REVIEW
映画『タンズ・アンタイド』
黒人のゲイたちが、鮮烈な(グルーブ感がスゴい)映画表現によって、自身のアイデンティティについて初めて語った、伝説的な作品です。
セクシュアル・アイデンティティを深く見つめた映像や映画を、国や時代を問わずに上映するNormal Screen。これまでにVisual AIDSの映像をたくさん上映したり、TOKYO AIDS WEEKSとも協働したり(先月にも「STILL BEGINNING」上映会を開催しています)、コミュニティに貢献してきました。
そんなNormal Screenが2020年1月13日(月祝)、初めて黒人のゲイたちが「沈黙」を破って声を上げ、自分たちのアイデンティティについて語った伝説的な映画である『タンズ・アンタイド』の特別上映会を開催しました。
会場の日比谷図書文化館のホールには、100名余りの方が訪れ、熱気を感じさせました。
『タンズ・アンタイド』は、ゲイの映像作家、マーロン・リグスが1989年に発表した作品です(『タンズ・アンタイド』とは「話しはじめた口」という意味です)。公開から30周年を記念して昨年全米で上映されました。実は日本でも、第1回の国際レズビアン&ゲイ映画祭(1992年)の時に上映されているそうです。
『ムーンライト』の革新性を語る『i-D(US版)』のレビューのなかで、この作品は黒人ゲイのアイデンティティを深く探った重要な先行作品として言及されています(「黒人ゲイ男性たちを写した実験ドキュメンタリー『タンズ・アンタイド』は何が革新的だったのか?」)
あるストーリーを物語る作品というよりも、マーロン・リグス自身の語りだったり、同年代の黒人ゲイの詩人エセックス・ヘンプヒルの詩だったり、ドゥワップだったり、ラップのようなリズミカルな言葉だったり(それらがDJ的にサンプリングされたり)、ウィリー・ニンジャらのヴォーギングのシーンだったり、パレードのシーンだったり、セクシーなイメージだったり、様々なシーンがコラージュされ、つなぎあわされている作品です。それらの全てが、当時のアメリカで黒人でありゲイであるということがどのようなことなのか、についての表現になっています。
いちばんユニークで笑いも起こっていたのが、「スナップ」講座のシーンでした。たぶん『POSE』とかにも出てきたと思いますが、スナップという(暴力を振るわずに相手に抗議の意を伝えたり、挑発したりする)相手の目の前で指をパチンと鳴らす黒人クィアに特有の動作があります。スナップにもいろんなスナップがあるんですよ、マスターできるかな?的なノリで、面白かったです。
新しいクラブに行ったら、わざと並ばされ、筋肉バカみたいなドアマンに「IDを3つ見せろ」と言われ、スナップして「私たちを誰だと思ってるの」と言い放ち、金を返してもらって帰ったというエピソードもありました(あとでいろんな役所や団体に人種差別事案として報告したそうです)
パレードで横断幕を掲げて行進するシーンとオーバラップするように、ドゥワップで「今夜カミングアウトしよう」と歌うシーンが重ね合わせられていたのも印象的でした。
「神は同性愛を絶対に許さない。変態は天国の門に入れない」と独特のキツい口調でまくしたてる男と、とうとうと「黒人であることとゲイであること、どっちが大事なんだ」と問い詰める男の間で沈黙していたエセックス・ヘンプヒルが、怒りの詩を詠みはじめるシーンの力強さ。
黒人コミュニティの中でゲイとして居場所がなかったのと同じくらい、白人だらけのカストロ(サンフランシスコのゲイコミュニティ)で黒人としていたたまれない思いをしたという告白の切なさ。
「黒人のゲイが黒人のゲイと愛し合うだけで、革命的な行為なのだ」というセリフの重み。
「コンドームが破けたら命取り」と、エイズ禍の時代のセックスのリアリティについて語るシーンもありました。
基本的には、同じ黒人のゲイの仲間たちに対して「声を上げよう」「立ち上がろう」と呼びかけるアジテーション的な作品だと思うのですが、語られている内容の衝撃や鮮烈さと、その表現方法の斬新さ(リズミカルなフレーズのグルーブ感など)があいまって、長い間味わったことのない(『S/N』以来かもしれない)恍惚感に襲われる瞬間があって、これはスゴい映画だと、ある種の「感染力」がある映画だと思いました。
あのような低予算の作品で、こんなにも心を揺さぶる映画を作ることができたのは、奇跡というほかありません。
入場時にこの作品についての資料が配布され、各シーンの詳細(替え歌の元歌が何なのか、とか、その歌詞など)がよくわかるようなものだったのですが、その最後に、「エイズはまだ終わっていない」というNormal Screenからのメッセージが掲載されていて、胸アツでした(マーロン・リグスも、1994年にエイズで亡くなっています。37歳という若さでした)
たぶんですが、この映画に登場していた方々の多くも、エイズで亡くなったのではないか…と思うと、胸が張り裂けそうでした。
今後、もしどこかで上映される機会が設けられた際は、ぜひご覧になってみてください。
『タンズ・アンタイド』Tongues Untied
1989年/アメリカ/監督:マーロン・リグス/出演:マーロン・リグス、マイケル・ベル、ケリガン・ブラックほか
INDEX
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- エストニアの同性婚実現の原動力になった美しくも切ない映画『Firebirdファイアバード』
- ゲイの愛と性、HIV/エイズ、コミュニティをめぐる壮大な物語を通じて次世代へと希望をつなぐ、感動の舞台『インヘリタンス-継承-』
- 愛と感動と「ステキ!」が詰まったドラァグ・ムービー『ジャンプ、ダーリン』
- なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』
- 『シッツ・クリーク』ダン・レヴィの初監督長編映画『ため息に乾杯』はゲイテイストにグリーフワークを描いた素敵な作品でした
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- 春田と牧のラブラブな同棲生活がスタート! 『おっさんずラブ-リターンズ-』
- レビュー:大島岳『HIVとともに生きる 傷つきとレジリエンスのライフヒストリー研究』
- アート展レポート:キース・へリング展 アートをストリートへ
- レナード・バーンスタインの音楽とその私生活の真実を描いた映画『マエストロ:その音楽と愛と』
- 中国で実際にあったエイズにまつわる悲劇を舞台化:俳優座『閻魔の王宮』
- ブラジルのHIV/エイズの状況をめぐる衝撃的なドキュメンタリー『神はエイズ』
- ドラァグでマジカルでゆるかわで楽しいクィアムービー『虎の子 三頭 たそがれない』
- 17歳のゲイの少年の喪失と回復をリアルに描き、深い感動をもたらす映画『Winter boy』
- 愛し合う美青年二人が殺害…本当にあった物語を映画化した『シチリア・サマー』
- ホモフォビアゆえの悲劇的な実話にもとづく、重くてしんどい…けど、素晴らしく美しい映画『蟻の王』
- 映画『パトリシア・ハイスミスに恋して』
- アート展レポート:shinji horimura個展「神と生きる漢たち」
- アート展レポート:moriuo個展「IN MY LIFE2023」
SCHEDULE
- 01.13「褌男児!和漢祭」vol.4