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REVIEW

映画『ダンサー そして私たちは踊った』

ジョージアの国立舞踊団でグルジアン・ダンスの稽古に励む青年たちの群像。同性に恋してしまった主人公は、社会のホモフォビアゆえに、不条理な差別に直面し、やりきれない思いをダンスにぶつける…。美しくも切ない映画です。

映画『ダンサー そして私たちは踊った』

ジョージア(旧グルジア)の国立舞踊団で伝統的なグルジアン・ダンスの稽古に励む青年たち。主人公のメラブは、新入りのカリスマ的な魅力を持つ青年と恋に落ちます。しかし、男尊女卑でホモフォビックなジョージアの旧態依然とした社会で、あからさまな差別を受け、挫折しそうになります…が、そのやりきれない思いをダンスにぶつけます。全身全霊で生を表現する姿が感動を呼ぶ、美しくも切ない映画です。レビューをお届けします。


 ジョージア系スウェーデン人のレバン・アキンが監督した映画『ダンサー そして私たちは踊った』は、ジョージア国立舞踏団を舞台に若きダンサーたちのドラマ(ダンサーの中の2人の男性が恋に落ちる姿も)を描いた作品です。ゴールデン・ビートル賞(スウェーデン映画協会)の最優秀作品賞や主演男優賞など4部門を獲得し、アカデミー賞国際長編映画部門スウェーデン代表に選出、また、カンヌ国際映画祭のクィア・パルム賞(クィア映画の中の最優秀作品に贈られる賞)にもノミネートされました。
 ジョージア(旧グルジア)と言えば、シュクメルリ鍋が松屋の定食になったり、2019年の即位の礼に出席した臨時代理大使の衣装がカッコいいとバズったり、日本でもにわかに注目を集めている国ですが、ソ連時代の影響で同性愛に対しては非常に厳しく、この映画の本国でのプレミア上映では(5000枚のチケットが即完売したものの)右翼団体やグルジア正教会などから激しい抗議が寄せられたといいます。
 映画に主演したダンサーのレヴァン・ゲルバヒアニは、ストレートの方ですが、アンチ同性愛の人々からの攻撃を恐れ、監督からの出演オファーを5度も断ったといいます。

 
<あらすじ>
ジョージアの首都・トビリシの国立舞踊団で、ダンスパートナーのマリとともに幼少期からダンスのトレーニングを積んできたメラブ。世界中で公演を行うメインのメンバーに選出されることを夢見て、練習に励んでいる。ある日、カリスマ的な魅力を持つイラクリが入団してきたことにより、彼の世界は大きく動き出す。メラブの中に芽生えたライバル心は、いつしか恋愛感情へと変化していく……。




 ジョージアの伝統舞踊であるジョージアン・ダンスは、こちらの動画のような、驚異的に激しいダンスです。鋼のように硬く真っ直ぐなポーズをとったかと思うと、とんでもないスピードでクルクル回ったり。幼少期から鍛練を積まないとできない技であると同時に、(民族舞踊は大概そうかもしれませんが)かなり男性的な踊りだと思います。
 練習の最中、メラブは指導教官にナヨナヨしてると注意され、心から男を表現するのだ!と怒鳴られたりします。もしかしたら教官が言うように、メラブはこのダンスには向いていないのかもしれません。
 小さい頃からのダンス・パートナーであるマリは、そんなメラブを支えます(二人は公式にはつきあっていることになっていますが、セックスはまだで、友達のような関係です)
 そこに、ピアスをしてたり、教官にも堂々と物申したりする、ちょっと変わった青年・イラクリが入団してきます。イラクリは最初からメラブに好意を示すのですが(メラブは美形で女性的なところがあり、たぶん気があったんじゃないかな、と思いますが)、メラブのほうは、イラクリに敵対心を抱き、冷たくあしらいます。しかし、イラクリは誰に対しても気さくで、すぐに団員たちと打ち解け、メラブの兄・ダヴィドとも飲み歩くようになったりして(気づけば家にいます)、距離が縮まっていきます。そして、いつしか、メラブのほうも好意を抱くようになり、ある時、二人は一線を越えてしまうのです(『ムーンライト』の浜辺のシーンを思い出しました)

 『ブロークバック・マウンテン』をはじめ、ゲイがゲイとして生きていくのが困難な社会での苦悩や悲劇が描かれた作品は、これまでにもたくさんありましたが、この作品が他のどの作品とも違うところは、伝統舞踊であるジョージアン・ダンスを通じて、ゲイとしての苦悩を昇華させていくところです。メラブは、男性優位とか同性愛禁止といった鉄の掟でガチガチに固められ、ゲイである自分を差別する伝統舞踊の世界で、ダンスを通じて未来を希求し、新しい世界への扉を開け放とうとするのです。感動的であり、芸術的です。

 希望を感じさせるのは、ダンスパートナーのマリや、兄のダヴィドなど、メラブの周囲の青年たちのなかにはアライもいるということです。旧来の社会システムは、伝統を重んじ、同性愛を忌避するものでしたが、若い世代にはそれを変えていこうとする気持ちが見えます。彼らがいたからこそ、メラブは完全に絶望してしまわず、救いのある作品になったと思います。特に、ダヴィドは、いろいろダメな部分もあるけど、家族思いであることは確かで(ヤンキー的な?)いい奴です。いちばん感動させてくれたのはダヴィドだったかもしれません。
 ジョージアは、おそらく旧ソ連諸国が大体そうであるように、本当にゲイが生きづらい状況なのでしょう。しかし、トビリシは比較的寛容で、ゲイバーやクラブ、バスハウスなどもあります。2019年に初のプライドも計画されましたが、アンチ派があまりにも暴力的なので、小規模な集会になったようです。映画の中にも、ゲイバーやゲイクラブのシーンがあり、イマドキのゲイや、いわゆる「立ちんぼ」をしているトランスジェンダーの娼婦なども登場します。まだまだアンダーグラウンドかもしれませんが、生き生きとした姿が描かれているのは、よかったです。
 
 伝統芸術といえば、結婚式など人々が集まる場所で、ユネスコの無形文化遺産にも指定されている伝承声楽・ジョージアンポリフォニーが歌われる場面があるのですが、ビックリするくらい美しいです。グレゴリオ聖歌のようでもあるし、もっとオリエンタルな響きのようにも感じます。これを聴くためだけにジョージアに行ってみたいと思ったほどです。
 ただ、ジョージアンポリフォニーにしても、ジョージアン・ダンスにしても、本当に素晴らしい芸術なのですが、「伝統」の名の下にセクシュアルマイノリティを抑圧してきた歴史もあったということがわかった今は、手放しでは拍手することができず、複雑な思いを抱いてしまいそうです…。
 

ダンサー そして私たちは踊った
原題:And Then We Danced
2019年製作/112分/PG12/スウェーデン・ジョージア・フランス合作/監督:レバン・アキン/出演:レバン・ゲルバヒアニ、バチ・バリシュビリ、アナ・ジャバヒシュビリほか

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