REVIEW
映画『トランスミリタリー』(レインボー・リール東京2019)
トランスジェンダーにとって軍で働くということの意味を多面的に描きながら、2017年のトランプ大統領による従軍禁止発言が彼らにどんな影響を与えたのかを浮き彫りにした良質なドキュメンタリーです。

7月13日、レインボー・リール東京で映画『トランスミリタリー』を観ました。
トランスジェンダーにとって軍で働くということがどういうことを意味しているのかを多面的にリアルに描き出し、そして、2017年のトランプ大統領による従軍禁止発言が彼らにどんな影響を与えたのかを浮き彫りにしていました。現在進行形のアメリカの課題をこれ以上ないくらい雄弁に物語る良質なドキュメンタリーでした。
まず、アメリカで従軍しているトランスジェンダーが15000人もいて、軍がトランスジェンダーの最大の雇用先になっているという事実に、衝撃を受けました。
経済的徴兵制という言葉がありますが、アメリカでは戦地に行くリスクを貧困層が集中的に負わされているという社会構造があり、トランスジェンダーの人々もまた、仕事がない(一般の企業で雇ってもらえない)ために軍を選ばざるをえない現実があるということです。胸が締めつけられる思いです。
一方、軍でこそ、自分らしくいられるという人もいます。
筋肉隆々のFtMトランスジェンダー・ローガンは、軍のキャンプを一歩外に出たら危険と隣り合わせというアフガニスタンの派遣先で、生き生き働いています。「ここでは男として扱ってもらえる」とローガンは語ります。本国に帰って違う部署に行ったら、男として扱われる保証はないそうです。
ローガンの恋人であるMtFトランスジェンダーのライラも、従軍しています。しかし、軍の法規上、男性として扱われるため、毎朝、長く伸ばした髪を束ね、メイクをせず、男性に見える格好で通勤しています。
ジェニファー(ジェン)は自身がMtFトランスジェンダーであることを妻と結婚し子どもももうけた後に気づきました。家族を養うために軍で働いていますが、彼女は本当に優秀で、小隊のリーダーの地位を与えられたりしています。
ずっと自分を男性だと思ってきたエルは、初めて家族にFtMトランスジェンダーだとカムアウトしたとき、母親が理解できず、戸惑ったそうです(いまは受け容れてくれています)。軍で長い時間を共に過ごしてきた仲間たちは、エルのことを心から大切な男友達だと思い、強い味方でいてくれています(ちょっと泣けるくらい、あたたかいです)
4人は、軍高官や政府機関に対してロビーイングを行う従軍トランスジェンダー団体の重要なメンバーです。その粘り強い対話のおかげで、2016年(オバマ大統領の時代)、ついに国防長官から「性自認などは関係なく、能力で評価する」として公式にトランスジェンダーの受入れを公式に認める方針が発表されました。とても感動的でした。
ところが、2017年、トランプ大統領はトランスジェンダーの従軍を禁止すると発言、状況が一変しました。10年以上も国のために仕えてきたライラは、その影響をモロに受けて、軍を追われるはめに…
多方面から非難を浴びた従軍禁止政策ですが、訴訟が起こされ、裁判所の指示で従軍禁止命令は保留とされ、とりあえず除隊は免れています。しかし、トランスジェンダーが今後、安心て働き続けられるかどうかは、まだわかりません。不安な状態が続きます。
ローガンは「いつ除隊になるかわからないから子どもを作れない」「将校になる道が閉ざされた」と語ります。これが現実です。
真面目に働き、家族を持ち、仕事仲間とも打ち解け、シスジェンダーの人々と何も変わることなくやっている彼らの姿は、多くの観客の胸を打つものでした。
結婚式のシーンもグッときました。
GLAAD(LGBTを差別するような表現がないかどうかメディアを監視する団体)が初めて公式に資金提供したドキュメンタリー映画です。
SXSW映画祭2018長編ドキュメンタリー部門観客賞を受賞しています。
今後、上映される機会はほとんどないかもしれませんが…機会があれば、ぜひご覧いただきたいと思います。
トランスミリタリー
監督:ガブリエル・シルヴァーマン、フィオナ・ドーソン
2018|アメリカ|92分|英語
INDEX
- 雄大な自然を背景に、世界と人間、生と死を繊細に描いた『遠地』(レインボー・リール東京2022)
- 父娘の葛藤を描きながらも後味さわやかな、美しくもドラマチックなロードムービー『海に向かうローラ』
- 「絶対に同性愛者と言われへん」時代を孤独に生きてきた大阪・西成の長谷さんの人生を追った感動のドキュメンタリー「93歳のゲイ~厳しい時代を生き抜いて~」
- アジア系ゲイが主役の素晴らしくゲイテイストなラブコメ映画『ファイアー・アイランド』
- ミュージシャンとしてもゲイとしても偉大だったジョージ・マイケルが生前最後に手がけたドキュメンタリー映画『ジョージ・マイケル:フリーダム <アンカット完全版>』
- プライド月間にふさわしい名作! 笑いあり感動ありのドラァグクイーン演劇『リプシンカ』
- ゲイクラブのシーンでまさかの号泣…ゲイのアフガニスタン難民を描いた映画『FLEE フリー』
- 男二人のロマンス“未満”を美味しく描いた田亀さんの読切グルメ漫画『魚と水』
- LGBTQの高校生のリアリティや喜びを描いた記念碑的な名作ドラマ『HEARTSTOPPER ハートストッパー』
- LGBTQユースの実体験をもとに野原くろさんが描き下した胸キュン青春漫画とリアルなエッセイ『トビタテ!LGBTQ+ 6人のハイスクール・ストーリー』
- 台湾での同性婚実現への道のりを詳細に総覧し、日本でも必ず実現できるはずと確信させてくれる唯一無二の名著『台湾同性婚法の誕生: アジアLGBTQ+燈台への歴程』
- 地下鉄で捨てられていた赤ちゃんを見つけ、家族として迎え入れることを決意したゲイカップルの実話を描いた絵本『ぼくらのサブウェイベイビー』
- 永易さんがLGBTQの様々なトピックを網羅的に綴った事典的な本『「LGBT」ヒストリー そうだったのか、現代日本の性的マイノリティー』
- Netflixで今月いっぱい観ることができる貴重なインドのゲイ映画:週末の数日間を描いたロマンチックな恋愛映画『ラ(ブ)』
- トランスジェンダーのリアルを描いた舞台『イッショウガイ』の記録映像が期間限定公開
- 宮沢賢治の保阪嘉内への思いをテーマにしたパフォーマンス公演「OM-2×柴田恵美×bug-depayse『椅子に座る』-Mの心象スケッチ-」
- 絶望の淵に立たされた同性愛者たちを何とか救おうと奮闘する支援者たちの姿に胸が熱くなる映画『チェチェンへようこそ ―ゲイの粛清―』
- スピルバーグ監督が世紀の名作をリメイク、新たにトランスジェンダーのキャラクターも加わったミュージカル映画『ウエスト・サイド・ストーリー』
- 同性愛者を含む4人の女性たちの恋愛やセックスを描いたドラマ『30までにとうるさくて』
- イケメンアメフト選手のゲイライフを応援する番組『コルトン・アンダーウッドのカミングアウト』
SCHEDULE
- 03.22ノーパンスウェットナイト 55本目
- 03.22Mirror Ball