REVIEW
映画『シカダ』(レインボー・リール東京2021)
NYのブルックリンを舞台に、トラウマを抱えた二人の青年が出会い、愛し合うなかで、それぞれが直面する壁に向き合い、前に進もうとする姿を描いた映画です。静かに現代アメリカ社会の闇を告発している、とも見ることができるような作品でもあります。






<あらすじ>
ブルックリンに住むベンは、日々の仕事を渡り歩きながら、様々な男女と一夜限りの肉体関係を持ち続けていた。ある日、ベンは古書店で黒人のサムと出会う。蝉の声が響き渡る夏の間、ベンとサムは急速に関係を深めていくが、次第にそれぞれが抱えるトラウマが二人の前に立ちはだかる…。
「シカダ」がセミという意味だということは、マッキー・ファンの方ならすぐにお気づきのことでしょう。
タイトルだけ聞いて、7年間何もなくじっとしていて、突然、夏に恋が始めるも、1週間で終わってしまう…というような物語を想像したのですが、全然違いました。
冒頭10分間に、主人公のベンは数えきれないくらいのゆきずりのセックスをします。相手の人種も、ジェンダーも(クィアな方もいます)、見た目も、シチュエーションも様々です。それはもう、セックス依存症なのではないかというくらいに(その相手の中に、先日エミー賞にノミネートされたゲイのコメディアン、ボウエン・ヤンもいました)
ベンは若い白人の男性で、腹筋が割れていて、モテ筋。酔っ払ってはいろんな相手とセックスしまくる…けど、とても苦しそうです。時には嘔吐したり、うなされたり。病院に通っています。
ある時、街角のブックコーナーにいた背の高い黒人のイケメンが気になり、声をかけます。彼、サムは、体に傷を持つ人で、ベンはそんなサムに惹かれていきます。サムもまた、ベンが抱える心の闇に気づき、それをなんとか引き出そうとします。サムもまた、過去の衝撃的な事件のせいでトラウマを抱えている人でした。
夏の恋。二人は親密な時を過ごし、次第に心を通わせていきます。そして、それぞれがずっと避けていたこと、人生の大きな壁に、共に立ち向かい、乗り越えようとしていくのです。
ベンが友人たちに新しい恋人のサムを紹介するためにホームパーティを開くシーンで、白人の友人たちが黒人のサムに悪気なく、でも失礼な接し方をして、サムはあとで激怒するというシーンがあって、『片袖の魚』の帰省のシーンとそっくりだと思いました。マジョリティの集団の中にポツンとマイノリティが一人…という状況で起こりがちな悲劇。
サムの経験は、黒人のゲイであるということが(『ムーンライト』とはまた違った視点で)今でもこんなにハードなことなのだと教えてくれます。痛みがヒシヒシと伝わってきます。
ベンの抱える闇も深刻で、身につまされました。彼が時々虚ろな目で虚空を見つめる姿が、とてもリアルでした。
観終わったあとで知って、驚いたのですが、ベンのストーリーは、ベン役を演じていたマシュー・ファイファーが幼少期に実際に経験したことに基づいており、同様にサムのストーリーは、サム役のシェルダン・ブラウンの実体験に基づいているんだそうです。
二人がそれぞれに抱えるトラウマは(LGBTQに限らない)アメリカ社会の暗部を象徴するもので、彼らのように傷ついている人はたくさんいるんだと思います。
「愛こそすべて」ではありませんが、二人が出会い、互いの弱さをさらけ出しながら愛し合い、絆を深めていくことで、少しずつ前に向かって歩き始め、絶望の淵から這い上がっていく姿は、美しくも感動的です。もし二人が恋に落ちてなかったら、こうはならなかったことでしょう。その出会いの奇跡に感謝、です。
シカダ
原題:Cicada
監督:マシュー・ファイファー、キーラン・マルケア 2020|アメリカ|96分|英語 ★日本初上映
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