REVIEW
美しい少年たちのひと夏の恋と永遠の別れを描いた青春映画――『Summer of 85』
ゲイの監督、フランソワ・オゾンの最新作『Summer of 85』は、美しい少年たちのひと夏の恋と永遠の別れを描いたオゾン流「ザ・青春映画」です。26日まで『焼け石に水』もリバイバル上映されています。

ゲイの監督、フランソワ・オゾンの最新作『Summer of 85』は、美しき少年たちの人生を変えたひと夏の恋と「永遠の別れ」を描いた作品。オゾン流「ザ・青春映画」であり、あまりにもフランス的な(恋というものの本質を深く追求した)ゲイ映画です。オゾンが10代の時に出会い、「いつか長編映画を監督する日が来たら、その第1作目はこの小説だと思った」という『おれの墓で踊れ』という小説を、35年の時を経て、満を持して映画化した作品だそう。オゾンのファンならマストですし、そうでなくてもきっとハマること間違いなしの、要注目!必見!のゲイ映画です。レビューをお届けします。(後藤純一)
<あらすじ>
1985年、夏のフランス。ヨットで沖に出た16歳のアレックスは、突然の嵐に見舞われ、18歳のダヴィドに救助される。急速に惹かれ合い、恋に落ちる二人。アレックスにとっては、それが初めての恋だった。互いに深く思い合う二人は、「どちらかが先に死んだら、残された方はその墓の上で踊る」という誓いを立てる。その後、ダヴィドの不慮の事故死で、恋焦がれた日々は突然終わりを迎える。悲しみと絶望に暮れ、生きる希望を失ったアレックスを突き動かしたのは、ダヴィドとあの夜に交わした誓いだった……。
フランソワ・オゾン、ひと夏のゲイのロマンス、1980年代のヒットソング、ノスタルジックな映像、とくれば、オゾンのデビュー作『サマードレス』(シェイラが歌う『バン・バン』に合わせて金髪マッチョがドラァグクイーンのように踊るシーンが最高に素敵な、自由でユーモラスな青春の1シーンを描き出した傑作クィア短編映画)を思い出す方もいらっしゃることでしょう。期待に違わず、今作でも『サマードレス』的なシーンがあって、ニヤリとさせられました。しかし『Summer of 85』は、もっと直球のメロドラマで、少年たちのひと夏の恋を、青春を、真っ直ぐに、美しく描いています。原作ありきの作品だからということもあるのでしょうが、あのオゾンが、シニカルさや「毒」がない「ザ・青春映画」を作ったことに驚かされます。
アレックスはまだ16歳で、恋愛に対する「免疫」がない、ウブな男の子です。ちょっと小動物的なかわいらしさがある、面倒を見たくなるタイプ。そんなアレックスが、ヨットで遭難しかかった時に助けてくれたダヴィドという「オム・ファタール(運命の男)」に恋しちゃう気持ちは、すごくよくわかります。自分より体が大きくて、ちょっと大人で、ちょっと悪くて、唇がセクシーで…。初めての、本気の恋。人生を捧げる勢いでダヴィドに入れ込みます。
ところが、そんな一途なアレックスの恋は、突然、終焉を迎えます。その経緯(いきさつ)がまた本当に…詳しくは書きませんが、素晴らしくフランス的です。個人的には、今作の最も鮮烈なシーンはここだと思います。恋というものの本質、恋人たちの実存が、非常に生々しく、エモーショナルに迫ってきます。
ダヴィドというレゾンデートル(生きる意味)を喪ったアレックスは、気も狂わんばかりです。自暴自棄になり、奇矯な行動をとります。自分だってアレックスの立場だったら、同じことをしただろう、と誰もが思うことでしょう。しかし、世間的には(宗教的な感情から)許されないことをしてしまったために、アレックスは警官に捕まります。アレックスがなぜあのような行動をとったのかを理解し、なんとか処罰を免れるよう、ソーシャルワーカーや学校の先生が一生懸命手を尽くす様が、交互に描かれるのですが、未来ある若者を救おうと奮闘する大人たちの姿が、この映画のもう一つの主題です。「世の中捨てたもんじゃない」と思えます。
音楽がとても重要な意味を持つ映画です。
ザ・キュアーの「In Between Days」が冒頭、ノルマンディの陽光きらめくビーチ・タウンのシーンを彩ります。今作を象徴する曲です。キュアー以外、ありえない、と思わせます。オゾンは初め、この映画を『Summer of 84』としていたのですが、キュアーのロバート・スミスに楽曲の使用を申し出たところ、「「In Between Days」は1985年にリリースした曲なのですが、大丈夫でしょうか?」と言われ、タイトル自体を変えてしまったんだそう。
それから、クラブで踊るシーン。ロマンチックさを印象的に演出する場面で使われるのが(あまりゲイテイストではない)意外な曲なのですが、のちのちこれが生きてきます。歌詞が大事です。
