REVIEW
愛という生地に美という金糸で刺繍を施したような、「心の名画」という抽斗に大切にしまっておきたい宝物のような映画『青いカフタンの仕立て屋』
美しく、切なく、愛に満ちた、芸術の薫り高い文藝作品。それでいて素晴らしくゲイテイストですし、思いっきりゲイ映画でした。モロッコでこのような映画が制作られたことにも拍手!です。

『青いカフタンの仕立て屋』は、『モロッコ、彼女たちの朝』のマリヤム・トゥザニ監督が、モロッコの伝統衣装である「カフタン」の仕立て屋を営む夫婦の愛と決断を描いたヒューマンドラマ作品です。繊細な手刺繍が施されたカフタンの目を瞠るような美しさだけでなく、(同性間の性行為が違法とされている国であるにもかかわらず)同性愛が描かれていることでも注目されました。
<あらすじ>
海沿いの街サレの路地裏で、母から娘へと受け継がれる伝統衣装「カフタン」の仕立て屋を営む夫婦ハリムとミナ。ハリムは伝統を守る仕事を愛しながらも、自分自身は「伝統からはじかれた存在」であることに苦悩していた。ミナは夫を愛し、支え続けてきたが、病に侵され、治る見込みがないことを悟っている。そんな彼らの前にユーセフという若い職人が現れる。ハリムとユーセフは特別に美しい青いカフタンを作る作業を通じて、絆を深めていく。やがて絆は愛へと変わっていき……。
本当にいい映画でした。目の幅で泣いたのはひさしぶりかも。
美しく、切なく、愛に満ちた、芸術の薫り高い文藝作品。愛という生地に美という金糸で刺繍を施したような、「心の名画」という抽斗に大切にしまっておきたい宝物のような名作です。
それでいて素晴らしくゲイテイストですし、思いっきりゲイ映画でした。
主人公のハリムは、70年代のサンフランシスコでレザーとか着てブイブイ言わしてそうなルックスです(ヴィレッジ・ピープルにいそうな感じ、と言えばよいでしょうか)。長身でヒゲのイケメンです。
ミナは元ショーモデルで、ハリムにプロポーズし、職人としての(どちらかというと無口で職人気質な)ハリムを支え、愛を育んできた人。おそらく男尊女卑な社会にあって、自由を生きようとした人でもあります。「あなたは素晴らしい」とハリムに言うけど、ミナも素晴らしい。
ユーセフは若いのに苦労人で、大きな目と鼻筋の美しさが印象的なイケメン。伝統的な、根気のいるカフタンという高級衣装を作る職人としての根性を持った、それでいて細やかな気遣いもできるゲイの青年。
3人ともが素晴らしい人たちです。みんなに幸せになってほしいと思います。でも、神様はミナを天に召してしまうのです…。
ストーリーはいたってシンプルだと思います。自分の余命がそう長くないことを知ったミナが、ハリムとユーセフにどう接するか、何を願うかというのは、多くの人が想像する通りです。しかし、美しいカフタンが手作業で少しずつ仕上がっていくように、3人の関係性も少しずつ変わっていきます…それぞれの微妙な表情や目線、仕草で心情の変化が表現され、心の機微が繊細に描かれ、すべてが有機的に連関して、驚くべき、素晴らしいラストシーンへと至るのです。(内容も質もちょっと違いますが、『ニュー・シネマ・パラダイス』の時くらい泣きました)(たぶんですが、ストレート男性よりも、ゲイと女性のほうが泣けると思います)
モロッコといえば、早くから性別適合手術を行なってきた国ですし、イスラム社会とは言え、同性愛者にもある程度寛容なのでは…と思っていたのですが、例えば2014年に4人が同性間の性行為で逮捕・投獄される事件も起こっており、ソドミー法が現実に適用される厳しい状況にあります。そのような国で、このような映画が作られたことは本当に勇気の要る、スゴいことだと思います。畏敬の念を禁じえません。
アラブ世界であるモロッコの、コーランが流れる町や、お祈りの様子や、お酒を飲まない代わりにお茶やコーヒーを飲んで過ごすパブの様子や、アラビアンポップス、市場の雑踏、そしてハマム(共同浴場)などの風物もエキゾチックに映画を彩ります。ハマムのシーンはとてもエロティックでした。
ミカンが美味しそうだなぁと思って観ていましたが、ミカンではなくタンジェリンだそう。もしモロッコに行く機会があったら、絶対あのタンジェリンを市場で買って食べてみたいです。映画の舞台であるサレの街で。『青いカフタンの仕立て屋』のことを思い出しながら…。
青いカフタンの仕立て屋
原題:Le bleu du caftan
2022年/122分/G/フランス・モロッコ・ベルギー・デンマーク合作/監督:マリヤム・トゥザニ/出演:ルブナ・アザバル、サーレフ・バクリ、アイユーブ・ミシウィ
6月16日より全国順次公開
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