REVIEW
秀才な女子がクラスの男子にラブレターの代筆を頼まれるも、その相手は実は自分が密かに想いを寄せていた女子だった…Netflix映画『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』
秀才な女子がクラスの男子にラブレターの代筆を頼まれるも、その相手は実は自分が密かに想いを寄せていた女子だった…という同性愛を交えた三角関係を描いた青春ラブコメです。
クラスで唯一のアジア系であるがゆえに肩身の狭い思いをしていながらも、秀才であるがゆえにレポートの代筆という「仕事」もしている女子が、クラスの男子にラブレターの代筆を頼まれますが、その相手は、自分が密かに想いを寄せていた美人の女子だった…という、同性愛を交えた三角関係を、知性と教養あふれる見せ方で描いた青春ラブコメです。ドタバタの末に、3人ともが、カップルの成立なんかよりももっと大切な「生きたい自分を生きること」へと目覚めていく姿に感動させられます。監督は『素顔の私を見つめて…』で絶賛された、オープンリー・レズビアンのアリス・ウー。自身の体験に基づいた作品です。主演の中国系のリア・ルイスが、ものすごくいい味を出していて、魅力的です。レビューをお届けします。
最初に、これは恋愛が成就する話ではない、と宣言されます(ラブコメなのに!)
なんだ、誰もデキないのか、じゃあ面白くないや、とはなりません。実に面白いです。
主人公のエリー・チュウは、アメリカの田舎町の高校生で、周りは白人だらけなので中国系のエリーは完全に浮いていて、バカにされたり、無視されたりしています。でも、抜群に成績が優秀なので、レポートの代筆という「仕事」でみんなに頼りにされています(先生にもバレています)
そんなエリーは、アメフト部の補欠で口下手で冴えないポールに、ラブレターの代筆を頼まれます。相手はアスター。学内でいちばん偉そうにしているいけすかない男子とつきあっていて、ただ美人というだけでなく、知的で教養があり、エリーをバカにせず、対等に話をしてくれるような人です(エリーは廊下でアスターとぶつかった時に、漫画のように持ってた物を落としちゃうのですが、カズオ・イシグロの『日の名残り』を拾ってあげたアスターが、さらっと「私もこの小説好き。主人公の抑えきれない気持ちがわかる」と的確に本質を捉えたことを言ったのです)。なので、エリーは、密かにアスターに思いを寄せていました。それもあって、最初は断るのですが、家の電気代の支払いが滞っていたため、やむなく引き受けます。
アスターが知的で教養がある人だということはわかっていたので、エリーは適当なことは書けないと、ちょっといい感じのセリフにしなきゃいけないと思いながら、リビングでお父さんが観ていたテレビに映っていた『ベルリン・天使の詩』のセリフを、いいな、と思って書いてしまいます。すると「私もヴィム・ヴェンダース、好きよ。でも、パクらないでね」って返事が来て、これは手強い!と、エリーは本気を出し、同時に、ますますアスターに惹かれていくのでした。
肝心のポールは、二人の手紙のやり取りの中味はさっぱりわからなくて、ようやくデートすることができたものの、最悪にトンチンカンなことしか言えず…あちゃーって感じです。でも、ポールは実はめちゃくちゃいいやつだってことがわかって(中国系であるエリーをバカにする連中に刃向かい、守ってくれたりします)、エリーはあきらめずに応援し続けます。もはやお金の問題ではなくなっています。
エリーは、ポールがなんとか手紙のやり取りの中味を理解できるように、文学やなんかの教養について一夜漬けで教え、ポールも必死に勉強し、マスターしようと努力します。しかし、頑張れば頑張るほど、3人の関係は『出口なし』の状態に……
全編に、いろんな小説や映画からの引用がちりばめられています。
冒頭、『愛とは、完全性に対する欲望と追求である』というプラトンの『饗宴』の一節が映し出され、人間はもともと2つの顔と4本の腕と足を持ち背中合わせでくっついたような生き物で、それで完全体だったのだが、人間の台頭を恐れた神が雷を落として2つの生き物に分けてしまい、それ以来、人間は失われた片割れ(ベターハーフ)を求めて地上を彷徨うようになったのだという物語をアニメーションで見せます。これは完全に『ヘドウィグ・アンド・アングリー・インチ』ですね。プラトンの『饗宴』は同性愛を理想の愛であると称揚した本ですし、『ヘドウィグ・アンド・アングリー・インチ』の作者兼主演のジョン・キャメロン・ミッチェルはゲイの方です。
エリーが代筆のラブレターを書き始めるところで画面に映し出されるのが、「自分を欺いて始まり、他人を欺いて終わる。それが恋愛だ」という言葉ですが、これは(同性との関係を咎められて投獄された)オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』の一節です。
