REVIEW
ゲイである父、娘たち、元彼の人間模様を描き、人間の「尊厳」や「愛」を問う映画『すべてうまくいきますように』
フランソワ・オゾンの新作は尊厳死をテーマとした映画で、脳卒中で倒れ、死を望むゲイのパパの願いを叶えようとする娘の気苦労が描かれています。そこにパパの元彼が現れ、娘はストレスMAXに…
現代フランス映画界の巨匠であり、フランスを代表するゲイの映画監督であるフランソワ・オゾンの新作は、『スイミング・プール』の脚本家、エマニュエル・ベルンエイムの自伝的小説に基づき、安楽死を望む父親に翻弄される娘たちのドタバタを描いた(コメディタッチの)ヒューマンドラマです。
ゲイではあるものの、女性と結婚して娘二人をもうけた父アンドレと、常に不仲な両親を見て育った姉妹。特に姉のエマニュエルは、幼い頃から辛辣な父の言葉を浴びて辟易している一方、心の底では父を愛しています。そんな愛する父が脳卒中で倒れて以来、(フランスでは違法とされる)尊厳死を自ら望むようになったため、娘たちは困惑し、葛藤しながらも、父の望みを叶える方法を模索するという作品です。
主演はあのソフィ・マルソーです。実は『8人の女たち』のときにソフィ・マルソーに出演をオファーしていたものの、断られていて、今回、ようやくオゾンの夢が叶ったんだそう。そして、パパ・アンドレとは不仲な気難しい母親の役を、オゾンやアンドリュー・ヘイも主役に起用してきた名優シャーロット・ランプリングが演じているのも見どころです。それから、ファスビンダー映画のミューズ、ハンナ・シグラ(『マリア・ブラウンの結婚』『ベルリン・アレクサンダー広場』)がスイスの尊厳死団体の人を演じていて、たいへん独特な存在感を放っています。
<あらすじ>
ユーモアと好奇心にあふれ、生きることを愛してきた85歳の男性アンドレ。脳卒中で倒れ身体の自由がきかなくなった彼は、その現実を受け入れられず安楽死を望むように。人生を終わらせるのを手伝ってほしいと頼まれた娘エマニュエルは、父の気が変わることを願いながらも、合法的な安楽死を支援するスイスの協会に連絡する。父はリハビリによって徐々に回復し、生きる喜びを取り戻したように見えたが……。
全体としては尊厳死というテーマがメインですが、脳卒中で思うように体が動かなくなり、もう「終わりにしたい」と尊厳死を望む父親よりも、その父親に振り回されながらも、そのわがままを辛抱強く聞き、健気に願いを叶えようと奔走するエマニュエルの心情や気苦労にフォーカスした作品です。彼女に感情移入して泣いている女性もいました。
父親のアンドレは、美術商を営み、自由に生きてきた人で、ゲイらしく、軽口を叩いたり毒舌を吐いたりする(ビッチな)キャラクターですが、倒れたあともちゃんと娘の誕生日を憶えていたりして、娘や孫たちを愛してきた様子が窺えます(贔屓とかはありますけども)。エマニュエルもそんなパパを愛していて、だからこそ、東奔西走し、パパの望みを叶えてあげるのです(ちなみに邦題の「すべてうまくいきますように」は誤訳で、本当は「すべてうまくいった」という意味。エマニュエルが様々なハードルを乗り越えてやりおおせたという感慨がタイトルになっているのです)
ゲイ的に興味深かったのは、ジェラールというパパの元彼(愛人)です。パパ・アンドレは割と王道のイケメンが好きなのですが(レストランのティエリーに会いたい、とか、救急車の男の子たちがかわいいとか、包み隠さず娘たちに言ってしまうので、男の趣味が容易にわかります)、ジェラールは全然そうではない太ったおじさんで、たぶんジェラールがアンドレにゾッコンだったのです。しかし、つきあってる間にケンカして(おおかたアンドレの口の悪さに腹を立てたのでしょう)ジェラールはアンドレにひざ蹴りを食らわせ、ケガをさせてしまい、それで別れるはめになったようです。娘たちにとってはジェラールはパパをケガさせた人であり、イライラさせる「クソ野郎」。美しく健全なファミリーの中に闖入したノイズであり、厄介者です。愛人としてパパの財産の一部を狙っているフシもあり、断固としてシャットアウトしようとします(別に「犬神家の一族」のように遺産をめぐって娘たちがドロドロの争いを繰り広げたりはしませんし、遺産はこの映画のテーマではありません。ただ、パパの最後の恋人に腕時計くらい「形見分け」であげてもいいじゃないかって思うんですけどね。法的な相続権はないわけですから)
この映画はエマニュエル・ベルンエイムの自伝的な小説に基づいているので、おそらく、すべては事実なのですが、ゲイであるオゾンは、娘たちが憎悪するジェラールを、ただの悪者にはしませんでした。
パパも初めは「会うのが怖い」「来ないでくれ」と言っていたのですが、結局は、ジェラールの情熱にほだされます(恋ってそういうものですよね)。娘たちの目を盗んで病室に来たジェラールがアンドレに寄り添う姿は愛おしいですし、「死なないでほしい」と願う言葉には真実味があります(正直、この映画で唯一、涙が出そうになったシーンでした)
エマニュエルは自分の目線でパパの世話がどんなに大変だったか、自分がいかに見事にミッションを達成したかということを武勇伝のように書いたと思うのですが、オゾンはアンドレと同族のちょっと毒気のあるゲイなので、アンドレとジェラールの恋や二人の気持ちが手に取るようにわかったでしょうし、(犯罪すれすれの安楽死プロジェクトを遂行する親族と対照的に見せることで)本当にアンドレのことを思い、愛していたのはジェラールだったんじゃないの?と、チクリと言ってるんじゃないかと想像します。
別にアンドレもジェラールもゲイとして美化するつもりは毛頭なくて、イヤな部分もあけすけに描いてるわけですが、それでも二人の恋は本物だったし、決して見た目が美しいわけではないおっさんどうしの恋だからといって、誰もそれをジャッジできないよね?と、釘を刺しているかのようです。
よく考えると(尊厳死云々は置いといて)妻も子もいる旧世代のゲイの方が、もうすぐ亡くなろうとするときに、彼氏や元彼が現れ、会わせてくれと言う、それを親族が嫌がる、というシチェーションは、日本でもありえるでしょうし、今までもあったと思います。「愛人」が異性じゃなく同性だったとき、親族はどう見るのか、どう扱うのか、といったことを考えるきっかけになりました。
再び尊厳死の話に戻りますが、150万もの大金を払って尊厳死できる人というのは、よほどのお金持ちだし、こんな惨めな姿になってまで生きていたくない!と心から思う裕福な人がゲイであるというのは、リアルだと感じました。
ちなみにアンドレがいちばん好きな音楽はブラームスのピアノソナタで、映画の全編を通じてシューベルトやベートーベンのピアノ曲や室内楽曲などが使われています(フランスのお金持ちですから、当然聴くのはクラシックですよね)。母親が彫刻家なので、美術展や作品制作の場面も出てきます。エマニュエルのダンナのセルジュは映画関係の仕事をしていて、アンドレとルイス・ブニュエルの『忘れられた人々』がどうのこうのという話をしたり。そういうところも楽しめる作品です。
すべてうまくいきますように
原題:Tout s'est bien passe
2021年/フランス/113分/G/監督:フランソワ・オゾン/出演:ソフィー・マルソー、アンドレ・デュソリエ、ジェラルディン・ペラス、シャーロット・ランプリング、エリック・カラバカ、ハンナ・シグラほか
INDEX
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