REVIEW
ショーや遊興の旅一座として暮らすクィアの生き様を描ききったベトナム映画『フウン姉さんの最後の旅路』
ベトナムの地方の村々を回って歌やショーやビンゴなどで楽しませる旅一座として暮らすクィアの人々の生き様を、生き生きとリアルに描ききったドキュメンタリー映画です。まるで昭和の日本のよう…既視感がすごいです。今でもトランス女性がこういう生活を余儀なくされていることの切実さ…。身につまされます。
トランスジェンダーやゲイのメンバーが歌やダンスで楽しませる旅の一座の姿を写したベトナムの長編ドキュメンタリー映画で、本国では3万人を動員し、長編ドキュメンタリー映画として国内で初めて興行的にも成功したという作品です。
Slant Magazineは「満点!幻想的な映画でありながら登場人物たちの人間としての姿を見失うことなく、彼らのちょっとした動きや身振りも丁寧な映像でとらえ、思いまで届けてくれる」と評しています。
ベトナムでクィアフェスティバルを開催する「Queer Forever!」にも携わるアーティスト&キュレーター、グエン・クオック・タインさんがノーマルスクリーンに紹介してくださって配信が実現したそう。2017年に上映会も開催されたことがあるそうです。
<あらすじ>
ベトナム南部と中部の小さな町や村のお祭りを巡業し、時に虐げられながらも逞しく生きる人々がいた。トランスジェンダーの人々やゲイの仲間が中心になり、歌やダンスやビンゴで盛り上げる。「死ぬことより老いの方が怖い」と笑うフウン姉さんが率いるその一座を当時20代の監督がカメラひとつで粘り強く、そして丁寧に見つめた1年の記録。
クィア(主にトランス女性)の人たちが見世物小屋やサーカスのように国中を旅して回り、村の広場にテントを建て、歌やショーを見せたり、ビンゴをやったりして村人たちを楽しませるという暮らしをしている、その既視感の凄さ…まるで昭和の日本でしたし、自分ももしかしたらこういう人生を送っていたかもしれない(自分の"オカマ"人生の原点はこうだった)と思い、忘れそうになっていたものを掘り起こされた気がしました。時に涙を禁じえませんでした…。
キレイに着飾って歌ったりショーをしながら地方のドサ回りをする旅芸人一座の人生は、いつも仲間がいて寂しくないし、それはそれで楽しいかもしれないとも思うのですが(実際、20代の頃は、ショーを生業にしようかと思ったりもしていたので)、現実は決して甘くない…そういうふうに「しか」生きていくことが許されない状況というのはつらいものがあります。田舎の村の人たちは(日本だとモデルとかタレントになれそうなレベルの)トランス女性に対して「兄ちゃん」とわざと言ったり、体の関係をしつこく迫ったり、ずいぶんガサツな対応ですが、ショーガールたちは(たぶん傷ついてると思うのですが)慣れた様子であしらい、やり過ごしています。一歩広場を出ると危険がいっぱいで、時には村人との緊張関係も…(「短期も大概にしなさい」とフウン姉さんが諌めます。経験豊かな座長としてみんなを指導しています)
フウン姉さんが「おかまを雇ってくれる人なんて誰もいない」「役人の奴らはおかまなんか相手にしない」と語る場面がありましたが、本当に生きづらいんだな…と思い知り、身につまされました。
10月にやっていたトランスジェンダー映画祭の『メジャーさん!』という映画で、アメリカのトランスジェンダーの人たちの短命さ(映画に出ていた多くの方たちが公開時には亡くなっていた)にショックを受けましたが、ベトナムでもそうで、本当に胸が痛みました。
アジアンクィア映画祭が開催されていた頃から、エモーショナルなアジア作品にハマり、号泣したり、激しく感情を揺さぶられてきた私ですが、この『ベトナムのフウン姉さんの最後の旅路』にもガツンとヤラれました。『日常対話』もそうでしたが、自分自身の子どもの頃の原風景的な記憶…アジア的、土着的な感覚を呼び起こすような、ある種の琴線に触れるような作品でした。
