REVIEW
映画『氷上の王、ジョン・カリー』
冬季五輪金メダリストで、フィギュアスケートを芸術の域まで高めたと言われるジョン・カリー。その栄光の裏にあった孤独や苦悩、創造のデーモン、病魔との闘い…伝説のアーティストの光と影を、感動的な数々のフィギュアの名シーンとともに映画化した作品です。

1976年インスブルック冬季五輪に英国代表として出場、バレエのメソッドを取り入れた演技によって見事に金メダリストを獲得し、プロになって以降、自身のカンパニーを立ち上げ、メトロポリタン歌劇場の舞台に氷を敷き詰め、2万人の観客を動員するなど、数々の伝説を打ち立て、フィギュアスケートをバレエのような芸術の域にまで高めた、不世出のスーパースター、ジョン・カリー。しかし、芸術の神に魅入られた一人のゲイの生涯は、決して生易しいものではありませんでした。栄光の裏にあった孤独や苦悩、創造のデーモン、病魔との闘い…伝説のアーティストの光と影を、余すことなく描き、感動的な数々のフィギュアの名シーンとともに映画化した作品です。控えめに言って素晴らしかったです。レビューをお届けします。(後藤純一)
ジョン・カリーはイギリスの田舎に生まれ、父親がバレエを習わせてくれず(『リトル・ダンサー』を彷彿させます)、スケートならスポーツだからいいだろうということで、スケートを始めるのですが、みるみる才能を現し、イギリスを代表する選手となり、バレエのメソッドを取り入れた演技によって1976年インスブルック冬季五輪のフィギュアスケート男子シングルで金メダルを獲得し、ヒーローとなります。しかし、マスコミによって本来表に出るはずのなかったセクシャリティが公表されてしまい、ゲイである金メダリストの存在は世界を驚かせ、論争が巻き起こり…。
ジョン・カリーという人のことを実は、全く知りませんでした。基本的にスポーツには興味がない私も、フィギュアだけはTVに映っていたらまじまじと見入ってしまうのですが、それでも、世間のフィギュアを見る目は、何回ジャンプを成功させるか、何点取るか、優勝できるか、みたいなところだなあと感じていて、フィギュアもやっぱりスポーツなんだなぁ、という認識でした。
ですから、この映画で、ジョン・カリーが(まるでバレエやダンスのように)自身のカンパニーを持って、世界で公演していたということも、初めて知って、驚きましたし、そのアイススケートショーは、バレエに勝るとも劣らない、紛れもない芸術でした。こんな世界があったなんて!
男女のペアじゃなく、3人とか集団で同じ振付けで滑る、あるいは、コンポジションといいますかコンビネーションといいますか、群舞ならではの表現というものに、釘づけになりました。
『牧神の午後』では、ニジンスキーへのオマージュ(あの独特な手の形)を見てとることができました(ちなみにニジンスキーがゲイであったことは有名で、そういう意味のオマージュでもあったと思います。フレディ・マーキュリーもこのニジンスキーの『牧神』の衣装をステージで着たりしています)
シンセの音が鳴り響くアバンギャルドな『バーン』という演目では、他のスケーターが全身真っ赤な衣装を着ているのに対し、ジョンだけが真っ白な衣装で、赤い人たちの中で翻弄されたり、何かに立ち向かっていくようなパフォーマンスで、まるで白血球が血液中でHIVウイルスと戦っているような、そんな想像をさせました。
最晩年の『美しく青きドナウ』は、映画『2001年宇宙の旅』を彷彿させました(衣装も宇宙服みたいでしたし。空を飛ぶ様なシーンもありました)。しかし、4人のスケーターが複雑にからみ、一体となって何かを表現していくパフォーマンスは、「友情」をテーマにしていると聞いて、感動を禁じえませんでした。
最後のパフォーマンスは泣けました。ジョンがエイズで亡くなってしまうからではありません。ジョンが、これが最後だと悟って、ソロで、静かで優雅な動きの内省的な作品を踊りながら、はらはらと泣いていたと聞いて、その心中を思うと、どうしても涙をこらえることができませんでした…。
あまりにも完璧で、美しく、芸術の神に魅入られた人生でした。
人生がそのまま芸術だったと言っても過言ではないと思います。
苦しかっただろうけど、喜びでもあったし、幸せでもあっただろうし、誰もなしえなかったスケートを使った芸術という境地を切り開き、魂を燃やし尽くし、伝説となりました。永久に語り継がれる存在となったのです。
「僕の魂には、才能と同じだけ悪魔が宿っている」とジョンは述懐しました。
それは、天才と呼ばれる人が、才能を悪魔に売り渡すとか、しばしばインモラルなことをしでかすとか(ゴーギャンは平気で弟子の妻を寝取っていました)、精神を病み、奇矯な行動をとるとか(ゴッホの耳切り落とし事件)、そういうことだけじゃなく、このドキュメンタリーを観て、ヒシヒシと感じたのは、セクシュアルマイノリティにありがちな、メンタルの不安定さ、です。
もし彼がストレートだったら、もしゲイだからといって取り立てて騒がれない時代だったら、ジョンは鬱に苦しまずにすんでいたかもしれません。
ジョンが繰り返し、孤独で寂しい、常に恋人がいてほしい、愛されたい、と語っているのは、本当にリアルで、切実です。僕だってそうですし、きっと多くの人が「わかる」と思うことでしょう。
HIV感染がわかった晩年は、穏やかな気持ちだったそうですが、それもわかる気がします。セックスしたい、愛されたい、恋人がほしいという渇望は、生命や表現の原動力でもありますが(芸術家は性的に奔放なものよ、と誰かが言ってました)、裏を返せば「生き地獄」のようなもので、それらを諦めたときに初めて、心穏やかに過ごせるのだと思います。
ドキュメンタリーとしてすごくよくできていましたし、ニューヨークやプラハの街並みも美しいし、構成も美しかったです。
パン、とあっさり終わるあたりにも美意識が感じられました。
フィギュア好きな方ならマストですし、そうでなくても、ぜひご覧いただきたい作品です。
『氷上の王、ジョン・カリー』The Ice King
2018年/イギリス/監督:ジェームズ・エルスキン/出演:ジョン・カリー、ディック・バトン、イアン・ロレッロ、ジョニー・ウィアー、ロビン・カズンズほか/5月31日(金)、新宿ピカデリーほか全国順次公開
(C)New Black Films Skating Limited 2018
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