REVIEW
台湾から届いた感動のヒューマン・ミステリー映画『親愛なる君へ』
『チョコレートドーナツ』のようでもあり、『怒り』のようでもある、台湾産のヒューマン・ミステリー。爽やかな感動とともに、観客のホモフォビアを「解毒」してくれるような作品です。

7月16日、レインボー・リール東京が2年ぶりに幕を開けました。7月21日(水)17:10に上映(日本初上映、特別先行上映)されるのが、「台湾のアカデミー賞」金馬奨3部門受賞をはじめ台北映画奨や台湾映画評論家協会奨でも受賞した話題作、『親愛なる君へ』です。ゲイが主人公で、世間のホモフォビアゆえに引き裂かれそうになる"親子"を描いた感動作という意味では「台湾の『チョコレートドーナツ』」と言えるかもしれません。世の不条理を描きながら、次第に真実が明らかにされていくミステリー作品という意味では『怒り』に通じるものがあるかもしれません。謎が解き明かされた時に訪れる感動。すべては愛ゆえに…。
<あらすじ>
老婦・シウユーの介護と、その孫のヨウユーの面倒をひとりで見る青年・ジエンイー。血のつながりもなく、ただの間借り人のはずのジエンイーがそこまで尽くすのは、二人が今は亡き同性パートナーの家族だから。しかしある日、シウユーが急死してしまう。病気の療養中だったとはいえ、その死因をめぐり、ジエンイーは周囲から不審の目で見られるようになる。警察の捜査によって不利な証拠が次々に見つかり、終いには裁判にかけられてしまう…。
時代設定は約10年前の台湾だそうで、舞台は基隆という港町(数千人収容の豪華客船が出入りするような大きな港です)。まだ同性婚も認められていない頃で、台北ほど都会でもない小さな町なので、ゲイへの偏見が根強く残っている印象です。
ジエンイーは亡くなったパートナーへの愛ゆえに、彼の子ども(実の子)も母親も面倒を見ています、それはそれは甲斐甲斐しく、献身的に。しかし、亡くなった彼氏の弟(借金を抱えて兄に負担させ、自分は中国に逃亡したというクズ)や警察は、ジエンイーの思いを家族愛だとは理解せず、何か裏があるのでは?と疑うところから悲劇が始まります。『チョコレートドーナツ』で蛇のような目をした男がゲイカップルとマルコとの間を引き裂くホモフォビアの権化として登場しますが、『親愛なる君へ』では、ホモフォビアというものが、世間の同性愛に対する無理解に由来する「社会通念」のようなものとして描かれているように感じます。
少しずつ明かされる真実をここで伝えるわけにはいかないのですが、手に汗握る展開です、とだけ(ジエンイーも結構、疑われるような行動を取っているので、よけいに…)。ラストシーンは感動的です。
基本的に僕らはゲイの主人公の味方として、肩入れしながら観るわけですが、(特にアライというわけではない)ストレートの観客は全然違う見方をするだろうな、と。「こいつが犯人じゃないか」と思うだろうな、と。そういう造りになっていると思います。
しかし、映画を観たストレートの方は、たぶん、「疑って悪かった」と、「差別的な見方をしててごめんよ」と思うんじゃないかと。いわば、ホモフォビアを自覚させ、解毒するような作用がはたらくようになっていて、それこそがこの映画の真の意図だと思います。
『チョコレートドーナツ』は悲劇的な結末で、観た人に問いかけるような作品でしたが、この映画には救いがあり、カタルシスが得られます。ハンカチをご用意してご覧ください。
台湾の養子縁組について、少し補足しておいたほうがよいかもしれないと思いました。
台湾はもともと、子どもを出産した母親と婚姻関係にないパートナーが、その子どもを養子にすることが禁止されています(2015年に裁判が起こされています)。ただし、家族みんなが承認すれば、家裁の判断で養子が認められるようになっています。
2019年に同性婚法が成立しましたが、養子縁組に関しては、以下のような制限が残りました。
「同性婚法が同性婚の当事者に認めた養子縁組は、結婚の相手方の実子を養子とする、いわゆる「連れ子養子」だけであり(同性婚法20条)、養子縁組に関するほかの民法規定の準用を規定していない。その結果、以下のような問題が残された。
まず、両名が共同で他人の子を養子に迎えたり、一方の養子を他方が重ねて養子にすることができない。従って、養子がいる者が同性パートナーと結婚しても、養子は片親のままでいることを余儀なくされる。すでに結婚した同性カップルが他人の子と縁組するには、まず離婚してからでなければ、一方だけで縁組を申請することはできない。配偶者のある者は配偶者と共同で縁組することとされているからである(民法1074条、夫婦共同縁組の原則)。これらの点は法改正によらなければ、解決できない差別的扱いである」(鈴木賢「台湾の同性婚法制化から何を学ぶか」より)
役者さんはみなさん、達者というか、素晴らしいです。特に、主演のモー・ズーイーは、金馬奨、台北映画奨、台湾映画評論家協会奨で最優秀男優賞に輝いています。老婦・シウユーを演じたチェン・シューファン(「国民のおばあちゃん」の異名をとる台湾の国宝級女優だそう)も、金馬奨で最優秀助演女優賞を受賞しています。
ジエンイー(モー・ズーイー)のゲイセックスのシーンもちゃんとあり(そういう意味でも『怒り』を彷彿させました)、華奢に見えるけどかなりマッチョなんだなぁとか、変に感心してしまいました。
基本的に場面を盛り上げるようなBGMがほとんど使われていないのですが、とある楽曲がラストの感動へとつながるキーとなります(『燃ゆる女の肖像』で、ヴィヴァルディの「『四季』より夏」が重要な役割を果たしていたのと似ています)。金馬奨で最優秀オリジナル音楽賞を獲得したそうです。
レインボー・リール東京での上映は平日の17:10なので、観れない方も多いと思いますが、7月23日(金祝)からシネマート新宿・心斎橋ほかで一般公開されますので、ぜひ映画館に足を運んでみてください。
親愛なる君へ
原題:親愛的房客 英題:Dear Tenant
監督:チェン・ヨウジエ(鄭有傑) 2020|台湾|106分|華語、台湾語|R18+
レインボー・リール東京で7月21日(水)17:10に特別先行上映(日本初上映)
7月23日(金祝)シネマート新宿・心斎橋ほか全国順次公開(【※特別先行上映 )
(c)2020 FiLMOSA Production All rights
INDEX
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