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REVIEW

令和を迎え、ゲイ映画が新しい時代の幕を開けた感…王道の名作ゲイ映画『his』

2020年、日本映画界の新しい時代の幕開けを告げるような名作ゲイ映画が誕生しました。ぜひみなさん、ご覧になってください。

令和を迎え、ゲイ映画が新しい時代の幕を開けた感…王道の名作ゲイ映画『his』

映画『his』のレビューをお届けします。令和という新しい時代を迎えて、やっと日本にも王道のゲイ映画の名作が誕生したか…という感慨があります。ぜひみなさん、ご覧になってください。
 
<あらすじ>
カーテンから朝の光が差し込むベッドの上で迅(しゅん)と恋人の渚(なぎさ)は目を覚ます。渚は迅のセーターを着て「交換しよう」と冗談っぽく言ったあと、突然別れを告げる。8年が経ち、迅は岐阜の山中の白川町で畑仕事をしながらひっそりと暮らしているが、そこに、またも突然、渚が現れる。しかも幼い娘の空(そら)を連れて。聞けば、渚は、迅と別れた後、プロサーファーになるためにオーストラリアに渡り、そこで通訳をしていた玲奈と知り合い、結婚し、空が生まれたものの、今は離婚に向けて協議中だという。いったんは突き放した迅だったが、次第に空への愛が芽生え、三人で暮らすようになる。そんな生活にも慣れた頃、東京から玲奈がやってきて、空を連れ帰る。なす術もなかった渚は、その夜、迅に思いを迅にぶつけ、二人は再び、愛し合うようになる。渚は、迅と空の三人で暮らすことを決意するが…。



 
 期待した以上に素晴らしい作品でした。令和という新しい時代を迎えて、やっと日本にも王道のゲイ映画の名作が誕生したという感慨がありました。
 ふつうだと映画3本分くらいになるテーマが1本に凝縮されていた感があります。男と男が愛し合うということ、職場のノンケの人たちからの扱い(侮蔑されたりいじられたり)のリアリティ、山間の小さな町でゲイとして生きるということ、ゲイカップルが子育てをしようとすること、法的に家族と認められないがゆえの障壁…「ああ、よかった」って、「これでめでたしめでたしかな」って思うと、話が次のテーマに移っていき、新たな難問が二人の前に立ちはだかります。
 ゲイカップルと子どもが(男女の夫婦と同じように)愛する家族といっしょに幸せに暮らしたいと願っても、現実には幾つも幾つもハードルが待ち構えていて、ひとつ解決した瞬間、次の壁が目の前に立ちはだかって、くじけそうになる…というリアリティ。子連れのゲイカップルが秘密も何もないような狭い地域社会にとけこんで生きていけるのか?という問い。そして、果たして子どもにとって、問題のある母親に育てられるのと、愛情たっぷりのゲイカップルに育てられるのと、どちらが幸せか?という問いです。
 安易にハッピーエンドにしなかったところに、あくまでもリアリティを追求する作り手の姿勢(覚悟というか)が見て取れます。 
 でも、おそらく映画を観た人の多くは迅と渚にシンパシーを抱くはずです。観客は迅と渚と空が幸せになってほしいという気持ちをつのらせながら、映画館を後にすることでしょう。

 若い時に本気で好きだった人への想いをずっと胸の奥に秘めながら生きてきて、何年か後に彼と再会し…というストーリーは『ムーンライト』を彷彿させるものがあります。純愛と呼ぶほかありません。
 そして、とてもじゃないけどゲイとして(男どうしが一緒に)生きていくことなんて無理でしょ?と思うような岐阜県の白川という山奥の町で起こる奇跡に…白川が「日本のブロークバック・マウンテン」かどうかはわかりませんが、ジャックとイニスの二人が果たせなかった約束を、迅と渚が生き直してくれたのだと思うと、感動を禁じえません。
 そして、『his』が本当に未来的というか、新時代の作品だと思えるのは、今まで日本映画ではほとんど描かれなかったゲイの子育てのことを描いているところです(トランスジェンダーでは『彼らが本気で編むときは、』がありました)。世間の偏見(ホモフォビア)に抗い、育児放棄するような母親より、愛も責任感もあるゲイカップルの方が子育てに相応しいのではないかと問いかけるところは『チョコレートドーナツ』と同様です(2000年の『2番目に幸せなこと』を思い出した方もいらっしゃるかもしれません)
 知ってか知らずか、『his』は、そうした世界的なゲイ映画の流れを踏まえた作品になっています。
 日本の映画界(メジャー作品、商業映画)は、橋口さんの『ハッシュ!』を最後に、20年近くも、良質なゲイ映画を生み出せずにいましたが(『怒り』など一部ゲイも描かれていた作品はありましたが)、令和という時代になってようやく(満を持して?)ゲイが観ても良い作品だと思えるような王道のゲイ映画が誕生したのです。

