REVIEW
ゲイカップルが世界の運命を決める――M.ナイト・シャマランの最新作『ノック 終末の訪問者』
ゲイカップルと娘(養女)のファミリーがのんびり休暇を楽しんでいるところに突然、屈強な男や武器を持った人たちが現れ、拘束し、無茶な要求を突きつける…という映画です。ちゃんと当事者の俳優が演じていたり、ゲイファミリーの描かれ方がリアルでよかったです。
『シックス・センス』『サイン』のM.ナイト・シャマラン監督の最新作で、全米興行ランキングで初登場1位を獲得した話題作です。ポール・トレンブレイの小説「THE CABIN AT THE END OF THE WORLD」を原作としたスリラー映画です。
アンドリュー役を『ノーマル・ハート』『glee/グリー』『Looking/ルッキング』のジョナサン・グロフが、エリック役をドラマ『Fleabag フリーバッグ』のベン・オルドリッジが演じています。どちらもゲイの俳優です。
キホン、怖い映画はあまり得意ではないのですが、シャマラン作品はなぜか惹かれるものがあり、『シックス・センス』も『サイン』も観ています。今回はゲイカップルが描かれているということもあり、観てみました。
<あらすじ>
エリックとアンドリュー、そして養女のウェンの家族が山小屋で穏やかな休日を過ごしていると、突然、見知らぬ男女4人が訪れ、家族はわけもわからぬまま囚われの身となってしまう。そして謎の男女たちは彼らに「いつの世も選ばれた家族が決断を迫られた」「家族のうちの誰か一人が犠牲になることで世界の終わりを止めることができる」「拒絶することもできるが、君たちは荒廃した世界を彷徨うことになる」と告げ、選択を迫る。テレビでは世界各国で起こり始めた甚大な災害が報じられるが、エリックもアンドリューも訪問者の言うことをにわかに信じることができない……。
そんな理不尽な選択ってある?と、しかも突然だよ?と憤慨しつつ、自分だったらどうするだろう…と考えてしまいました。「黙示録の四騎士」という言葉が出てきて、そうか、これはキリスト教の「黙示(アポカリプス)」の話なんだなとわかりました。
『クリスチャントゥデイ』の「日本人には「難解」なキリスト教映画「ノック 終末の訪問者」」という記事でキリスト教の視点から詳しく解説されているように、これは聖書の「終末論」に沿った作品なのでした。
ポイントは、「世界の終わり」を防ぐ「究極の選択」の選択権を与えられたのがゲイカップルだったということです。
別に父(夫)+母(妻)+子という典型的な家族でも通用するけどたまたまゲイカップルだっただけ、とか、ゲイカップルにすることで映画としての新鮮なインパクトが期待される、とかではなく(今この時代だからこそニュートラルにゲイファミリーを描けるということはあるにしても)、ゲイのファミリーだからこそ、このストーリーがより活きるし、必然性があると感じました。
もしこれが異性婚夫婦の家族だったら、家父長的な父の「Toxic masculinity(有害な男らしさ)」によって(狂った独裁者が核兵器のボタンを押すようなかたちで)世界が終わるか、妻子を守るために父が自己犠牲的な行動をとるヒーローになるという、いずれにしても「父」が物語の中心になる可能性が高いと思うのですが、ゲイカップルはそうではありません。どちらも夫でありパパですから、いろんな可能性が開けています。
世界を救うという偉大で崇高な役目をゲイに与えるということ自体も、スゴいことです。たぶん数十年前だったら非難を浴びていたのではないでしょうか。
エリックとアンドリューが出会い、デートし、養子を迎え、という愛の姿が回想シーンで描かれますが、ゲイカップルも異性愛カップルと何も変わらない、それは紛れもなく愛であるということが強調されていると感じました。同時に、ゲイが直面するホモフォビアという現実もリアルに描かれていました。そこには、米国の(宗教右派の人たちなど)ホモフォビックな観客にもゲイの家族が自分たちの家族となんら変わらず愛の生活を送っているだけだなのだと理解を促し、共感を喚び起こそうとする気持ちがうかがえます。
米国人口の決して少なくない割合を占める福音派などキリスト教原理主義の人たちは、ゲイが救世主になるなどということは考えられない、許せないと感じるでしょうから、作者はあえてそれをやったのであり、そこにこの現代の黙示録の社会的な意義があるのだと思います(なお、原作が書かれたのは2018年です)
