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REVIEW

LGBTQは登場しないものの素晴らしくキャムプだったガールズムービー『バービー』

ハリポタの記録を更新し、世界興収がワーナー史上最高を記録した映画『バービー』。LGBTQのキャラクターこそ登場しませんが、素晴らしくキャムプでゲイ受けのよい、楽しく観られる、それでいてジェンダー平等についての描写はグッとくるものがある作品でした

LGBTQは登場しないものの素晴らしくキャムプだったガールズムービー『バービー』

 初めは「あのバービーが映画に? ぜひ観たい!」とワクワクしていたのですが、PRに関する例の事件で興醒めしてしまった部分もあり、そもそもLGBTQに関係なさそうだしな(でもレバノンでは「同性愛を助長する」と上映禁止になったりしているので、同性愛描写があるのだろうかと思ったり)…と迷ってるうちに、すっかり遅くなってしまったのですが、観てきました。
 
 あまり予備知識がなく、日テレのニュースで初めて知ったのですが、監督は『レディ・バード』のグレタ・ガーウィグでした。『レディ・バード』は、監督の出身地でもあるカリフォルニア州サクラメントを舞台に、カトリック系の高校に通い、窮屈な思いをしている主人公の高校生活を描いた等身大な青春映画で、最初につきあった男の子が実はゲイで、というエピソードもあったり(全体の1%くらいの要素ですが)、プラスサイズな親友との友情も素敵で、なかなかいい映画でした。本国ではものすごく評価が高く、アカデミー作品賞、監督賞など5部門ノミネート、ゴールデングローブ作品賞、主演女優賞受賞をはじめ、びっくりするくらいたくさんの映画賞に輝いています。どっちかというと地味で、アート系な印象だった『レディ・バード』の監督が、こんなキラキラでエンタメな『バービー』を撮ったの?という驚きがありました。

<あらすじ>
ピンクに彩られた夢のような世界「バービーランド」。そこに暮らす住民は、みんなが「バービー」であり、みんなが「ケン」と呼ばれている。そんなバービーランドで、オシャレ好きなバービーは、ピュアなボーイフレンドのケンとともに、完璧でハッピーな毎日を過ごしていた。ところがある日、彼女の身体に異変が起こる。困った彼女は世界の秘密を知る「変わり者」のバービーのアドバイスを受け、異変を修復するためにケンとともに人間の世界へと旅に出る。しかしロサンゼルスにたどり着いたバービーとケンは人間たちから好奇の目を向けられ、思わぬトラブルに見舞われてしまう…。






 なんだかんだ言って面白かったです。グレタ・ガーウィグ、やるなぁ、才能あるんだなぁと改めて感心。客席はやっぱり女性が多く、ピンクの服を着た方も結構いました。
 人工的でプラスチックでピンク色なバービーランドという世界のキッチュでキャムプな感じや、毎晩繰り返されるパーティのシーン、廃盤になったバービーや、アランなどいろんなキャラクターが登場するあたりは、バービーファンもそうでない人も面白く観られるはず。
 
 バービーランドはバービーのための世界ですから、大統領から医者から宇宙飛行士、清掃人に至るまで、すべてがバービー。痛みも苦しみもない、男に虐げられたり抑圧されたりすることもない(恋愛やセックスもない)、ある意味、「女の平和」「女性上位社会」です。ケンはただビーチにいるだけの添え物的な存在です(てっきり彼氏だと思っていたのですが、そうではないようです)
 
 ある日、タブーであった「死」を口にしてしまい、体に異変が生じ、うろたえるバービー(定番タイプ)が、町外れに住むバービー(持ち主によってヘンテコな見た目に変えられてしまった)に相談すると、バービーランドと人間界との間にできた亀裂を修復しなければならない、人間界に行ってきなさいと言われ、物語が大きく動きだします。バービー(定番タイプ)は一人で行こうとしてたのに、なぜかケン(定番タイプ)がついてきてしまい…。バービーは現実の人間社会でそこまで無条件に愛されてるわけじゃないことを知ってショックを受け、一方、ケンは男性優位社会である現実の人間界でpatriarchy(家父長制)という概念を憶えてしまったからさあ大変…というストーリーが戯画的に描かれます。「patriarchy」という言葉を多用し、「俺は男だから(この世界で重用されるべきだ)」と言い始めるケンの暴走っぷりは本当に面白かったです。笑えました(世のストレート男性たちのなかには不快に感じた方もいらしたようですが…)

