REVIEW
消防士として働く白人青年と黒人青年のラブ・ストーリーをミュージカル仕立てで描いたゲイ映画『鬼火』(TIFF2022)
東京国際映画祭で上映されたジョアン・ペドロ・ロドリゲスの最新作。消防士として働く白人青年と黒人青年のラブ・ストーリーをミュージカル仕立てで描いた素晴らしいゲイ映画でした。もっともっとこういう映画が観たいです。
2016年の東京国際映画祭でも『鳥類学者』という作品が上映されているポルトガルのゲイの監督、ジョアン・ペドロ・ロドリゲスの最新作です。
ストーリーはシンプルですが、非常に多層的に作られた映画で、特にミュージカル仕立てのシーンは本当によいです。エンタメ感もありながら、感動的でもあり、寓話的でもあり、世界中の人が直面する最も重要な社会的課題についても訴えたりしている、それでいてしっかりとゲイ映画でもあります。素晴らしかったです。
<あらすじ>
ポルトガルの皇太子であるアルフレッドは、気候変動で山火事が相次ぐなか、父が自慢していた王家の松林を守るため、消防士になる決意をする。アルフレッドは消防署の教育係である黒人の青年・アフォンソと行動を共にするうちに、互いに惹かれあっていく。しかし、コロナで父親である王が急死し――
個人的には本当に好きな映画で、もっともっとこういう映画が観たい!と強く思いました。
ミュージカルのシーンは、たぶんわざとだと思いますが、思わずクスッと笑ってしまうテイストになっています。拍手モノです。
もう一点、強調したいのは、これがアルフレッドとアフォンソという2人の青年の、実に壮大な恋物語であり、本当にセクシーなゲイ映画だということです。同性愛というだけでなく、人種や身分の違いを超えた恋だったというところも素敵です(ゲイ版の『ローマの休日』かもしれません)。アルフレッドはいかにも皇太子然とした青年ですが(どことなくイエス・キリストを思わせる見た目でもあります)、アフォンソと出会うことで、消防士らしい(ホモソーシャルな男たちの)言葉を口にするようになります。セックスしながら(活動家が卒倒しそうな)侮蔑語を言い合うシーンは、一言では言い表せない、深くて複雑な何かを感じさせました。
同性愛に対する侮蔑的な視線が皆無であるのは、この監督自身がゲイだからでしょう。安心して観ることができます(アルフレッドとアフォンソ以外にも、男性どうし、女性どうしのペアでダンスするシーンなども当たり前のように描かれていて、気持ちいいです)
最もセクシーなシーンでオペラのアリアが使われていたり(たぶんモーツァルトの『魔笛』)、音楽の使い方もひねりがあってよかったです。
消防士たちが古典絵画のマネをして裸でポーズをとるシーンがたまらなくよかったです。ドーパミン出ました(ふざけてやってるアホなシーンなのに、実は後々の展開の伏線に…)
『鳥類学者』はどちらかと言うと前衛的・芸術的な印象の作品でしたが、今回は全体としてゲイテイスト(キャンプといいますか)。それでいてシネアスト(映画批評家や熱烈な映画愛好家)の鑑賞に耐える映画的な映画でした。
東京国際映画祭では、あと11月1日の上映を残すのみなのですが、監督のトークがあるせいか、すでにチケットが売り切れに…。いつかまた上映の機会が訪れることを強く願います。
鬼火
原題:Fogo-Fátuo、英題:Will-o'-the-Wisp
2022年/ポルトガル・フランス/67分/監督:ジョアン・ペドロ・ロドリゲス/出演:マウロ・コスタ、アンドレ・カブラル、ジョエル・ブランコ
INDEX
- トランスジェンダーの歴史とその語られ方について再考を迫るドキュメンタリー映画『アグネスを語ること』(レインボー・リール東京2022)
- 「第三の性」「文化の盗用」そして…1秒たりとも目が離せない映画『フィンランディア』(レインボー・リール東京2022)
- バンドやってる男子高校生たちの胸キュン青春ドラマ『サブライム 初恋の歌』(レインボー・リール東京2022)
- 雄大な自然を背景に、世界と人間、生と死を繊細に描いた『遠地』(レインボー・リール東京2022)
- 父娘の葛藤を描きながらも後味さわやかな、美しくもドラマチックなロードムービー『海に向かうローラ』
- 「絶対に同性愛者と言われへん」時代を孤独に生きてきた大阪・西成の長谷さんの人生を追った感動のドキュメンタリー「93歳のゲイ~厳しい時代を生き抜いて~」
- アジア系ゲイが主役の素晴らしくゲイテイストなラブコメ映画『ファイアー・アイランド』
- ミュージシャンとしてもゲイとしても偉大だったジョージ・マイケルが生前最後に手がけたドキュメンタリー映画『ジョージ・マイケル:フリーダム <アンカット完全版>』
- プライド月間にふさわしい名作! 笑いあり感動ありのドラァグクイーン演劇『リプシンカ』
- ゲイクラブのシーンでまさかの号泣…ゲイのアフガニスタン難民を描いた映画『FLEE フリー』
- 男二人のロマンス“未満”を美味しく描いた田亀さんの読切グルメ漫画『魚と水』
- LGBTQの高校生のリアリティや喜びを描いた記念碑的な名作ドラマ『HEARTSTOPPER ハートストッパー』
- LGBTQユースの実体験をもとに野原くろさんが描き下した胸キュン青春漫画とリアルなエッセイ『トビタテ!LGBTQ+ 6人のハイスクール・ストーリー』
- 台湾での同性婚実現への道のりを詳細に総覧し、日本でも必ず実現できるはずと確信させてくれる唯一無二の名著『台湾同性婚法の誕生: アジアLGBTQ+燈台への歴程』
- 地下鉄で捨てられていた赤ちゃんを見つけ、家族として迎え入れることを決意したゲイカップルの実話を描いた絵本『ぼくらのサブウェイベイビー』
- 永易さんがLGBTQの様々なトピックを網羅的に綴った事典的な本『「LGBT」ヒストリー そうだったのか、現代日本の性的マイノリティー』
- Netflixで今月いっぱい観ることができる貴重なインドのゲイ映画:週末の数日間を描いたロマンチックな恋愛映画『ラ(ブ)』
- トランスジェンダーのリアルを描いた舞台『イッショウガイ』の記録映像が期間限定公開
- 宮沢賢治の保阪嘉内への思いをテーマにしたパフォーマンス公演「OM-2×柴田恵美×bug-depayse『椅子に座る』-Mの心象スケッチ-」
- 絶望の淵に立たされた同性愛者たちを何とか救おうと奮闘する支援者たちの姿に胸が熱くなる映画『チェチェンへようこそ ―ゲイの粛清―』
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