REVIEW
映画『メモリーズ・オブ・マイ・ボディ』
中部ジャワに伝わるレンゲル(女装した男性による舞踏)の踊り手・ジュノの「血塗られた」運命や恋愛遍歴を描く、素晴らしくアジア的なゲイ映画です。
「東南アジア映画の巨匠たち/響きあうアジア2019」という映画祭のオープニング作品として、2019年7月4日に有楽町スバル座で上映されました。90年代インドネシア映画新世代のパイオニアとしてその名が知られるガリン・ヌグロホ監督の最新作。ヴェネチア国際映画祭出品作です。
解説では「中部ジャワのレンゲル(女装した男性が踊る女形舞踊)のダンサーを主人公に、地域の芸能に根付くクィアの伝統が見てとれる作品」とありましたが、女装してレンゲルを踊るシーンよりもむしろ、主人公ジュノの生い立ちや恋愛遍歴が描かれていました。ジャワ版『さらば、わが愛/覇王別姫』とも言うべき作品だと感じました。
<あらすじ>
舞踏の準備のため女装のダンサーたちが着替えをしているところを覗いて親方に怒鳴られた少年・ジュノは、レンゲルがレン(穴)とンゲル(鶏のトサカ)、つまり女性性と男性性を併せ持つという意味だと親方に教えられる。レンゲルの舞踏を学んでいくジュノ。しかし、父親がある日、親方の奥さんに誘惑され、(ジュノの目の前で)親方に殺されてしまい…。母親もおらず、天涯孤独の身になったジュノは、親戚のおばさんに引き取られ、町で学校に通い、やがて成人して小さな洋服屋の主人のもとで働くようになる。ある日、結婚式用の衣装をオーダーしに、美男のボクサーが店にやって来て、ジュノは恋に落ちる…。
まるで『ムーンライト』のように、子ども時代のジュノ、青年時代のジュノ、そして今のジュノが登場します。今のジュノは、語り部として、カメラに向かって身の上話を語り、物語を進めます。そして時折、内から湧き起こる衝動を表現しているかのような舞踏を見せます。
日本に歌舞伎や大衆演劇の女形があるように、中国に京劇の女形があるように、中部ジャワではレンゲルの伝統があり、地域に根付いていました。当たり前のものなので、誰も女装することを咎めたり蔑んだりしません。ジュノもあからさまにクィアですが、女形舞踊を踊るような人として受け入れられ、差別や暴力に晒されることもありません。
しかし、子ども時代から青年時代までのジュノの物語は、文字通り「血塗られた」物語でした。ジャワの地ではこれが普通なのかもしれませんし、波乱万丈の人生なのかもしれません。いずれにせよ、乙女のような心を持ったジュノは、自らの運命を嘆きます。男性性と女性性とを併せ持つジュノの魔性、それこそがこの映画のテーマです。
欧米のクィア映画のベースにある、キリスト教に由来する社会のホモフォビアに抗い、自身のセクシュアリティを受容し、プライドを持ち、という文脈とは全く異なる、アジアの伝統社会における同性愛のありようは示唆的で、日本も(江戸時代の蔭間とか)もともとはこちら側だったんだろうな…と思わせるものがありました。
イケメンボクサーの肉体美、ちょっと胸毛もあったりするセクシーさは、見ものです。
7月7日(日)18:40にもう1回、上映がありますので、興味のある方はぜひ、ご覧ください。
『メモリーズ・オブ・マイ・ボディ』Memories of My Body *ジャパンプレミア
2018年/インドネシア/105分/監督:ガリン・ヌグロホ
INDEX
- 女性と同性愛者を抑圧し、ペストで死ぬ人々を見殺しにする腐敗した権力者への叛逆を描いた映画『ベネデッタ』
- トランスジェンダーへの偏見や差別に立ち向かうために読んでおきたい本:『トランスジェンダー問題: 議論は正義のために』
- 『痛快!明石家電視台』ドラァグクイーン大集合SP
- 殺伐とした世界に心を痛めるすべての人に観てほしいドラマ『THE LAST OF US』第3話
- 3人のドラァグクイーンのひと夏の旅を描いたハートフル・コメディ映画『ひみつのなっちゃん。』
- 40歳のゲイの方が養護施設で育った複雑な生い立ちの20歳の男の子を養子に迎え入れ、新しい家族としての生活を始める姿をとらえたドキュメンタリー映画『二十歳の息子』
- 貧しい家庭で妹の面倒を見る10歳のゲイの男の子が新しい世界を切り開こうともがき、成長していく様を描いた映画『揺れるとき』
- ゲイコミュニティへのリスペクトにあふれ、あらゆる意味で素晴らしい、驚異的な名作『エゴイスト』
- ドラァグクイーンの夢のようなロマンスを描いたフランス発の短編映画『パロマ』
- 文藝賞受賞、芥川賞候補の注目作――ブラックミックスのゲイたちによる復讐を描いた小説『ジャクソンひとり』
- ドラァグクイーンによる朗読劇『QUEEN's HOUSE〜あなたの知らないもうひとつの話〜TOKYO』
- 伝説のゲイ・アーティストの大回顧展『アンディ・ウォーホル・キョウト』
- 謎めいたゲイ・アーティストの素顔に迫るドキュメンタリー映画『アンディ・ウォーホル:アートのある生活』
- 『ボヘミアン・ラプソディ』の感動再び… 映画『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』
- 近年稀に見る号泣必至の名作ゲイ映画『世界は僕らに気づかない』
- ぼくらはシンコイに恋をする――『シンバシコイ物語』
- ゲイカップルやたくさんのセクシャルマイノリティの姿をリアルに描いた優しさあふれる群像劇『portrait(s)』ほか
- TheStagPartyShow movies『美しい人』『キミノコエ』
- Visual AIDS短編集『Being & Belonging』
- これ以上ないくらいヘビーな経験をしてきたゲイの方が身近な人たちにカミングアウトする姿を追ったドキュメンタリー映画『カミングアウト・ジャーニー』
SCHEDULE
- 05.18秋田プライドマーチ
- 05.18An Evening with ALASKA
- 05.18SPECTRUM vol.1
- 05.18GLOBAL KISS
- 05.18PIERROT OKINAWA 19th anniversary