストだと思います(『大奥』や『吉原炎上』が好きな方は、きっとハマると思います)
緊張感に満ちた、地獄でカオスな映画ではあるのですが、ほんの一瞬、ああ、彼女は彼女のことが本当に好きだったんだなぁ…とわかる場面があって、なんだかんだいろいろあったけど、やっぱり一緒にいたい、好きだ、という気持ちの切実さ、純粋さ、真実味が、不意に、むきだしで突きつけられて、それがまるで、泥の池に咲いた一輪の蓮の花のように尊く、奇跡的で、うっかり泣けてしまいました(もちろん、どんなに愛し合っていてもそれを公にできない、一緒に暮らすことも結婚することもできないという切なさもありました)
ぜひ映画館で、ご覧ください。
『女王陛下のお気に入り』The Favourite
2018年/アイルランド・イギリス・アメリカ合作/監督:ヨルゴス・ランティモス/出演:オリビア・コールマン、エマ・ストーン、レイチェル・ワイズ、ニコラス・ホルトほか
INDEX
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