REVIEW
映画『マット』(レインボー・リール東京2023)
サンダンス映画祭で史上初めてトランスジェンダーとして俳優賞に輝いた作品。監督もトランスジェンダーの方です。主人公フェーニャの「最も運のない24時間」を描きながら、クィアの現実を浮き彫りにしていきます。
![映画『マット』(レインボー・リール東京2023) 映画『マット』(レインボー・リール東京2023)](assets/images/FEATURES/E2023/RRT/RRT23_Mutt.jpg)
サンダンス映画祭といえば、米国最大のインディペンデント系映画の祭典です。昨年、アカデミー賞作品賞に輝いた『コーダ あいのうた』も、サンダンスでグランプリを受賞し、広く知れ渡るようになりました。そんな今年1月のサンダンス映画祭で、史上初めてトランスジェンダーとして「俳優賞」に輝いたのが、映画『マット』に主演したリオ・メヒエルでした。サンダンスではすでに男優賞/女優賞の区別が廃止され、あらゆる俳優の中から1名だけ俳優賞が贈られるのですが、その賞がトランス男性に贈られたということで、歴史的、記念碑的な作品となりました。監督のヴーク・ルングロフ=クロッツもトランス男性で、主人公のフェーニャに自身を投影してこの作品を製作したのでした。
もしかしたら来年のアカデミー賞など映画賞レースでも多くの賞に輝くかもしれない話題作が、いち早くレインボー・リール東京で上映されるのも素晴らしいですし、『孔雀』といい、この『マット』といい、トランスジェンダー作品が多数、フィーチャーされていることも素晴らしいことです。
<あらすじ>
ニューヨークに暮らすトランス男性のフェーニャのもとに、性別移行をして以来疎遠になっていた相手が次々と舞い戻ってくる。ストレートの元彼、14歳の妹、そしてチリから飛行機で来た父親…その登場に戸惑いながら、フェーニャは過去の関係と折り合いをつけようとするのだが……。
小峠さんじゃないですが「なんて日だ!」と叫びたくなるような、ホントについてない、次から次に厄介事や災難が降りかかってくるところが、ストーリー的な面白さですが、そのなかには、トランスジェンダーじゃなければきっとスムーズに事が進んだであろう出来事(例えば銀行での本人確認など)がたくさん含まれていて、単についていないだけじゃなく、世の中がもっとトランス・フレンドリーだったら…と思わせる、いろんなことを気づかせてくれる作品になっています。
あまり詳しくは書かないほうがよいと思いますが、ジェンダーの話だけじゃなく、元彼との関係、セクシュアリティの話も濃厚に描かれ、トランス男性のリアルを浮き彫りにします。(元彼の言動がクソだと全観客が思うことでしょう。白人異性愛男性という、これまでマイノリティ性を一切感じることなく生きてきたであろう元彼…)
フェーニャとは母国のチリで中性的な名前なのだそう。フェーニャと名乗る主人公は、胸の手術は受けているものの、100%男性自認というわけではなさそうで(ノンバイナリー、ジェンダークィアなのかな?と)、男性だとしてもつらいし、女性だとしてもつらい、そんなクィアの生きづらさのリアリティの奥深いところで、ハッとさせられ、気づきが得られました。
さらに、古色蒼然としたジェンダー観の、典型的に男性的なフェーニャのパパが、ある面ではフェーニャの強い味方になるという側面も描かれ、興味深いです。ラティンクスの人々の間でのLGBTQの受容、ジェンダー・セクシュアリティのことが人種や民族のことと交差するところに現れる固有の問題(インターセクショナリティ)が窺い知れます。
映画祭の公式サイトの紹介文で「フェーニャを演じる新星リオ・メヒエルの演技に釘づけになること必至!」とありますが、本当にそうだなと思いました。カッコよかったです。ぜひ来期の映画賞レースで活躍してほしいです。『ナチュラルウーマン』のダニエラ・ヴェガのように。
マット
英題:Mutt
監督:ヴーク・ルングロフ=クロッツ
2023|USA|87分|英語、スペイン語
7月16日(日)12:00- @スパイラルホール
7月17日(祝)14:05- @スパイラルホール
INDEX
- 大興奮!大傑作!本当に面白いクィアSFアクションムービー『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
- 実にポップでインテレクチュアルでエモーショナルで画期的な『極私的梅毒展』@akta
- 女性と同性愛者を抑圧し、ペストで死ぬ人々を見殺しにする腐敗した権力者への叛逆を描いた映画『ベネデッタ』
- トランスジェンダーへの偏見や差別に立ち向かうために読んでおきたい本:『トランスジェンダー問題: 議論は正義のために』
- 『痛快!明石家電視台』ドラァグクイーン大集合SP
- 殺伐とした世界に心を痛めるすべての人に観てほしいドラマ『THE LAST OF US』第3話
- 3人のドラァグクイーンのひと夏の旅を描いたハートフル・コメディ映画『ひみつのなっちゃん。』
- 40歳のゲイの方が養護施設で育った複雑な生い立ちの20歳の男の子を養子に迎え入れ、新しい家族としての生活を始める姿をとらえたドキュメンタリー映画『二十歳の息子』
- 貧しい家庭で妹の面倒を見る10歳のゲイの男の子が新しい世界を切り開こうともがき、成長していく様を描いた映画『揺れるとき』
- ゲイコミュニティへのリスペクトにあふれ、あらゆる意味で素晴らしい、驚異的な名作『エゴイスト』
- ドラァグクイーンの夢のようなロマンスを描いたフランス発の短編映画『パロマ』
- 文藝賞受賞、芥川賞候補の注目作――ブラックミックスのゲイたちによる復讐を描いた小説『ジャクソンひとり』
- ドラァグクイーンによる朗読劇『QUEEN's HOUSE〜あなたの知らないもうひとつの話〜TOKYO』
- 伝説のゲイ・アーティストの大回顧展『アンディ・ウォーホル・キョウト』
- 謎めいたゲイ・アーティストの素顔に迫るドキュメンタリー映画『アンディ・ウォーホル:アートのある生活』
- 『ボヘミアン・ラプソディ』の感動再び… 映画『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』
- 近年稀に見る号泣必至の名作ゲイ映画『世界は僕らに気づかない』
- ぼくらはシンコイに恋をする――『シンバシコイ物語』
- ゲイカップルやたくさんのセクシャルマイノリティの姿をリアルに描いた優しさあふれる群像劇『portrait(s)』ほか
- TheStagPartyShow movies『美しい人』『キミノコエ』