 この映画の最も素晴らしかったところは、あの『アグリー・ベティ』のアメリカ・フェレーラがバービーを救うキーマンとして活躍するところで、特に彼女が女性の思いを代弁するシーンは感動的でした。すベてが非現実的で戯画化されているこの映画にあって、そのシーンだけが本当にリアルで、胸に迫るものがありました(監督をはじめ、その場にいたスタッフがみんな、男性も含め、泣いたそうです)
 
 アメリカ・フェレーラという、見かけはサエないけど、たまらなくチャーミングで、そのポジティブパワーで難局を乗り越えていくアグリー・ベティというキャラクターを演じたラテン系女性(もう母親役を演じるくらい大人の女性になったんだね…という感慨がありました)も素敵でしたし、バービーランドの町外れに住む「ヘンな」バービー(とても重要な役割でした)を演じたレズビアンのケイト・マッキノン、医者のバービーを演じたトランス女性のハリ・ネフなどクィア女性を起用したキャスティングも賞賛に値します。太めのバービー、車椅子に乗ったバービーなども登場してました。ケンを演じた男性陣も、『ラ・ラ・ランド』のライアン・ゴズリング、『シャン・チー』のシム・リウという、ケンらしいボディタイプでありながらtoxic masculinity(有害な男性性)を感じさせず、人種的多様性にも配慮された絶妙なキャスティングでした。
 
 パーティのシーンに楽曲提供し、自身もマーメイド・バービーとして出演していたデュア・リパが「ホモフォビアとトランスフォビアは女性蔑視と隣り合わせ」だと語っているように、男女平等を描くなら、LGBTQ(性的マイノリティ)のことに触れるのも自然だと思うのですが、この映画には、クィアと明示されたキャラクターは登場しません(ベニスビーチに到着したバービーとケンに驚く人たちの中に、ゲイっぽい2人組がいた程度です)。なにしろバービーランドの住人(人形)には生殖器がありませんし、キスもセックスもしないので、同性愛を描けない(強いて言えばアセクシュアルなのでしょうが、そもそも性的指向という観念に無縁なのだと思われます…)というのはわかるのですが、現実の人間社会のシーンではもう少し描きようがあったのでは…女の子だけじゃなくゲイもバービーの人気を支えてきたことはマテル社も認知しているはず、ゲイだけはバービーに「ビッグ・ハグ」を贈る役柄として登場させてもよかったのでは?と思ったりしました。(なお、レバノンで「同性愛を助長する」とされたのは言いがかりで、本当は男女平等の観念が広まるのがイヤだったのでは…と思いました)
 
 というわけで、何も考えずに面白く観られるエンタメ作品で、クィアのキャラクターこそ登場しないものの、キッチュでキャムプ、ゲイ受けもバツグンで、ポップな中にもジェンダーイクオリティのスピリットが打ち出されたガールズムービーだったと思います。
 
 20年くらい前に話題になり、二丁目のゲイバーでも置いてるところが結構あった「ビリー人形」を憶えている方も多いと思います(実は70年代に「ゲイ・ボブ」という人形も発売されていたんだそう)。ものすごいマッチョでデカマラという、ゲイにとっての夢を具現化したバービーのような人形でした。ちゃんとカルロスというパートナーもいました。
 そのうち、ビリーランドで平和に暮らしていたビリーが現実界に行くことになり、人間たちのホモフォビアに直面し、ホモフォビアを内面化してビリーランドに戻って来るという悪夢を描いた「ビリー」というパロディ映画が登場するのでは?と思ったりします(ていうか観てみたいです)
 
 
バービー
原題:Barbie
2023年/米国/114分/監督:グレタ・ガーウィグ/出演:マーゴット・ロビー、ライアン・ゴズリング、シム・リウ、デュア・リパ、ヘレン・ミレン、ウィル・フェレル、アメリカ・フェレーラほか

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