REVIEW
日本で初めて、公募で選ばれたトランス女性がトランス女性の役を演じた記念碑的な映画『片袖の魚』
日本で初めて、公募で選ばれたトランス女性がトランス女性の役を演じた記念碑的な映画『片袖の魚』が、7月10日から新宿K's cinemaで公開されます。
![トランス女性がトランス女性の役を演じる記念碑的な映画『片袖の魚』 トランス女性がトランス女性の役を演じる記念碑的な映画『片袖の魚』](assets/images/review/CINEMA2/Katasode/katasode_main.jpg)
自分を不完全な存在だと思い込み、自信を持てないまま社会生活を送るひとりのトランス女性が、新たな一歩を踏み出そうとする――そんなささやかな瞬間の物語を、文月悠光さんの詩を原案として、国内外の映画祭で高い評価を得ている東海林毅(しょうじつよし)監督が映像化しました。主演は「パンテーン PRO-V ミセラーシリーズ」のCMや、オンワード「IIQUAL」メインビジュアルを務めるなど、ますます活躍を見せているイシヅカユウさんです。レビューをお届けします。(後藤純一)
<あらすじ>
トランスジェンダー女性の新谷ひかりは、ときに周囲の人々との間に言いようのない壁を感じながらも、友人で同じくトランス女性の千秋をはじめ、上司である中山や同僚の辻などの理解者に恵まれ、会社員として働きながら東京で一人暮らしをしている。ある日、出張で故郷の街へ出向くことが決まる。ふとよぎる過去の記憶。ひかりは、高校時代に同級生だった久田敬に、いまの自分の姿を見てほしいと考え、勇気をふりしぼって連絡をするのだが――
等身大のトランス女性の「Life」や「Love」を鮮やかに、魅力的に描いた素晴らしい作品でした。日本にこのような作品が生まれたことを心から歓び、お祝いしたい気持ちです。
ひかりは理解ある支援的な職場で働いているものの、外回りをしていると、心ない言葉や対応に直面し、傷つくことも…。特に(ゲイと同様)世のホモソーシャルな集団からどのような扱いを受けるかということが、痛いほど伝わってきます。トランス女性が日常生活で直面しがちな様々な困難のディテールは、当事者だからこそわかる「あるある」なんだと思います。
一方で、ひかりが仕事を一所懸命頑張り、生き生きと輝いてる姿や、男性に淡い恋心を寄せる姿、日々の憂さを晴らすために行きつけのバーでママに悩みを聞いてもらって「また明日から頑張ろう」と思うところなどは、世の女性たちと(そして私たちと)全く変わりません。トランス女性は女性なんだ、ということもまた、リアルに描かれています。
バーのママの役を演じている広畑りかさんも、トランス女性の方です。イシヅカユウさんとはまた異なる、人好きのするタイプの女性で、とても素敵です。
モデルのイシヅカユウさんが演じているだけあって、ひかりの、背筋のピンと伸びた、凛とした佇まいは光っています。つらい仕事の後、イヤホンを耳にさしてお気に入りの音楽を聴きながら颯爽と歩くシーンは、ちょっとグザヴィエ・ドランの『わたしはロランス』を彷彿させるものがありました。本当にカッコいいです。
そんなクールでスタイリッシュなシーンと、バーでの庶民的なシーン、両方あってバランスがとれている気がします。きっとたくさんの人が感情移入できるだろうなと思います。
34分があっという間で、もっと観たいと思わずにはいられませんでした。
ひかりがいつも持ち歩いているカクレクマノミの小物があるのですが、それは、ひかりが熱帯魚を扱うお仕事をしているからとか、『ファインディング・ニモ』のファンだから(そういえば、ニモは生まれつき片方の胸びれが小さいんですよね…)ということではなく、別の意味が込められています。注目してみてください。
これまで、世間の人たちがトランス女性に抱くイメージは、「ニューハーフ」としてテレビのバラエティ番組に出たりショーパブで華麗に踊る人、といったイメージが強かったと思います。これまで、テレビや映画などでリアルなトランス女性の姿が伝えられる機会は圧倒的に不足していた…というより、ほぼ皆無でした。『片袖の魚』は、トランス女性のリプレゼンテーションという点で計り知れない意義を持っています。
