REVIEW
苛烈なホモフォビアに直面しながらも必死に愛し合おうとするけなげな二人…しかし後半は全く趣旨が変わる不思議な映画『デュー あの時の君とボク』
前半は苛烈なホモフォビアに直面しながらも必死に愛し合おうとする男子高校生たちが健気で、とてもよかったのですが、後半、驚きの展開に…。BLだと思って観るとガッカリするかもしれません。
![映画『デュー あの時の君とボク』 映画『デュー あの時の君とボク』](assets/images/review/CINEMA2/Dew/dew_5.jpg)
イ・ビョンホン主演で、2001年公開当時「ゲイ映画か?」と物議を醸した韓国映画『バンジージャンプする』をリメイクしたタイの映画です。BL映画として紹介されていますが、たぶん、BLだと思って観ると、裏切られた気持ちになる作品だと思います。
<あらすじ>
1995年。タイ北部のパンノイの高校生・ポップは、転校生のデューと道端で出会う。友情を育みながらお互いに惹かれ合っていくが、もともと保守的な田舎町で、ホモフォビアが根強かったところにエイズ禍が重なり、ゲイだと疑われる生徒を矯正キャンプに送り込むという非人道的な政策が敷かれ…。二人は素直に愛情を表現することができずにいた。そんな現実から逃れるように、チェンマイの塾に通い始めたデューとポップ。ニュージーランドに留学できるかもしれないチャンスを前に、二人は「一緒にニュージーランドに行ってバンジージャンプしよう!」と意気込む。しかし、二人の関係が大きく変わってしまう出来事が…。
やがて22年の歳月が流れ、ポップは結婚して教師として母校に戻ってきた。なぜか彼の教え子である女子高生リューのことが気になって仕方がないポップ。そこには、にわかに信じがたい理由があった…。
前半はすごくよかったです。ひさびさにガツンとヤラれました。
世間のホモフォビアやエイズフォビアが、どれだけ無垢な男子高校生たちを傷つけ、純粋な愛を汚し、尊厳を奪い、未来を台無しにしたかという理不尽が、タイらしくエモーショナルに描かれています。こんなに憤りを覚えたのは『夜間飛行』以来です。
高校生時代のポップが、BLには珍しく、短髪でちょっとイモっぽい素朴系だったのもポイント高いです(キホン、BLと呼ばれる映画やドラマに登場するような「イケメン」は1ミリもイケないのですが、初めて「かわいいかも」と思えました)
時代の制約ゆえに結ばれることが許されず、引き裂かれてしまった二人が、時が経って大人になってから、あの時の恋が忘れられず、もう一度彼に会いたい…という展開になっていたら、タイ版『ムーンライト』として傑作になったんじゃないかなぁ、と思いました。
しかし、この映画は全くそうはなりませんでした。
後半、ガラリと変わります。テーマというか趣旨というか、映画のテイスト自体が変わりますし、ついでに男子高校生どうしのカップリングから男性教師と教え子の少女というカップリングに変わり、戸惑いました。もし元ネタの存在を知らず、予備知識なしに観た方は、驚くと思います。BLを期待していた方は、「急に男女のありふれたロマンスになったぞ」と鼻じらみ、裏切られた気持ちがすることでしょう。男の子どうしの恋を観に来たのに…と。
ネタバレになるので、あまり後半のストーリーには触れませんが(いろんなサイトにすでに書かれていますが)、この映画は『バンジージャンプする』という映画のリメイクで、後半の展開は『バンジージャンプする』をかなり忠実になぞっていて(なので、元ネタを知ってる人は、比べながら観るという楽しみがあるかもしれません)、ただ、性別を逆にしたのです。それは、『バンジージャンプする』の結末がホモフォビックだと批判され、今の時代のタイのBL版としては、そのままリメイクするわけにはいかないということで、ゲイへの配慮としてこのように変えたのだと言われています。そこは一応、評価したいと思います。
ただ、ポップに奥さんがいる設定にしたことは失敗だったのではないか、と思いました。ポップはゲイで、女性は愛せないのに、なぜか教え子である女子高生リューだけには惹かれてしまう…という展開にしないと、元ネタの映画とも整合性が取れず、切なさを感じられないからです(いっそ、性別が変わるという原作を変えて、教え子の男の子にすればよかったのに…)。そういう意味では「ストレートウォッシュ」されてしまっていたと言えるのではないでしょうか。
