REVIEW
『人生は小説よりも奇なり』の監督による、世界遺産の街で繰り広げられる世にも美しい1日…『ポルトガル、夏の終わり』
『人生は小説よりも奇なり』のアイラ・サックス監督の新作は、ポルトガルの世界遺産の街で繰り広げられる美しい1日、奥深い人間模様を描いた作品です。
『人生は小説よりも奇なり』で同性婚の合法化が熟年カップルにもたらした出来事と人生の機微を描いたゲイのアイラ・サックス監督の新作『ポルトガル、夏の終わり』。『主婦マリーがしたこと』『ピアニスト』『8人の女たち』『エル ELLE』などで知られる名優、イザベル・ユペールが余命いくばくもない主人公・フランキーを演じ、ポルトガルの世界遺産の街・シントラに親族や友人が集い、繰り広げられる美しい1日を描いた、人生についてしみじみと考えさせられる作品です。イザベル・ユペールが『人生は小説よりも奇なり』を観て、アイラ・サックスにオファーしたんだそうです。
<あらすじ>
ヨーロッパを代表する女優フランキーは自らの死期を悟り、「夏の終わりのバケーション」と称して一族と親友をシントラに呼び寄せる。彼女は自分の亡き後も愛する者たちが問題なく暮らしていけるよう、すべての段取りを整えようとしていた。しかし、それぞれ問題を抱える彼らの選択は、フランキーの思い描いていた筋書きを大きく外れていく……。
『人生は小説よりも奇なり』も、ニューヨークの街がとても美しく、印象的に描かれていましたが、今作も、バイロンが「この世のエデン」と呼んだ街・シントラが、もはや映画の主役なのではないかというくらい、印象的に描かれています。世界遺産になっている宮殿、美しい街並み、森林、雄大なロカ岬、アダムがイヴを誘惑した場所と言われるビーチなどが目に焼き付きます。きっと旅行に行った気分になれますし、ここに行ってみたいと思うことでしょう。
そんなシントラの街で繰り広げられるのは、死期を悟ったフランキーが、ロンドンやパリやニューヨークから親族や友人を避暑と称して呼び寄せ、さりげなく、自分の亡き後も愛する家族たちがつつがなくやっていけるようにお節介を焼こうとする、けど、思惑は外れまくり…という人間模様です。冒頭のフランキーが裸でプールに飛び込むシーンから始まって、実にいろんな出来事が起こるのですが、そんな1日の終わりにみんなで素敵な場所に集い…なんとも言えない余韻を感じさせます(その撮り方が凄いです。エリック・ロメールの作品へのオマージュだそうです)
自身もゲイであるアイラ・サックス監督は過去6本の長編作品のうち3本でゲイを主役にしてきましたが、この新作『ポルトガル、夏の終わり』にも、ゲイのキャラクターが登場します。主人公である女優フランキーの元夫・ミシェルです。ミシェルは、フランキーと離婚した後、自身がゲイであることに気づき、この映画には登場しないものの、男性のパートナーと一緒になります。ミシェルがフランキーの今の夫であるジミーに「フランキーの後は、物事が変わる。人生が変わるんだ」とアドバイスするシーンがあります。今の夫と元夫は別に仲が悪いわけではなく、ジミーはゲイに対する偏見もありません(というか、ゲイに偏見を持った登場人物は一人もいません)
フランキーとミシェルとの子・ポールは、今はパリでミシェルと暮らしているのですが、フランキーが息子を引き取らなかったのには、理由がありました(ちょっと問題児だったようです)
ジミーは何をしている人で、どういう人生を送ってきたのかということは、あまり詳しく描かれていないのですが、とてもいい人だということはわかります(ちなみにちょっとセクシーなシーンもあります。ヒゲクマ系が好きな方には、きっと喜んでいただけるはず)
これもあまり詳しく説明されていないのですが、ジミーの義理の娘のシルヴィアとその夫と娘(アフリカ系のファミリーです)も登場します。
それから、仕事で出会い、意気投合した親友の女性・アイリーンが、ニューヨークからやってきます。フランキーは、今度ニューヨークに行くことが決まっている息子のポールをアイリーンと引き合わせ、あわよくば二人がつきあったりしないかな、と企んでいるのですが…。
もしかしたら、この映画はいったい何を言いたいのだろう?テーマは何なのだろう?と思ってしまうかもしれないような作品なのですが、よく見ると、それぞれの人生の結構重要な局面、人と人との出会いやつながりが、運命を変えていく様が描かれていて、味わい深いです。
特に(詳しくは書きませんが)ラストシーンに、割とビックリさせられるような展開があって、ある種の「人生の真実」を浮き彫りにしています(映画をご覧になる方は、ぜひ映画の初めのほうに出てくる、シントラの街中にある「結婚の泉」にご注目ください)
このラストの展開や、セクシーな男の人たちや、フランキーの鮮やかなスカートや、女優フランキーに出会って大喜びするおばさんたちの姿やなんかも含めて、そこはかとないゲイテイストを感じさせます。
ポルトガル、夏の終わり
2019年/フランス・ポルトガル合作/100分/監督:アイラ・サックス/イザベル・ユペール、ブレンダン・グリーソン、マリサ・トメイ、ジェレミー・レニエほか
INDEX
- マジョリティの贖罪意識を満たすためのステレオタイプに「FxxK」と言っちゃうコメディ映画『アメリカン・フィクション』
- クィアでブラックなミュージカル・コメディ・アニメドラマ『ハズビン・ホテルへようこそ』
- 涙、涙…の劇団フライングステージ『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第二部
- 心からの拍手を贈りたい! 劇団フライングステージ 『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第一部
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- エストニアの同性婚実現の原動力になった美しくも切ない映画『Firebirdファイアバード』
- ゲイの愛と性、HIV/エイズ、コミュニティをめぐる壮大な物語を通じて次世代へと希望をつなぐ、感動の舞台『インヘリタンス-継承-』
- 愛と感動と「ステキ!」が詰まったドラァグ・ムービー『ジャンプ、ダーリン』
- なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』
- 『シッツ・クリーク』ダン・レヴィの初監督長編映画『ため息に乾杯』はゲイテイストにグリーフワークを描いた素敵な作品でした
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- 春田と牧のラブラブな同棲生活がスタート! 『おっさんずラブ-リターンズ-』
- レビュー:大島岳『HIVとともに生きる 傷つきとレジリエンスのライフヒストリー研究』
- アート展レポート:キース・へリング展 アートをストリートへ
- レナード・バーンスタインの音楽とその私生活の真実を描いた映画『マエストロ:その音楽と愛と』
- 中国で実際にあったエイズにまつわる悲劇を舞台化:俳優座『閻魔の王宮』
- ブラジルのHIV/エイズの状況をめぐる衝撃的なドキュメンタリー『神はエイズ』
- ドラァグでマジカルでゆるかわで楽しいクィアムービー『虎の子 三頭 たそがれない』
- 17歳のゲイの少年の喪失と回復をリアルに描き、深い感動をもたらす映画『Winter boy』
- 愛し合う美青年二人が殺害…本当にあった物語を映画化した『シチリア・サマー』