トランス女性の生きづらさをリアルに描いているだけでなく、喜びや恋、生活を生き生きと描いているところも素晴らしいです(2人のトランス女性が出演しているだけでなく、畑野とまとさんや時枝穂さんなどの当事者が監修しています)
きっと世界的にも評価されることでしょう(すでに海外のLGBTQ映画祭への招待が決まっているそうです)
『老ナルキソス』でレインボー・リール東京のコンペのグランプリに輝いている監督の東海林毅さん(バイセクシュアルであることをオープンにしています)は、昨今逆風が強まっているトランス女性をなんとか救いたいという一心でこの映画の制作に踏み切ったと語っています(こちらのインタビューをぜひお読みください)
本当に良い映画、意味のある映画、画期的な映画ですので、ぜひ新宿K's cinemaに足をお運びください。ほぼ毎日、舞台挨拶やアフタートークが予定されています。
10日の初日は完売、11日は残席少なめだそうですが、来週末はまだ大丈夫です(チケット販売は3日前からです)。17日、23日はイシヅカユウさんが登場します。
片袖の魚
2021年/日本/34分/監督:東海林毅/出演:イシヅカユウ、広畑りか、猪狩ともか、黒住尚生、原日出子ほか
新宿K's cinemaにて7月10日から公開。以降、順次全国公開予定
INDEX
- 獄中という極限状況でのゲイの純愛を描いた映画『大いなる自由』(レインボー・リール東京2022)
- トランスジェンダーの歴史とその語られ方について再考を迫るドキュメンタリー映画『アグネスを語ること』(レインボー・リール東京2022)
- 「第三の性」「文化の盗用」そして…1秒たりとも目が離せない映画『フィンランディア』(レインボー・リール東京2022)
- バンドやってる男子高校生たちの胸キュン青春ドラマ『サブライム 初恋の歌』(レインボー・リール東京2022)
- 雄大な自然を背景に、世界と人間、生と死を繊細に描いた『遠地』(レインボー・リール東京2022)
- 父娘の葛藤を描きながらも後味さわやかな、美しくもドラマチックなロードムービー『海に向かうローラ』
- 「絶対に同性愛者と言われへん」時代を孤独に生きてきた大阪・西成の長谷さんの人生を追った感動のドキュメンタリー「93歳のゲイ~厳しい時代を生き抜いて~」
- アジア系ゲイが主役の素晴らしくゲイテイストなラブコメ映画『ファイアー・アイランド』
- ミュージシャンとしてもゲイとしても偉大だったジョージ・マイケルが生前最後に手がけたドキュメンタリー映画『ジョージ・マイケル:フリーダム <アンカット完全版>』
- プライド月間にふさわしい名作! 笑いあり感動ありのドラァグクイーン演劇『リプシンカ』
- ゲイクラブのシーンでまさかの号泣…ゲイのアフガニスタン難民を描いた映画『FLEE フリー』
- 男二人のロマンス“未満”を美味しく描いた田亀さんの読切グルメ漫画『魚と水』
- LGBTQの高校生のリアリティや喜びを描いた記念碑的な名作ドラマ『HEARTSTOPPER ハートストッパー』
- LGBTQユースの実体験をもとに野原くろさんが描き下した胸キュン青春漫画とリアルなエッセイ『トビタテ!LGBTQ+ 6人のハイスクール・ストーリー』
- 台湾での同性婚実現への道のりを詳細に総覧し、日本でも必ず実現できるはずと確信させてくれる唯一無二の名著『台湾同性婚法の誕生: アジアLGBTQ+燈台への歴程』
- 地下鉄で捨てられていた赤ちゃんを見つけ、家族として迎え入れることを決意したゲイカップルの実話を描いた絵本『ぼくらのサブウェイベイビー』
- 永易さんがLGBTQの様々なトピックを網羅的に綴った事典的な本『「LGBT」ヒストリー そうだったのか、現代日本の性的マイノリティー』
- Netflixで今月いっぱい観ることができる貴重なインドのゲイ映画:週末の数日間を描いたロマンチックな恋愛映画『ラ(ブ)』
- トランスジェンダーのリアルを描いた舞台『イッショウガイ』の記録映像が期間限定公開
- 宮沢賢治の保阪嘉内への思いをテーマにしたパフォーマンス公演「OM-2×柴田恵美×bug-depayse『椅子に座る』-Mの心象スケッチ-」
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