REVIEW
映画『カナリア』(レインボー・リール東京2019)
南アフリカ軍の聖歌隊、通称「カナリア」に配属された主人公が、自身のセクシュアリティに悩みながらも仲間との友情を深めていく作品、カルチャークラブがフィーチャーされたミュージカル映画です。
舞台はアパルトヘイト下の南アフリカ共和国。南アフリカは今や憲法でLGBT差別禁止を謳い、アフリカで唯一の同性婚承認国になっていますが、この時代(80年代)はまだ同性婚どころかゲイであることすら世の中的にタブーであったということが、よくわかります。
主人公のヨハンは、ウエディングドレスを着せられてはしゃいだりしている典型的なゲイですが、18歳で召集令状がきて(当時は徴兵制があったようです)、せめて戦地に行かなくて済むよう、国中でたった23名しか選ばれない聖歌隊のオーディションを受け、見事に合格します。しかし、聖歌隊といえども軍隊なので、厳しい上官のシゴキを受けます…そんな中でも、まるでカストラートのようにファルセットを響かせる太っていておしゃべりなルドルフ(どう見てもゲイですが、実際はわかりません)、真面目タイプなウォルフガングなどと仲良くなり、様々な苦境を乗り越えていきます。聖歌隊は全国の陸軍キャンプを巡るツアーを行ったりもするのですが、あるときヨハンは、ウォルフガングと同室になり、二人は以前から胸に秘めていた思いを、とうとう行動に移してしまいます。
しかし敬虔なクリスチャンであるヨハンは、(冒頭でウエディングドレスを着て踊ったりしてたくせに)自身がクィアであるということを受け入れられず、うっかり大切な仲間を傷つけたりもして、地獄の苦しみを味わいます。その苦しむ様が、気も狂わんばかりの激しさで、「え…そんなに?」と驚くほどでした。
その苦しみの淵から這い上がり、最後に、一歩前に進みます。美しい友情。美しい音楽。必ずしもハッピーエンドではなかったものの、救われた気がしました。
今どきは、ゲイであること自体は特に悩みのタネにはならず、複合的な何か(少数民族だったり、家庭環境の複雑さだったり、スポーツ界だったり)の方が問題で…というパターンの作品が多いと思いますが、この作品の場合は、主人公が軍隊というホモソーシャルな組織の中にいるため、ホモフォビアが激烈なのです(陸軍の人たちが聖歌隊に対して「お前らカナリアか。全員ホモか」と侮蔑的に言うシーンが何度も出てきます)。平和な時の徴兵制ではなく、リアルタイムで戦争をしている時(この当時、南アフリカはアンゴラ内戦という東西代理戦争に介入していたようです。劇中で女性が戦争反対を訴えて、カナリアのメンバーの一人が「あんたは共産主義者か」と罵るシーンがありました)ということも関係あるでしょう。ゲイの人権とか言ってる場合じゃない、みたいな空気感に支配されています。
日本で生まれ育ったぼくらには縁遠い、シビアな世界の現実が、ひしひしと伝わってきました。
とはいえ、カルチャークラブの音楽をはじめ、教会音楽だったり、いろんな音楽を楽しむことができます。合唱は本当に美しいです。
ミュージカル的なシーンも散りばめられていて、楽しかったです。
この作品も、今後日本で上映されることはないかもしれません…が、もし上映される機会があれば、ご覧ください。
カナリア
監督:クリスティアン・オルワゲン
2018|南アフリカ|123分|アフリカーンス語、英語
INDEX
- 女性と同性愛者を抑圧し、ペストで死ぬ人々を見殺しにする腐敗した権力者への叛逆を描いた映画『ベネデッタ』
- トランスジェンダーへの偏見や差別に立ち向かうために読んでおきたい本:『トランスジェンダー問題: 議論は正義のために』
- 『痛快!明石家電視台』ドラァグクイーン大集合SP
- 殺伐とした世界に心を痛めるすべての人に観てほしいドラマ『THE LAST OF US』第3話
- 3人のドラァグクイーンのひと夏の旅を描いたハートフル・コメディ映画『ひみつのなっちゃん。』
- 40歳のゲイの方が養護施設で育った複雑な生い立ちの20歳の男の子を養子に迎え入れ、新しい家族としての生活を始める姿をとらえたドキュメンタリー映画『二十歳の息子』
- 貧しい家庭で妹の面倒を見る10歳のゲイの男の子が新しい世界を切り開こうともがき、成長していく様を描いた映画『揺れるとき』
- ゲイコミュニティへのリスペクトにあふれ、あらゆる意味で素晴らしい、驚異的な名作『エゴイスト』
- ドラァグクイーンの夢のようなロマンスを描いたフランス発の短編映画『パロマ』
- 文藝賞受賞、芥川賞候補の注目作――ブラックミックスのゲイたちによる復讐を描いた小説『ジャクソンひとり』
- ドラァグクイーンによる朗読劇『QUEEN's HOUSE〜あなたの知らないもうひとつの話〜TOKYO』
- 伝説のゲイ・アーティストの大回顧展『アンディ・ウォーホル・キョウト』
- 謎めいたゲイ・アーティストの素顔に迫るドキュメンタリー映画『アンディ・ウォーホル:アートのある生活』
- 『ボヘミアン・ラプソディ』の感動再び… 映画『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』
- 近年稀に見る号泣必至の名作ゲイ映画『世界は僕らに気づかない』
- ぼくらはシンコイに恋をする――『シンバシコイ物語』
- ゲイカップルやたくさんのセクシャルマイノリティの姿をリアルに描いた優しさあふれる群像劇『portrait(s)』ほか
- TheStagPartyShow movies『美しい人』『キミノコエ』
- Visual AIDS短編集『Being & Belonging』
- これ以上ないくらいヘビーな経験をしてきたゲイの方が身近な人たちにカミングアウトする姿を追ったドキュメンタリー映画『カミングアウト・ジャーニー』
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