80年代の風俗が実にリアルに再現されています。携帯もインターネットもない、あの時代だからこその物語なのかもしれません。
Summer of 85
原題:Ete 85
2020年/フランス/監督:フランソワ・オゾン/出演:フェリックス・ルフェーヴル、バンジャマン・ヴォワザン、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、メルヴィル・プポー、イザベル・ナンティほか
8月20日から新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamura ル・シネマほか全国で順次公開
(c)2020-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-France 2 CINÉMA–PLAYTIME PRODUCTION-SCOPE PICTURES
なお、渋谷のBunkamura ル・シネマでは、『Summer of 85』の上映を記念して、8月20日~26日の期間限定でオゾンの『焼け石に水』をリバイバル上映します。『Summer of 85』の半券があると1100円でご覧いただけます。
オゾンの初期作品である『焼け石に水』(2000年)は、『ケレル』で知られるゲイの監督、ライナー・ベルナー・ファスビンダーが若い頃に書いた未発表戯曲を映画化した作品で、「罪な色男」と、そんな男に惚れてしまった美青年や女性たちの悲喜こもごもを描いた(一部、たいへんキャンプなテイストの)クィア・メロドラマです。ベルリン国際映画祭でテディ賞(最優秀クィア映画賞)に輝いています。
『焼け石に水』はサブスクでは配信されていないので、ぜひこの機会に映画館で。Bunkamura ル・シネマは座席の間隔開け(隣に人が座らないようにする感染防止策)を実施していて、手指消毒や検温なども徹底されています。
焼け石に水
原題:Gouttes d'eau sur pierres brulantes
2000年/フランス/90分/監督:フランソワ・オゾン/出演:ベルナール・ジロドー、マリック・ジディ、リュディビーヌ・サニエ、アンナ・レビン
INDEX
- ベトナムから届いたなかなかに稀有なクィア映画『その花は夜に咲く』
- また一つ、永遠に愛されるミュージカル映画の傑作が誕生しました…『ウィキッド ふたりの魔女』
- ようやく観れます!最高に笑えて泣けるゲイのラブコメ映画『ブラザーズ・ラブ』
- 号泣必至!全人類が観るべき映画『野生の島のロズ』
- トランス女性の生きづらさを描いているにもかかわらず、幸せで優しい気持ちになれる素晴らしいドキュメンタリー映画『ウィル&ハーパー』
- 「すべての愛は気色悪い」下ネタ満載の抱腹絶倒ゲイ映画『ディックス!! ザ・ミュージカル』
- 『ボーイフレンド』のダイ(中井大)さんが出演した『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』第2話
- 安堂ホセさんの芥川賞受賞作品『DTOPIA』
- これまでにないクオリティの王道ゲイドラマ『あのときの僕らはまだ。』
- まるでゲイカップルのようだと評判と感動を呼んでいる映画『ロボット・ドリームズ』
- 多様な人たちが助け合って暮らす団地を描き、世の中捨てたもんじゃないと思えるほのぼのドラマ『団地のふたり』
- 夜の街に生きる女性たちへの讃歌であり、しっかりクィア映画でもある短編映画『Colors Under the Streetlights』
- シンディ・ローパーがなぜあんなに熱心にゲイを支援してきたかということがよくわかる胸熱ドキュメンタリー映画『シンディ・ローパー:レット・ザ・カナリア・シング』
- 映画上映会レポート:【赤色で思い出す…】Day With(out) Art 2024
- 心からの感謝を込めて――【スピンオフ】シンバシコイ物語 –少しだけその先へ−
- 劇団フライングステージ第50回公演『贋作・十二夜』@座・高円寺
- トランス男性を主演に迎え、当事者の日常や親子関係をリアルに描いた画期的な映画『息子と呼ぶ日まで』
- 最高!に素晴らしい多様性エンターテイメント映画「まつりのあとのあとのまつり『まぜこぜ一座殺人事件』」
- カンヌのクィア・パルムに輝いた名作映画『ジョイランド わたしの願い』
- 依存症の問題の深刻さをひしひしと感じさせる映画『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』
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