「地獄とは他人である」という言葉も出てきます。サルトルの『出口なし』という戯曲の一節です。『出口なし』は女性2人と男性1人が死んで地獄に送られるが、その地獄とは、鍵のかかった密室だったというお話で、まさにエリー、アスター、ポールの関係のメタファーになっています。
そもそもラブレターを代筆するというお話は、有名な古典作品『シラノ・ド・ベルジュラック』を下敷きにしています。
そういう、知ってる人じゃわからないような教養をひけらかして悦に入るタイプの、スノッブな(鼻持ちならない)匂いがプンプンする作品かというと、決してそうではありません。エリーは本の世界に閉じこもって生きてきましたが(それしかない、虚しい生活)、ポールは全くそういうことと無縁で、でも、いいやつだし、何よりも、恋のために真剣に努力する姿(実存)は感動的で、その影響で、エリーは初めて本の世界から現実社会へと開かれ、人生をあきらめない生き方へと変わっていくのです。
終盤は、意外な、あっと驚くような展開の連続です。
エリーとポールは、同じアスターという女性を好きになりましたが、そこにライバル心はなく(エリーが自分のセクシュアリティを押し殺していたからこそ、なのですが)、二人は「友愛」と呼ぶほかないような、強い絆で結ばれていきました。それは、ポールがエリーのお父さんの面倒も見てくれたりするようないいやつだったからこそ、ありえたことです。この二人の「友愛」がなかったら、たぶん、3人が3人とも『日の名残り』の主人公のように、自分の気持ちを出せず、本当はこういうふうに生きたいのに…と思う人生を諦めていたと思う、けど、そうはならなかった、『面白いのはこれから』って言えるようになった。そのことのほうが、カップルの成立とかよりもずっと意味があることだったのです。
あまりゲイテイストじゃなさそう…と思われるかもしれませんね。確かにゲイの人は登場しないですし、ゲイ的にセクシーだと思えるシーンもありません。でも、エリーはレズビアンですし、そのことを誰にも言えないつらさや、同性を愛するということを諦めなくていいんだと一歩を踏み出していく姿には、きっと共感できるものがあると思います。また、終盤、最もドラマチックな場面で、ゲイに関する素晴らしく笑える(この映画の中で最も面白い)爆笑シーンが用意されているので、そこは楽しみにしていてください。
この映画の監督は、2006年に東京国際レズビアン&ゲイ映画祭と関西クィア映画祭で公開された『素顔の私を見つめて…』の監督、アリス・ウー。台湾系アメリカ人で、レズビアンの方です。この映画は、自身の実体験が反映されているそうです。
純粋にとてもいい映画ですので、ぜひご覧ください。
ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから
The Half of It
2020年/アメリカ/104分/監督:アリス・ウー/リア・ルイス、ダニエル・ディーマー、アレクシス・レミールほか
INDEX
- 中国で実際にあったエイズにまつわる悲劇を舞台化:俳優座『閻魔の王宮』
- ブラジルのHIV/エイズの状況をめぐる衝撃的なドキュメンタリー『神はエイズ』
- ドラァグでマジカルでゆるかわで楽しいクィアムービー『虎の子 三頭 たそがれない』
- 17歳のゲイの少年の喪失と回復をリアルに描き、深い感動をもたらす映画『Winter boy』
- 愛し合う美青年二人が殺害…本当にあった物語を映画化した『シチリア・サマー』
- ホモフォビアゆえの悲劇的な実話にもとづく、重くてしんどい…けど、素晴らしく美しい映画『蟻の王』
- 映画『パトリシア・ハイスミスに恋して』
- アート展レポート:shinji horimura個展「神と生きる漢たち」
- アート展レポート:moriuo個展「IN MY LIFE2023」
- 「神回」続出! ドラマ『きのう何食べた?』season2
- 女性たちが主役のオシャレでポップで素晴らしくゲイテイストな傑作ミステリー・コメディ映画『私がやりました』
- これは傑作! ドラマ『ゆりあ先生の赤い糸』
- シンコイへの“セカンドラブ”――『シンバシコイ物語 -最終章-』
- 台湾華僑でトランスジェンダーのおばあさんを主人公にした舞台『ミラクルライフ歌舞伎町』
- ミュージカルを愛するすべての人に観てほしい、傑作コメディ映画『シアターキャンプ』
- 史上最高にゲイゲイしいファッションドキュメンタリー映画『ジャンポール・ゴルチエのファッション狂騒劇』
- ryuchellさんについて語り合う、涙、涙の番組『ボクらの時代 peco×SHELLY×ぺえ』
- 涙、涙…実在のゲイ・ルチャドールを描いた名作映画『カサンドロ リング上のドラァグクイーン』
- ソウルにあったハッテン映画館の歴史をアニメーションで描いた映画『楽園』(「道をつくる2023」)
- 米史上初のゲイの大統領になるか?と騒がれた人物の素顔に迫る映画『ピート市長 〜未来の勝利宣言〜』
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