REVIEW
ムーミンの作者、トーベ・ヤンソンの同性愛をありのままに描いた映画『TOVE/トーベ』
トーベ・ヤンソンの恋愛遍歴がムーミンという作品にどう関わっていたかということにフォーカスし、セクシュアリティを中心に据えた、自由で、美しく、素敵な映画でした。
『TOVE/トーベ』は、あの「ムーミン」の原作者として知られるフィンランドの作家、トーベ・ヤンソンの半生を描いた映画です。彼女は第二次世界大戦中は反戦の風刺画を描き続け、フィンランドで同性愛が禁じられていた時期も同性パートナーとの関係を公にするなど、時代の先駆的な存在でした。フィンランドではスーパーヒーローで、自由の象徴でもある方です。
トーベ・ヤンソン自身の人生からインスピレーションを得て生み出されたムーミンたちの冒険は、文学、コミック、舞台劇、バレエ、アニメ(岸田今日子さんの声がよかったですよね)などに展開され、今日にいたるまで世界中の人々から愛され続けています。
そんな「ムーミン」の、あの多様で(性別を超えていたり)自由なキャラクターたちがどのように生み出されたのか、そしてどのように広まっていったのかということには、実はトーベの、異性や同性との恋愛が深くかかわっていたのでした。この映画は、トーベ・ヤンソンの奔放な恋愛遍歴やセクシュアリティをありのままに描きながら、ホモフォビアを全く感じさせません。そこが素晴らしいところです。
<あらすじ>
1944年のヘルシンキ。戦火の中でトーベ・ヤンソンは自分を慰めるようにムーミンの世界を作り、爆風で窓が吹き飛んだアトリエでの暮らしを始める。型破りな彼女の生活は、彫刻家である父の厳格な教えとは相反していたが、自分の表現と美術界の潮流との間にズレが生じていることへの葛藤、めまぐるしいパーティや恋愛を経験しながら、トーベとムーミンは共に成長していくのだった。自由を渇望するトーベは、やがて舞台演出家のヴィヴィカ・バンドラーと出会い、互いに惹かれ合っていく…。
有名な彫刻家の娘であったトーベは、芸術家らしく自由に、奔放に恋をしていきます。父親には画家としての成功を期待され、ムーミンの価値を認めてもらえず、葛藤していましたが、そんななかで男性と恋に落ち(不倫だったりしますが)、ヴィヴィカ・バンドラーという女性とも恋に落ちます。ヴィヴィカと出会って初めて、トーベは女性にも惹かれる自分を発見し、それをまっすぐに受けとめ、にわかに恋を燃え上がらせます。ヴィヴィカこそがトーベの「運命の恋人」でした。トーベはヴィヴィカのことを「華麗な龍が空から舞い降りてきて私をさらい、天へと連れて行った」と形容しています(なんと詩的な表現でしょう)
ムーミンの物語に出てくる、独特の秘密の言葉で会話するトフスランとビフスランは、トーベとヴィヴィカを投影したキャラクターでした(二人が愛の言葉を交わすなかで、ふざけてトフスランとビフスランのしゃべり方をするシーンが出てきます)
それから、ヴィヴィカの前の恋の相手である男性、アトス・ヴィルタネン(社会主義者の政治家)も素敵な人です。彼こそがスナフキンのモデルだったようです。
フィンランドの自然やヘルシンキの街並みも美しいですが、LGBT的な目線では、パリのリーヴ・ゴーシュ(今はマレ地区と言ったほうが通じるLGBTQタウン)のレズビアン・バーのシーンが印象的でした。男装の麗人みたいな方もいましたし、活気がありました。のちに生涯のパートナーとなる女性ともパリで出会っていました(なんとなく『ボヘミアン・ラプソディ』におけるジム・ハットンをイメージさせます)
『トム・オブ・フィンランド』では、戦後すぐの時代、ゲイたちがハッテン公園で逮捕されるシーンが描かれていて、同性愛が違法であることのシリアスさをヒシヒシと感じさせましたが、同じ時代に生きていたはずのトーベには、そういう悲壮感は全くありませんでした。それどころか、『TOVE/トーベ』という映画では、ただの一箇所も、ホモフォビアが描かれていませんでした。トーベの内面を反映した世界観で映画が作られていたからだと思うのですが、よく考えるとスゴいことです。(たまたま彼女は自由人として生きられたからだ、と見る方もいらっしゃるかもしれませんが)日頃から抑圧され、厳しさのなかで生きている当事者の方は、きっと勇気をもらえると思います。
