REVIEW
なぜ「結婚の平等」が必要なのかをポップに描いてみせた台湾の傑作映画『先に愛した人』
笑いながら楽しく観れるポップなテイストでありながら、なぜ「結婚の平等」が必要なのかということが実感できるような台湾の傑作映画。Netflixで配信中です。
2018年11月上旬に台湾で公開されて興収1位を記録し、「台北電影節(台北映画祭)」で主演男優賞など5部門を、中華圏のアカデミー賞と言われる「金馬奨(ゴールデンホース・アワード)」で主演女優賞など3部門を受賞、2019年の米アカデミー賞国際長編映画賞に台湾代表作として出品もされた作品です。
<あらすじ>
ガンでこの世を去った父親・宋正遠には男性の恋人がいた。保険金の受取人がその男・高裕傑になっていたことを知ったヒステリー気味の妻・劉三蓮は、息子の宋呈希を連れて裕傑の家に押しかけ、怒りを爆発させる。裕傑は自分こそが正遠の夫だと言い張る。思春期で反抗期な呈希は、母のヒステリーに疲れ、なぜ父がこのチンピラみたいな男とつきあっていたのかとモヤモヤをつのらせ、裕傑の家に居座り、真実を突き止めようとするが…。
状況だけ見れば、保険金をめぐるドロドロした人間模様ですし、父親が実はゲイで男の恋人がいると告白して妻子を置いて家を出て行くという展開も、現実には叩かれそうなものですが、それをシリアスに描くのではなく、実にあっけらかんと、ポップでライトな、コメディと言っていいくらいのテイストで、エンタメ作品として見せています。
実写映画ですが、アクセント的に落書きみたいなアニメーションが多用されていて、見た目に楽しいです。中国語で浮気相手の女性のことを「小三」と言うそうなのですが、アニメーションで「小三」という文字が出てきて、そこに1本の棒が足されて「小王」(浮気相手の男性)になるというシーンがあって、面白かったです(棒を男のシンボルと見る発想は、タチを「1」、ウケを「0」と書くところにも表れてますよね)
ちょっとオードリーの若林くんに似てる中学生の息子は、ふだんから母親の過干渉やヒステリックな性格に辟易していて、アロハシャツに短パン、無精髭を生やして昼間から家にいる(フラフラしてるっぽい)チンピラみたいな男がなぜ、父親とつきあったのか、なぜ父がこんな男に保険金を遺したのか、もしかしたらこの男は保険金目当てに父を騙したのではないかと、自分がその正体を見極めてやる、みたいな感じで、居候を始めるのですが、男のほうは、母親に「早く連れて帰れ」などと言いながらも、(愛した人の息子ですから)飲み物を買ってあげたり、ご飯を食べさせたり、バイクに乗せて仕事場に連れて行ったりします。その仕事場とは、小劇場の舞台で、この男が主演兼演出兼座長を務めています。そうやって行動を共にしているうちに、息子は、だんだん、二人がどうしてつきあいはじめるようになったのかとか、この男がどれほど父を愛し、闘病する父を献身的に支えたのかとかいうことを知るようになるのです。回想のシーンで二人の関係が少しずつ明かされていくのですが、あからさまに唐突に切り替わるのではなく、実に映画的な、凝った演出になっていて、唸らされます。よくできた映画です。
たぶんこの恋人の男と息子の二人だけだったら、話が早いというか、割とスムーズに理解しあえたように思います。今の台湾の中学生ですから、ゲイへの偏見とかは全くありません(そもそも偏見があったら、ゲイである男の家に泊まろうとは思わないでしょうね…)。でも、間に母親が入ってきてキーキー騒ぎ、引っ掻き回すので、二人とも翻弄され、疲れてしまいます。この母親はあからさまに差別的で、「男のお前に保険金を受け取る資格はない」「息子に手を出したら承知しないからね!」などと罵倒します。「変態」という最も言ってはいけない言葉さえも…。とはいえ、全てに関してヒステリックなキャラクターなので、呆れこそすれ、いちいち怒る気にはなれません(笑ってしまう方もいらっしゃることでしょう)
映画も後半に差し掛かり、だんだん、父親と男がいかに本気で愛し合っていたかということが明らかになるにつれて、この母親のほうが可哀想で哀れに思えてきます。もともとが残念な感じの女性なので、なおさらです。
全体のトーンというか、ベースとして、ゲイであるということは当たり前で、肯定的に描かれています。母親の「変態」という罵倒も笑って聞き流してしまえるのは、そっちのほうがおかしいという前提を共有する空気感があるからだと思います。社会が成熟しているからこそ、ですね。