ベトナムといえば、2012年に初のパレードが開催、政府が同性婚も検討というニュースがあり、2013年には結婚・家族法から同性婚の禁止条項が削除されることになり(この時点では、シビルユニオンのように同性カップルの権利が認められるようになると見られていましたが、結局、2015年の法改正で、同性結婚式を挙げても罰せられない、法的な権利保障はない、という日本と同じ状態になったそうです。同年、トランスジェンダーの法的性別変更が認められました)、東南アジア諸国のなかではかなりLGBTQに対する理解があり、法整備も進んでいるというイメージがありました。しかし、この映画で伝えられるクィアの人々の現実(遠い昔の話ではなく、2010年代の記録です)は、そのイメージを打ち砕くに十分でした…。
フウン姉さんの最後の旅路
2014年/ベトナム/87分/日本語字幕/監督:グエン・ティ・タム
2021年11月15日〜12月26日にノーマルスクリーンで配信。詳細はこちら
(C)Nguyễn Thị Thấm
もう一作、ベトナムのゲイを描いた『In Bloom ビン君の花園』という短編映画が、ノーマルスクリーンで公開されています。
ビンは家業の花農園を継いで、花を育てて暮らしているゲイで、スマホやPCを所有し、Facebookをやったり、ネットで知り合ったかわいい彼氏もいて、フウン姉さんたちに比べると、安定した暮らしをしています。しかし、彼が通うカトリック教会は、同性愛を罪と見なし、同性愛者に恐ろしい罰を下すため、ビンは恐怖に苛まれているのでした…。
ラストシーンが、聳え立つ教会とビンの不安が幻想的に表現されていて、ちょっとスゴいです。
短編ながら、見応えのある作品でした。
In Bloom ビン君の花園
2019年/ベトナム/12分/日本語字幕/監督:グエン・ズイ・アイン
11月28日までノーマルスクリーンで配信。詳細はこちら
INDEX
- 『ボーイフレンド』のダイ(中井大)さんが出演した『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』第2話
- これまでにないクオリティの王道ゲイドラマ『あのときの僕らはまだ。』
- まるでゲイカップルのようだと評判と感動を呼んでいる映画『ロボット・ドリームズ』
- 多様な人たちが助け合って暮らす団地を描き、世の中捨てたもんじゃないと思えるほのぼのドラマ『団地のふたり』
- 夜の街に生きる女性たちへの讃歌であり、しっかりクィア映画でもある短編映画『Colors Under the Streetlights』
- シンディ・ローパーがなぜあんなに熱心にゲイを支援してきたかということがよくわかる胸熱ドキュメンタリー映画『シンディ・ローパー:レット・ザ・カナリア・シング』
- 映画上映会レポート:【赤色で思い出す…】Day With(out) Art 2024
- 心からの感謝を込めて――【スピンオフ】シンバシコイ物語 –少しだけその先へ−
- 劇団フライングステージ第50回公演『贋作・十二夜』@座・高円寺
- トランス男性を主演に迎え、当事者の日常や親子関係をリアルに描いた画期的な映画『息子と呼ぶ日まで』
- 最高!に素晴らしい多様性エンターテイメント映画「まつりのあとのあとのまつり『まぜこぜ一座殺人事件』」
- カンヌのクィア・パルムに輝いた名作映画『ジョイランド わたしの願い』
- 依存症の問題の深刻さをひしひしと感じさせる映画『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』
- アート展レポート:ジルとジョナ
- 一人のゲイの「虎語り」――性的マイノリティの視点から振り返る『虎に翼』
- アート展レポート:西瓜姉妹@六本木アートナイト
- ラベンダー狩りからエイズ禍まで…激動の時代の中で愛し合ったゲイたちを描いたドラマ『フェロー・トラベラーズ』
- 女性やクィアのために戦い、極悪人に正義の鉄槌を下すヒーローに快哉を叫びたくなる映画『モンキーマン』
- アート展レポート「MASURAO GIGA -益荒男戯画展-」
- アート展レポート:THE ART OF OSO ORO -A GALLERY SHOW CELEBRATING 15 YEARS OF GLOBAL BEAR ART
SCHEDULE
- 01.18令和のぺ祭 -順平 BIRTHDAY PARTY-
- 01.18GLOBAL KISS