REVIEW
映画『秘密を語る方法』(レインボー・リール東京2023)
アイルランドでほとんどHIV陽性者が可視化されていなかった時代、勇気を持ってカムアウトしたロビーを中心に、陽性者の声を「Living Together」のように他の人が代わりに語る舞台作品が製作され、世間に好意的に迎えられたことから、誰も予想しえなかった展開に…。号泣必至のドキュメンタリー映画です。
今年もレインボー・リール東京は、HIVにまつわる映画を上映してくれました。
公式サイトでは「21歳でHIV陽性と判明したロビーは、5人の元交際相手に連絡を取る。その1人が本作の監督ショーン・ダンだった。このことをきっかけに、ショーンはHIVと共に生きる人々からヒアリングした経験談を再構築し、俳優が演じる舞台、ドラァグアーティストのストリートパフォーマンス、当事者どうしが語り合うワークショップといった多彩な手法で「秘密を語る方法」を表現。言葉の力が魂を震わせるハイブリッド・ドキュメンタリー」と紹介されています。
アイルランドではかつて、HIVのことがほとんど目に見えない、誰も語らない、情報も知られていない、どこか他所の国の遠い出来事にように思われていた時代がありました(毎年5000人=日本の人口に直すと2万人が新規感染していたというのに)
そんな時代にあって、ゲイのロビーは、HIVに感染したことを勇気を持って5人の元彼に伝えます。どうか検査を受けてほしいと。相手の体を気遣う、真摯な気持ちでした。この映画の監督であるショーンもその中の一人でした。ロビーはその後、活動家として多くのHIV陽性者からの相談に乗ったり、メディアに出たりするようになりました。ショーンはロビーの協力のもと、HIV陽性者の声を、本人が語る代わりに(まるで「Living Together」のように)別の俳優が演じていく舞台作品『Rapids』を作り上げます。その中には、ゲイ・バイセクシュアル男性だけでなく、女性で、どうしても子どもたちに真実を伝えることができない方の痛切な声なども含まれていました。この舞台作品は、想像を超えて世間の人々に好意的に迎え入れられました。
また、アイルランドで活躍するドラァグクイーンのVedaがHIV陽性であることをカムアウトしたことも大きな出来事でした(Vedaはカミングアウトのことを歌ったオリジナルソングも制作していて、劇中で歌うシーンもあります)、1995年にエイズで亡くなった伝説のストリート・パフォーマー、Dicemanにオマージュを捧げることを決意します(素晴らしいパフォーマンスでした。泣けました)
こうして、何人もの陽性者の方たちや支援者の方たちがメッセージを伝え、社会を変えていった結果、誰も想像していなかったような、奇跡のような出来事が起こります…。
最初は、ちょっと実験的な、演劇的な手法を使ったドキュメンタリーだと思い、正直、ちょっと退屈に感じた部分もありました。まさか、号泣させられるなんて…予想もしていませんでした。
ジャンルも違うし、ちょっとうまく説明できないのですが、『パレードへようこそ』のようだと思いました。
事実は小説より奇なり、です。コミュニティの、仲間を思い合う気持ちの尊さが奇跡を起こします。
その本質的なところは、LGBTQのことでも、HIVのことでも、あるいは他のイシューでも、変わらないと思います。人間性への信頼のような…「世の中捨てたもんじゃない」と思えるような…もっとシンプルに言い換えると、「愛」のようなものです。
難しいかもしれませんが、『パレードへようこそ』のように一般上映の機会が増えるといいなと思います。
この映画を日本で上映してくれたレインボー・リール東京のみなさんに感謝します。
22日に渋谷ユーロライブでもう1回、上映されますので、ぜひみなさん、ご覧ください。上映後には、aktaのジャンジさんを司会にお迎えし、映画にまつわるリーディングワークイベントも開催されます。
秘密を語る方法
英題:How to Tell a Secret
監督:ショーン・ダン、アナ・ロジャース
2022|アイルランド|101分|英語
7月16日(日)18:50- @スパイラルホール
7月22日(土)16:50- @ユーロライブ
※7月22日(土)ユーロライブでの上映後、aktaのジャンジさんを司会にお迎えし、映画にまつわるリーディングワークイベントが開催
<上映後トークセッション>
今作の上映後、アイルランドのショーン・ダン監督とオンラインでつながり、ぷれいす東京の生島さんが司会をつとめ、Q&Aトークセッションが行なわれました。
――元恋人から”最悪の事実”を知らされたそうですが、どんなきっかけでこの作品を?
監督:ロビーとは3ヵ月しかつきあっていなかったのですが、密な経験をしました。カミングアウトによって距離が縮まって。
インスピレーションを受けました。HIV陽性であることを恥じている、隠れている方が多いなか、自分は演劇のバックグラウンドがあるので、コラボしようと。陽性者とのつながりが生まれました。私もアーティストとして思いのこもった内情を伝える作品を制作しました。
――もともとは舞台作品だったわけですが、映画にしたのはなぜ?
監督:いい質問ありがとうございます。戯曲の段階では、まだ人々の理解がすごくあったわけではなく、匿名で語らざるを得なかった。HIV陽性者の語りを、プロの役者が代わりに演じる。数年の間、この舞台を上演したことも影響したと思うのですが、状況が変わり、U=Uということが認知されるようになりました。アーティストとして、舞台作品はその場限りで、なくなっていくもので、悲しいものがありますが、映画は記録され、再び観ることができます。そういう意味で、映画を作ろうと思いました。
――舞台ではアーロンさんという名前で語られていた方が、マイケルとして登場する。これは予定されていたのでしょうか?
監督:共同監督と話した最初の話題がアーロンでした。いつか彼が自身のことを語る日が来るかもしれないと思い、時間をかけて話しあっていました。この映画のなかで最も大切な部分でした。
――先進国ではHIV感染はゲイ・バイセクシュアル男性が多いわけですが、この映画では女性や移民も登場しますね。
監督:戯曲でも女性を起用していました。人々の「HIVはゲイが多い」との認識を覆したいという気持ちがありました。実際、女性の感染が多い地域もあります。既存の意識に違和感を持たせ、意識を揺るがす目的でした。
――それでは、ここで、フロアからの質問を受け付けたいと思います。
質問:演劇の台本、日本での上演を許可してほしいです。
監督:うれしいです。いつも聞かれるけど、出版してないんです。語っている方たちのことがセンシティブで、許可を得るのが難しいということもあります。なので、この映画を観ていただければ幸いです。映画のほうが出来がいいと思います。
質問:私はドキュメンタリー映画を作っているのですが、HIV陽性者の方に寄り添ううえでのアドバイスがあれば。
監督:大切なのが、陽性者の方たちが自分の悩みを聞いてくれる、サポートする人が周囲にいるということです。陽性者が落ち着いて、安心な環境で語れることが大事です。この映画を観ていただくとよいと思います。
質問:監督が観客を代表しているシーンがあります。これはどのように映画を観るべきかを伝えている?
監督:いい質問です。陽性者が話をする時に不安を感じているということを、あのように演出で見せました。また、当時、コロナ禍だったこともあり、客席に観客を入れることができなくなってしまったという事情もありました。
質問:『Rapids』が上演されたときの反響は?
監督:観客からも世間からも良い反応をいただきました。実はみんなHIV陽性者を支援したい気持ちでいるのかなと思えました。当時、U=Uの認識も広まっていたので、タイミングもよかったんだと思います。2016年から戯曲を上演してきて、今こうして東京のみなさんに映画を観ていただけること、本当にうれしく思います。
INDEX
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