観客は、ときどき笑ったりして映画を楽しみながら、自然に、結婚できないことで遺された同性パートナーがどんな不利益を被るかということがわかり、共感を覚えるし、同時に、周囲の結婚圧力や世間体のためにゲイが異性と結婚してしまうということがあるけど、それが、知らずに結婚した奥さんをどれだけ不幸にするか、ということにも気づかされると思います。もし同性婚が認められていたら、こんなに悲しまずに済んだのではないか、と。
しかし、息子くんの立場で考えると、もし初めから父親とこの男(裕傑)がつきあっていたら自分は生まれてこなかったわけで、実に複雑で、割り切れない思いがあるはずです(答えのない問いです)
誰かが善で誰かが悪、ではなく、人間、それぞれに良いところもダメなところもちょっと変わったところもあるけど(愛すべき人たちだけど)、世の中がもっとマシになれば、きっと幸せに共存していけるという信頼感のようなもの(本当に大事だと思います)、世界の不完全さも受け止めながら、現に生きている私たちのこの「生」を抱きしめようとするような、あたたかな人間讃歌。実によくできた、素晴らしい脚本だと思います。
この映画が、台湾で同性婚をめぐる住民投票の直前に公開されたことには、明確な意図があると思います。最高裁が命じたように、本来は民法を改正して婚姻の平等を達成すべきところを、アンチ派が少しでも同性愛者の権利を減じてやろうと、半ばいやがらせとして実施に持ち込んだ住民投票でした。この映画は、おそらく、なぜ結婚の平等が実現されるべきなのかということを少しでも広く、多くの人々にわかってもらうために、という願いが込められた作品で、可能な限りベストな脚本、ベストな演出、ベストなキャスティングで丁寧に作り上げられた、台湾の映画界の良心の結集なんじゃないかな、と思います。
主演男優のロイ・チウは、10年前は「台湾のタッキー」と呼ばれていたほどのイケメンで、映画の中では、恋人である正遠(父親)相手に、思わずドキっとするほど熱のこもった濡れた目を見せたり、チンピラにも見えるけど実は芸術肌という、なかなかに難しい役どころを見事に演じていました。そして、母親役のシェ・インシュエンです。こんなに神経質でヒステリックで被害者意識まるだしで可哀想なキャラクターを、笑っちゃうくらい大げさに演じられる人ってなかなかいないと思います。金馬奨主演女優賞受賞も頷けます。
アジアのゲイ映画といえば(日本の橋口亮輔監督という奇跡をのぞけば)つい最近まで、同性愛が認められない社会で、それでも男どうしで愛し合おうとする切なさや、ゲイとして生きることの苦悩がにじみ出るような作品がほとんどだったのですが、台湾では、2003年にLGBT差別を禁じる法が成立して学校でのLGBT教育が始まり、パレードがスタートし、同性婚が議論されはじめた2004年にはイケメンゲイのラブコメ『僕の恋、彼の秘密』が大ヒットし、2006年にはパレードのシーンも登場するポップでハッピーなゲイ映画『ゴー!ゴー!Gボーイズ!』が製作されるなど、一気に前向きな方向にどんどん進み、他の国とは異なる進化を遂げてきました。『先に愛した人』は、そんな台湾のLGBT映画の流れをしっかり受け継ぎながら、有名な俳優も出演するようなメジャー感で製作された、見事な傑作だと思います。映画は社会を映す鏡なのだなぁと実感させられます。
いろいろ書いてきましたが、キホン笑って楽しめるポップな映画ですので、ぜひお気軽にご覧ください。
『先に愛した人』(Netflixで配信)
原題:誰先愛上他的 Dear Ex
2018年製作/99分/台湾/監督:徐誉庭(シュー・ユーティン)、許智彦(シュー・ツーイェン)/出演:邱澤(ロイ・チウ)、謝盈萱(シェ・インシュエン)、陳如山(スパーク・チェン)、黄聖球(ジョセフ・ホアン)ほか
INDEX
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SCHEDULE
- 10.04Brush -Moulin Rouge-
- 10.05ふくしまレインボーマーチ
- 10.05BEAR-TRAIN
- 10.05第2回東京SPAMナイト
- 10.06ぐんまレインボープライドパレード