そして、これはもしかしてゲイの観客のために作られた映画なのでは?と勘違いするくらい、強烈なインパクトをもたらすのは、4人のうち最初に現れ、リーダー格として振る舞う中心人物・レナードを演じているのがデイヴ・バウティスタという元プロレスラーの俳優だということです。フィリピンとギリシャにルーツを持つデイヴは、身長2m近い巨漢で、腕にはタトゥが入っていて、白いシャツがパツパツで弾けんばかりの筋骨隆々とした肉体を持ち、髭面で、シブい声をしていて、それでいて、メガネをかけていて、野原で遊んでいるウェンに優しく話しかけ、バッタを捕ってあげたりするような繊細さや礼儀正しさを持ち合わせたキャラクターです。シャツを脱いだりこそしませんが、カメラは時に、デイヴ・バウティスタの髭に覆われた厚い唇にフォーカスし(スクリーンいっぱいに口元が大写しになり)、ただならぬ雰囲気を醸し出します…それはストレート男性の観客にとっては「異化効果」なのでしょうが、僕らにとってはエロティックとしか言いようのないシーンです。
レスラー体型の(でもミッキー・ロークとかロック様とかじゃなく、髭面で男臭い)巨漢、それでいて『弟の夫』のマイクのように女の子と仲良くなれる繊細な優しさを持ち合わせているレナードのトリコになる方は多いはず(惚れてまうやろ系)。この映画の主演男優であるデイヴ・バウティスタの雄姿をぜひ、スクリーンで堪能してください。
ノック 終末の訪問者
原題:Knock at the Cabin
2023年/米国/100分/G/監督:M・ナイト・シャマラン/出演:デイブ・バウティスタ、ジョナサン・グロフ、ベン・オルドリッジ、ニキ・アムカ=バード、クリステン・キュイ、アビー・クイン、ルパート・グリントほか
INDEX
- これまでにないクオリティの王道ゲイドラマ『あのときの僕らはまだ。』
- まるでゲイカップルのようだと評判と感動を呼んでいる映画『ロボット・ドリームズ』
- 多様な人たちが助け合って暮らす団地を描き、世の中捨てたもんじゃないと思えるほのぼのドラマ『団地のふたり』
- 夜の街に生きる女性たちへの讃歌であり、しっかりクィア映画でもある短編映画『Colors Under the Streetlights』
- シンディ・ローパーがなぜあんなに熱心にゲイを支援してきたかということがよくわかる胸熱ドキュメンタリー映画『シンディ・ローパー:レット・ザ・カナリア・シング』
- 映画上映会レポート:【赤色で思い出す…】Day With(out) Art 2024
- 心からの感謝を込めて――【スピンオフ】シンバシコイ物語 –少しだけその先へ−
- 劇団フライングステージ第50回公演『贋作・十二夜』@座・高円寺
- トランス男性を主演に迎え、当事者の日常や親子関係をリアルに描いた画期的な映画『息子と呼ぶ日まで』
- 最高!に素晴らしい多様性エンターテイメント映画「まつりのあとのあとのまつり『まぜこぜ一座殺人事件』」
- カンヌのクィア・パルムに輝いた名作映画『ジョイランド わたしの願い』
- 依存症の問題の深刻さをひしひしと感じさせる映画『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』
- アート展レポート:ジルとジョナ
- 一人のゲイの「虎語り」――性的マイノリティの視点から振り返る『虎に翼』
- アート展レポート:西瓜姉妹@六本木アートナイト
- ラベンダー狩りからエイズ禍まで…激動の時代の中で愛し合ったゲイたちを描いたドラマ『フェロー・トラベラーズ』
- 女性やクィアのために戦い、極悪人に正義の鉄槌を下すヒーローに快哉を叫びたくなる映画『モンキーマン』
- アート展レポート「MASURAO GIGA -益荒男戯画展-」
- アート展レポート:THE ART OF OSO ORO -A GALLERY SHOW CELEBRATING 15 YEARS OF GLOBAL BEAR ART
- 1970年代のブラジルに突如誕生したクィアでキャムプなギャング映画『デビルクイーン』
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