 これは、2回目を観て気づいたことですが、実は、迅も、渚も、玲奈も、それまでの自分のことを振り返って反省し、一歩を踏み出しているんですよね。それも、自分独りではできなかったことで、(空ちゃんとか)人との関わりの中でかみしめるように自覚し、大人になったというか、独りよがりから抜け出しています。これは、若い世代の方たちの(傷ついたりもしますが、そこを乗り越えての)成長の物語であり、その底には人を思いやる気持ち(愛と言い換えてもいいと思います)が流れています。実に普遍的なテーマの作品だなぁと。
 それから、これまでの多くのゲイ映画が、ゲイである主人公の愛や苦悩、生き様に焦点を当て、世間に受け容れられないつらさや世の中の不条理を描き、共感を促したり、闘う主人公を讃えたり、という作品が多かったのに対して、『his』は、そこから「降りている」というか、ゲイだってストレートの人たちを傷つける(強者になる)こともあるし、ストレートの人たちが必ずしも加害者だったり冷たかったりするわけじゃなくてゲイの側が心を閉ざしていることもある、ということを描いているのがスゴいと思いました。「LGBTの平等」という課題のさらに先を行っています。
 そして、先に「安易にハッピーエンドにしなかった」と書きましたが、これでよかったんじゃないか、実はハッピーエンドだったんじゃないかと思えるようになりました(みなさんそれぞれ、違う見方があると思いますが)。最後の玲奈の「カミングアウト」、とてもいいセリフですよね。思わず笑顔になります。

 正直、映像として唸らせるものがあるような作品ではないのですが、脚本がいいし、キャスティングもいいです。宮沢さんは、映画に主演する若手俳優としては珍しく、聞き取れないくらいボソボソしゃべる、時々河原でカフカの『審判』を読んでたりするような(『審判』は、自分の身に覚えがないのに逮捕され、裁かれるという現代社会の不条理を描いた小説)キャラクターで、男っぽくて知的で物静かなところがいいです。セリフが少ないだけに、佇まいや表情でいろんなことを物語ります。相手の藤原季節さんも、パッと見チャラいけど根はいいやつで、どんどん魅力的に見えてくるようなキャラクターで、「いいパパ」像としての説得力がありました。鈴木慶一さん(とても魅力的でした。優しいおじさん)、根岸季衣さん(ドスのきいた声で「迅、長生きせえや」と言うシーン、シビれました)、戸田恵子さんも、よかったです(ゲイ受けする方たちが脇を固めてるのは、偶然でしょうか)
 
 企画・脚本を担当したアサダアツシさん(『ウゴウゴルーガ』でデビューした放送作家、脚本家)は、20年くらい前に、仕事仲間から「いつかゲイのうちらが『こんな恋愛したい』って思えるようなもの作ってよ」と言われたことから、この映画の企画を始めたそうです。たくさん勉強し、当事者への取材も重ね(南弁護士がアドバイザーになっているそうです)、セクシュアルマイノリティーについての理解がまだ進んでいないと実感しながらも「もしも誰かを傷つけてしまったら、きちんと謝って、教えてもらう」「社会の変化も、自分や、自分の周りから始める方が、結果的には大きく広がっていくんじゃないかなって思います」という気持ちで、この脚本を書いたといいます。
(『「同性愛を描く映画」と言うと「男女じゃだめなの?」と聞かれたことも』より)
 また、迅役の宮沢氷魚さんは、「高校までインターナショナルスクールに通っていてゲイやバイセクシュアルの方が当たり前にいた環境で育ってきて、いざ、日本の社会に出てみたら、まるで受け入れ方が違っていてショックだった、だから何かの形でLGBTQの認知度を上げたいと思っていた」と語っています(『宮沢氷魚「何らかの形でLGBTQの認知度を上げたい」』より)。その想いが、演技にも表れているように感じます。
 監督の今泉力哉さんは、「同性愛を理解できないという人もいるが、それは生きてきた環境などで仕方ない部分もあると思う」「日常の近くにいそうな人を描く映画を通じて、同性愛について初めて知ったり、少しでも考えの選択肢が広がったりしていけばいいですね」と語っています(『同性カップル通し「家族」描く 映画「his」24日公開』より)
 
 みんな観てほしい、大ヒットしてほしいと素直に思います。

his
2020年/日本/企画・脚本:アサダアツシ/監督:今泉力哉/出演:宮沢氷魚、藤原季節、松本若菜、松本穂香、外村紗玖良、中村久美、鈴木慶一、根岸季衣、堀部圭亮、戸田恵子ほか/2020年1月24日(金)新宿武蔵野館ほか全国ロードショー

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