トーベ・ヤンソンを演じたアルマ・ポウスティが、本人によく似ているというだけでなく、全身で感情を表現したり、さびしげな表情を見せたり、音楽に合わせてスカートを翻しながらダンスしたり、とても魅力的でした。
もっと印象的だったのは、ヴィヴィカ・バンドラーを演じたクリスタ・コソネンです。ものすごく背が高くて、凛としてて、強さも美しさも併せ持つ、なかなかいないタイプの役者さんでした。
世界的に有名な人物のセクシュアリティの真実を隠さず描いた同性愛讃歌的な作品であり、とても素敵な、幸せな気持ちになれる映画でした。
TOVE/トーベ
2020年/フィンランド・スウェーデン/103分/監督:ザイダ・バリルート/出演:アルマ・ポウスティ、クリスタ・コソネン、シャンティ・ロニー、ヨアンナ・ハールッティ、ロバート・エンケル
10月1日(金)〜新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
(c)2020 Helsinki-filmi, all rights reserved
INDEX
- 獄中という極限状況でのゲイの純愛を描いた映画『大いなる自由』(レインボー・リール東京2022)
- トランスジェンダーの歴史とその語られ方について再考を迫るドキュメンタリー映画『アグネスを語ること』(レインボー・リール東京2022)
- 「第三の性」「文化の盗用」そして…1秒たりとも目が離せない映画『フィンランディア』(レインボー・リール東京2022)
- バンドやってる男子高校生たちの胸キュン青春ドラマ『サブライム 初恋の歌』(レインボー・リール東京2022)
- 雄大な自然を背景に、世界と人間、生と死を繊細に描いた『遠地』(レインボー・リール東京2022)
- 父娘の葛藤を描きながらも後味さわやかな、美しくもドラマチックなロードムービー『海に向かうローラ』
- 「絶対に同性愛者と言われへん」時代を孤独に生きてきた大阪・西成の長谷さんの人生を追った感動のドキュメンタリー「93歳のゲイ~厳しい時代を生き抜いて~」
- アジア系ゲイが主役の素晴らしくゲイテイストなラブコメ映画『ファイアー・アイランド』
- ミュージシャンとしてもゲイとしても偉大だったジョージ・マイケルが生前最後に手がけたドキュメンタリー映画『ジョージ・マイケル:フリーダム <アンカット完全版>』
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- LGBTQの高校生のリアリティや喜びを描いた記念碑的な名作ドラマ『HEARTSTOPPER ハートストッパー』
- LGBTQユースの実体験をもとに野原くろさんが描き下した胸キュン青春漫画とリアルなエッセイ『トビタテ!LGBTQ+ 6人のハイスクール・ストーリー』
- 台湾での同性婚実現への道のりを詳細に総覧し、日本でも必ず実現できるはずと確信させてくれる唯一無二の名著『台湾同性婚法の誕生: アジアLGBTQ+燈台への歴程』
- 地下鉄で捨てられていた赤ちゃんを見つけ、家族として迎え入れることを決意したゲイカップルの実話を描いた絵本『ぼくらのサブウェイベイビー』
- 永易さんがLGBTQの様々なトピックを網羅的に綴った事典的な本『「LGBT」ヒストリー そうだったのか、現代日本の性的マイノリティー』
- Netflixで今月いっぱい観ることができる貴重なインドのゲイ映画:週末の数日間を描いたロマンチックな恋愛映画『ラ(ブ)』
- トランスジェンダーのリアルを描いた舞台『イッショウガイ』の記録映像が期間限定公開
- 宮沢賢治の保阪嘉内への思いをテーマにしたパフォーマンス公演「OM-2×柴田恵美×bug-depayse『椅子に座る』-Mの心象スケッチ-」
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