REVIEW
40歳のゲイの方が養護施設で育った複雑な生い立ちの20歳の男の子を養子に迎え入れ、新しい家族としての生活を始める姿をとらえたドキュメンタリー映画『二十歳の息子』
養護施設の子どもたちの自立支援団体で働く40歳のゲイの方が、複雑な生い立ちの20歳の男の子を養子に迎え入れ、新しい家族としての生活を始める姿をとらえたドキュメンタリー映画です。かたときも目が離せず、気づきや学びの多い、強い印象を残す作品です。
児童養護施設の子どもたちの自立支援団体で働くゲイの網谷勇気さんは、高2からこの団体のプログラムを利用していた渉(わたる)さんと知り合い、高校卒業後も関係を続けていましたが、渉さんが20歳になった頃、事件を起こし、拘置所に入れられてしまったことをきっかけに、養子縁組することを提案します。そんな二人の新しい家族としての生活の姿を映し出したドキュメンタリー映画です。
監督は、ゼロ年代に生きる若者の夢と挫折を描いたデビュー作『ドコニモイケナイ』(12)で第53回日本映画監督協会新人賞を受賞し、2作目の『春を告げる町』(19)では、福島県広野町を舞台に震災の復興とは何かを問いかけた島田隆一さん。新たに始まった共同生活を1年にわたり記録した島田監督は、そこに生じるぎこちなさや軋轢、そして静かな心の交流を描き出します。
「それぞれに普通の家庭や人生を選択してこなかった/できなかった歳の離れた2人の男性がゼロから新たな関係性を作る。それは2人の「生きなおし」の旅でもある。いわゆる普通の家族や親子の枠を超えて、人が人とどう繋がりをもつことができるのか。そんな困難な問いを、本作はしなやかに捉える」(公式サイトより)
<あらすじ>
児童養護施設等の子どもたちの自立支援団体で働く網谷勇気(40)。自身がゲイである彼は、様々なマイノリティのための団体を立ち上げ、講演会なども行なっていた。ある日、彼は小さなアパートに引っ越し、一人の青年・渉(20)を迎え入れる。渉は、勇気がこれまで支援してきた子どもたちのうちの一人であったが、あるとき、事件を起こし拘置所に入れられてしまう。身の置き場を失った渉に対し、勇気は養子縁組をすることで、自らが父親となって共に暮らすことを申し出たのであった。幼少期より児童養護施設に預けられ、両親の顔も知らずに育った渉と、それまで家族をつくることを想定していなかった勇気。照れ臭さと緊張をにじませながら、二人の新たな共同生活が始まった。複雑な生い立ちを抱え、多感な年頃である渉との関わり方に勇気が戸惑うなか、生まれて初めて帰るべき家を手に入れた渉は、アルバイト生活を送りながら自身の夢へと動きだしたのだが…。
ドキュメンタリーって(当たり前ですが)ドラマじゃないので、ストーリーやなんかが決まっているわけではなく、したがって、どうしても最後まで飽きさせずに観せるのが難しく、どこか退屈だったり、ダレてしまうような部分が出てきてしまうと思うんですけど、この映画はそうではありませんでした。すごいテンション(緊張感)が持続してて、目が離せないのです。それは、養親になろうと決めたゲイの網谷さんと、養子になった複雑な生い立ちの渉さんの二人ともが、ものすごく強いオーラを発している稀有な人間であり、多くの人とは異なるバックグラウンドやライフヒストリーを持ち、果たして何を考えているのか、何を言うのか、その一挙手一投足につい、注目して観てしまうのです。
大事件がサラッと、なにげない語りのなかで伝えられ、ビックリさせられます。淡々としているのに、スゴいインパクト。だからこそ、目と耳を研ぎ澄ませて観ざるをえないのです。ほのぼのしたシーンにも「何か意味があるのでは?」と思ってしまったり、「このあとどういう展開になるのか全くわからないぞ」と身構えてしまったり。
あまり前情報を入れずに観たのですが、網谷さんと聞いて、ああ、あの『ニューズウィーク』の表紙を飾った方だ、と気づきました。2006年、「ゲイ」の文字がデカデカと載った『ニューズウィーク』がコンビニに並んだことは、ゲイコミュニティでも話題になったと思います。そのときはいかにも爽やかで若々しく写っていたゲイの青年が、今は「ブリッジフォースマイル」という児童養護施設等の子どもたちの自立支援団体で働き、複雑な生い立ちの男の子を養子に迎えようとしている…なんとスゴい方だろう、と思いました。
