REVIEW
女性差別と果敢に闘ったおばあちゃんと、ホモフォビアと闘ったゲイの僕との交流の記録:映画『マダム』(マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル)
主婦以外認められていなかった時代に実業家として果敢に道を切り開いた祖母と、なかなかゲイであることを受け容れることができなかった僕との心の交流を描いたドキュメンタリー映画です。

1/15〜2/15にオンラインで開催中の「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル(MyFFF)」。「若手映画制作者によるフランス映画のショーケース」というコンセプトで実施され、クィア作品もたくさん盛り込まれています。1000円ちょっとで全部まとめて視聴できます。
その第2弾として、結婚して家庭に入る生き方以外認められていなかった時代に実業家として果敢に女性自立の道を切り開いた祖母と、なかなかゲイであることを受け容れることができなかった僕、それぞれの旅と、二人の心温まる交流を描いたスイスのドキュメンタリー映画『マダム』をご紹介します。
前半は、このドキュメンタリーを撮っているステファンの家族の話です。よくこんなに家族の映像をたくさん撮ってあったなぁと感心するのですが、お父さんが映画監督志望だったそうです。
どちらかというとステファンの両親ではなく、おばあちゃんがフィーチャーされています。おばあちゃんは、まだ女性が外で働くことが認められず、結婚して家庭に入れと、家事や子育てに役立たない勉強などするなと言われる時代に、事業を起こし、財産を築き、ジュネーブで二2人めに車の免許を取った女性となった人でした。勝気で、芯が強く、勇敢な人です。子育てをしながらも、男を必要としない、自由な生き方を選択し、道を切り開いていきます。
両親は、会計士をしているお父さんと、優しくて美しいお母さん。
裕福な家庭で育ったステファンは、同性愛を許さない保守的なスイス社会の影響をモロに受けて、無理に女の子とつきあってみたり、勇ましいことを言ってみたり…ゲイであることを抑圧していたのですが、でも、本気で男の子に恋したとき、自分の気持ちにあらがうことができず、また、オープンな大学生活で、すべてが変わっていきます。その心の旅は、とてもドラマチックです。人はここまで変わるんだなぁ…と。
みんながホモフォビアという病に取り憑かれていました。でも、ステファンが変えていきました。
後半は、ステファン自身の変貌ぶりと、家族との関係が描かれていきます。終盤、へええ!と驚く展開になります。
おばあちゃんは、(たまにうるさいことも言うけど)いつもそこにいてステファンを「自由の女神」のように見守り、照らしてくれる存在でした。
全部を観終わってみると、(本人たちもよくわからないまま、疎外されていたのですが)おばあちゃんが闘っていたものと、ステファンが闘っていたものは、同じようなものだったんだろうなぁと思いました(紹介文に「保守的なスイス社会に深く根を下ろす『家父長制』」と書かれていますが、そういうことだと思います)。恋人への愛が、ステファンにゲイとして生きる決意をさせ、おばあちゃんの愛が、そんなステファンを通奏低音のように支えます。
ドキュメンタリーってどうしても地味で平板になってしまいがちですが、映画好きだったステファンが子どもの頃から女装して映像を撮っていたりする(今だったらYouTubeの動画みたいな)のが面白かったり、ニューヨークのパレードの映像もあったり、ヨーロッパを旅した時の印象的な風景も使われていたり、多彩です。そして、編集の仕方や音楽の使い方がとても上手いと感じました。よくできた映画です。
ステファンがどういう人物なのか、気になってちょっとググってみました。
ステファン・リートハウザーは1972年、スイスのジュネーブのブルジョア家庭に生まれた、映画プロデューサー、映画監督、ジャーナリスト、作家、写真家、ゲイ活動家。ジュネーヴ大学を卒業した後、ニューヨークに渡り、映画の道へ。帰国後、映像関係の仕事で活躍、この『マダム』という作品でヨーロッパ中に知られるようになり、世界各地の映画祭に参加し、テッサロニキとマドリッドの映画祭で賞を受賞しました。
なお、スイスの映画なのに「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル」で上映されているのは、この映画で話されているのがフランス語だからだと思います(スイスの西側1/4くらいはフランス語圏。ジュネーブもそうです)
マダム
2019年/1時間34分/監督・脚本:Stéphane Riethauser
INDEX
- 家族的な愛がホモフォビアの呪縛を解き放っていく様を描いたヒューマンドラマ: 映画『フランクおじさん』
- 古橋悌二さんがゲイであること、HIV+であることをOUTしながら全世界に届けた壮大な「LOVE SONG」のような作品:ダムタイプ『S/N』
- 恋愛・セックス・結婚についての先入観を取り払い、同性どうしの結婚を祝福するオンライン演劇「スーパーフラットライフ」
- 『ゴッズ・オウン・カントリー』の監督が手がけた女性どうしの愛の物語:映画『アンモナイトの目覚め』
- 笑いと感動と夢と魔法が詰まった奇跡のような本当の話『ホモ漫画家、ストリッパーになる』
- ラグビーの名門校でホモフォビアに立ち向かうゲイの姿を描いた感動作:映画『ぼくたちのチーム』
- 笑いあり涙ありのドラァグクイーン映画の名作が誕生! その名は『ステージ・マザー』
- 好きな人に好きって伝えてもいいんだ、この街で生きていってもいいんだ、と思える勇気をくれる珠玉の名作:野原くろ『キミのセナカ』
- 同性婚実現への思いをイタリアらしいラブコメにした映画『天空の結婚式』
- 女性にトランスした父親と息子の涙と歌:映画『ソレ・ミオ ~ 私の太陽』(マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル)
- 女性差別と果敢に闘ったおばあちゃんと、ホモフォビアと闘ったゲイの僕との交流の記録:映画『マダム』(マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル)
- 小さな村のドラァグクイーンvsノンケのラッパー:映画『ビューティー・ボーイズ』(マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル)
- 世界エイズデーシアター『Rights,Light ライツライト』
- 『逃げ恥』新春SPが素晴らしかった!
- 決して同性愛が許されなかった時代に、激しくひたむきに愛し合った高校生たちの愛しくも切ない恋−−台湾が世界に放つゲイ映画『君の心に刻んだ名前』
- 束の間結ばれ、燃え上がる女性たちの真実の恋を描ききった、美しくも切ないレズビアン映画の傑作『燃ゆる女の肖像』
- 東京レインボープライドの杉山文野さんが苦労だらけの半生を語りつくした本『元女子高生、パパになる』
- ハリウッド・セレブたちがすべてのLGBTQに贈るラブレター 映画『ザ・プロム』
- ゲイが堂々と生きていくことが困難だった時代に天才作家として社交界を席巻した「恐るべき子ども」の素顔…映画『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』
- ハッピーな気持ちになれるBLドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(チェリまほ)
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