初恋の人をずっと愛し続ける、見た目ではなく魂を愛する(これこそ「性別を超えた」愛でしょう)というテーマはよいとしても、これではゲイの観客が(女性のBLファンも?)感情移入できないと思います。
というわけで、前半はとてもよかったのに、後半、残念な気持ちにさせられました。
悲劇的でバッドエンドだからダメだったのではありません(同じタイのBLということで言うと、超ハッピーだけどドラマとしてあまりにも浅い『2gether THE MOVIE』のほうがダメでした、個人的には)。ストレートウォッシュされすぎていて、もはやゲイ映画でもBLでもない、別物になってしまっていたからです(『メゾン・ド・ヒミコ』でストーリー的に全く必然性のない柴崎コウとオダギリジョーのラブシーンを延々と見せられた時以来のモヤモヤでした)
基本的にオススメしたくないものはレビューに書かないようにしているのですが、この『デュー あの時の君とボク』については、しばらく迷って、書こうと思いました。とにかく前半がよかったということ、そして、もしゲイとかBLを期待して観に行くと後半はガッカリするかもしれませんよとお伝えしておいたほうがいいのでは?と思ったからでした。
デュー あの時の君とボク
原題:Dew
2019年/123分/タイ/監督:チューキアット・サックビーラクル/出演:パワット・チットサワンディ、スコラワット・カナロス
7月2日よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開
INDEX
- 獄中という極限状況でのゲイの純愛を描いた映画『大いなる自由』(レインボー・リール東京2022)
- トランスジェンダーの歴史とその語られ方について再考を迫るドキュメンタリー映画『アグネスを語ること』(レインボー・リール東京2022)
- 「第三の性」「文化の盗用」そして…1秒たりとも目が離せない映画『フィンランディア』(レインボー・リール東京2022)
- バンドやってる男子高校生たちの胸キュン青春ドラマ『サブライム 初恋の歌』(レインボー・リール東京2022)
- 雄大な自然を背景に、世界と人間、生と死を繊細に描いた『遠地』(レインボー・リール東京2022)
- 父娘の葛藤を描きながらも後味さわやかな、美しくもドラマチックなロードムービー『海に向かうローラ』
- 「絶対に同性愛者と言われへん」時代を孤独に生きてきた大阪・西成の長谷さんの人生を追った感動のドキュメンタリー「93歳のゲイ~厳しい時代を生き抜いて~」
- アジア系ゲイが主役の素晴らしくゲイテイストなラブコメ映画『ファイアー・アイランド』
- ミュージシャンとしてもゲイとしても偉大だったジョージ・マイケルが生前最後に手がけたドキュメンタリー映画『ジョージ・マイケル:フリーダム <アンカット完全版>』
- プライド月間にふさわしい名作! 笑いあり感動ありのドラァグクイーン演劇『リプシンカ』
- ゲイクラブのシーンでまさかの号泣…ゲイのアフガニスタン難民を描いた映画『FLEE フリー』
- 男二人のロマンス“未満”を美味しく描いた田亀さんの読切グルメ漫画『魚と水』
- LGBTQの高校生のリアリティや喜びを描いた記念碑的な名作ドラマ『HEARTSTOPPER ハートストッパー』
- LGBTQユースの実体験をもとに野原くろさんが描き下した胸キュン青春漫画とリアルなエッセイ『トビタテ!LGBTQ+ 6人のハイスクール・ストーリー』
- 台湾での同性婚実現への道のりを詳細に総覧し、日本でも必ず実現できるはずと確信させてくれる唯一無二の名著『台湾同性婚法の誕生: アジアLGBTQ+燈台への歴程』
- 地下鉄で捨てられていた赤ちゃんを見つけ、家族として迎え入れることを決意したゲイカップルの実話を描いた絵本『ぼくらのサブウェイベイビー』
- 永易さんがLGBTQの様々なトピックを網羅的に綴った事典的な本『「LGBT」ヒストリー そうだったのか、現代日本の性的マイノリティー』
- Netflixで今月いっぱい観ることができる貴重なインドのゲイ映画:週末の数日間を描いたロマンチックな恋愛映画『ラ(ブ)』
- トランスジェンダーのリアルを描いた舞台『イッショウガイ』の記録映像が期間限定公開
- 宮沢賢治の保阪嘉内への思いをテーマにしたパフォーマンス公演「OM-2×柴田恵美×bug-depayse『椅子に座る』-Mの心象スケッチ-」
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