実際に網谷さんにお会いしたことはないのですが、今回の映画を観て、実に立派な「大人」だと感じ入り、その「思慮深さ」や人としての「強さ」には、尊敬を超えて、畏敬の念を抱きました。自分なんかとは「雲泥の差」で、「魂のレベルが違う」と恐れ入るような気持ちにさせられました。
そういう網谷さんのご家族も、「この家で育ったからこそなんだなぁ」と思わせる、しっかりした、力強く、でも家族愛にあふれている、実に素晴らしいご家族でした。何というか、みなさん目力がすごく強い、自信にあふれた方たちなのです。一方、お父さんが渉さんとベランダでタバコを吸っているときに、渉さんに「(息子さんが)ゲイであることも受け容れてすごいですね」と言われ、不意に頬を涙がツーっとつたうシーンもあり、(言葉がなかっただけに)いろんな葛藤があったのだろうなぁ…と想像させられました。
網谷さんはゲイで、思春期の頃には死をも考えていたといいます(しかし、カミングアウトし、ご両親が受け容れてくれたおかげで、死なずにすみました)。今は、お正月ともなると、ご両親が住まう実家に、妹さんやその旦那さんやお子さんたちも集まって、にぎやかに過ごすような家庭です。他方、渉さんはストレートで、イケメンで、芸能界で活躍できるような方ですが、0歳の時から親がおらず、いろんな施設を転々とし、グレた時期もあり、非常に複雑な生い立ちです。種類は異なれど、お二人ともマイノリティとしてヘビーな人生を歩んできたのです。
渉さんのような境遇の子どもたちのことをあまりよく知らず(もしかしたら芦田愛菜さんの『明日、ママがいない』のイメージかもしれませんね)、心のどこかできっと、偏見や先入観、ステレオタイプと言われるようなイメージを持っている方も多いのではないかと思います。しかし、渉さんはそういうイメージを鮮やかに裏切ります。人当たりのよい、礼儀正しい、爽やかな好青年です。たぶんゲイに対して偏見や先入観、ステレオタイプなイメージを抱いている世間の人たちが実際にゲイの人に会ったら、人当たりのよい、礼儀正しい、爽やかな好青年だなと、「なんだふつうじゃん」って感じると思うんですね。ゲイである僕らも全く同じような「気づき」「学び直し」をこの映画で体験すると思うんです。そのことによって、LGBTQだけがマイノリティじゃないし、「誰もがマイノリティでありマジョリティでもある」「当事者でも非当事者でもありうる」ということを強く実感するのではないかと思います。
もう一点、強く印象に残ったシーンをご紹介します。
網谷さんは(映画では名前が出ていないのですが)バブリングというNPOも運営しています。そこにはたくさんの性的マイノリティの方たちも参加しているのですが、そのNPOの「イチゼロイチイチ」というイベントのためのミーティングのシーンで交わされている議論には、ハッとさせられ、鋭い問いを突きつけられました。スゴい方だと思いました。
網谷さんはプレスリリースに掲載されたインタビューの最後に、こう語っています。
「私はこの映画を通して言いたいことは特にないのですが、強いて言えば、良い人だとは思われたくないです。児童養護施設を出た若者を支えるとういう希望のある話なんかではなく、やっぱり別々の他者が新しい関係を作っていく中で、既存の名前のある関係とか様々なことと折り合いをつけてどう生きていくか。その難しさは養子縁組をしてからの4年間で実感としてあります。それはもちろん背景として、彼が過去に追った傷、それに伴うストレスとかは関係していると思うのですが、誰かが誰かに支援したり、援助したりするという話ではなく、対等なひとりの人間と人間の「関係の作り直し」が、私としてはテーマではないかと思っています」
この映画から何を受け取り、どう考えるかというのは、実は人それぞれで、多様なのではないかとも思います。ゲイの人が出ているから、でもよいですし、出てる人がイケる、でもよいですし、きっかけは自由ですので、ぜひご覧になってみてください。
二十歳の息子
2022年/日本/86分/監督:島田隆一
2月11日(土)よりポレポレ東中野にて上映、以降全国順次公開
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