REVIEW
史上最高にゲイゲイしいファッションドキュメンタリー映画『ジャンポール・ゴルチエのファッション狂騒劇』
単にゴージャスできらびやかというだけでなく、ゴルチェのゲイとしての人生がそのまま反映されているところが素晴らしかったです

世界的ファッションデザイナー、ジャン=ポール・ゴルチエの自伝的ミュージカル『ファッション・フリーク・ショー』の舞台裏に迫ったドキュメンタリー映画です。制作に2年の歳月をかけて完成したこの舞台は、ゴルチエ特有の豪華な衣装やオリジナルの音楽、ハイスタイルな振付で観客たちを魅了し、2018年のパリ公演で25万人、22年のロンドン公演では30万人を動員する大ヒットを記録しました(日本でも今年の初夏、公演が行なわれました)。フランスのドキュメンタリー作家ヤン・レノレが監督を務め、マドンナ、カトリーヌ・ドヌーブ、マリオン・コティヤールといったセレブたちも虜にした世界的ショーが出来上がるまでの過程を写し出します。
実はミュージカルのほうは観に行っていないのですが、そのことを激しく後悔させる映画でした。
衣装が素晴らしく、ファッションショーを観ているかのような気分にさせられるというのは当然なのですが、それだけではありませんでした。『ファッション・フリーク・ショー』というゴルチエの自伝的ミュージカルがいかにゲイゲイしくて素晴らしい作品だったかということがよくわかりました。
オープニングは、ゴルチェが子どもの頃に友達だったテディベアの手術のシーンの映像です。親が人形を買ってくれなくて、唯一持っていたぬいぐるみがテディベアだった、ゴルチェは紙を円錐型にして(あのマドンナのブロンド・アンビション・ツアーの「Express Yourself」でセンセーションを巻き起こしたコーン・ブラの原型はここにあったのです)テディベアに胸をつけて遊んでいたんだそう。このトランスジェンダーのテディベアが手術を施される映像から始まり、舞台上にたくさんのテディベアの着ぐるみを着たダンサーが登場します。ダンサーたちは後ろ向きに踊っているのですが、前を向くと全員BEAR(毛深くてムチムチしたゲイ)な男性、という素晴らしくゲイテイストな演出でした。
あのピエール・エ・ジルがイメージフォトを手がけていますが、まだ青年ジャン=ポールが駆け出しだった頃、フランシスという青年と出会い、二人は恋人どうしになります。「フランシスがいなかったらゴルチェは誕生していなかった」と自身が語っているくらい、(イヴ・サンローランにとってのピエール・ベルジュのように)仕事面でもパートナーとして支えてくれた人でしたが、1990年、エイズで亡くなってしまい…というお話が、このきらびやかな映画の中にあって、ひときわシリアスで、リアルで、身につまされる場面でした。最期を彼の両親とともに看取ったゴルチェ。フランシスは「本を取ってくれ」「メガネも」と言うのですが、ゴルチェは「逆さまで読めるのかい?」と。すでに彼は目が見えなくなっていたのです。それが最期の会話だったそうです。
最愛の人をエイズで亡くしたゴルチェは、以後、HIV/エイズとの闘いの活動をずっと支援するようになり、今もなお、こうして、その自伝的舞台にHIV/エイズについてのシーンを設け、フランスのエリザベス・テーラーと言われるようなHIV活動家の女性をフィーチャーしたりしているのでした。
ほかにも、全員でパフォーマンスするSMのシーンや(音楽はフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの「Relax」)、女性が男物のスーツを着て登場し、別の女性が「男の世界」を歌う傍らでストリップをするというシーンもありました。セクシャルであることを悪びれない、素晴らしくゴージャスで、天才的なひらめきに満ちたゴルチェ・ワールドになっていました。その根底には、「誰もが他人から見たらフリーク」(つまり、他の人にどう思われようと自分らしさを表現せよ)というゴルチェの世界観がありました。
その舞台裏で、衣装さんとか、ダンサーさんとか、血のにじむような苦労もしていたけど、みんながファミリーのように、この舞台のために一丸となって頑張っている様子が伝わってきましたし、(クラブイベントなどもそうですが)ファッションショーやミュージカルという舞台を作り上げることのリスクや困難、だからこそチャレンジしがいがあるし、素晴らしいし、奇跡のようなことなのだということを再確認させてくれました。
ピエール・エ・ジル、ボグダノフ兄弟(この映画が遺作になったかもです)、カトリーヌ・ドヌーブ、マリオン・コティヤール、アルモドバル映画の常連ロッシ・デ・パルマ(役どころが本当にハマってて面白いです)、マドンナ、ナイル・ロジャースといった著名人が多数出演しているのも見どころです。
米倉涼子さんも「今まで見た中で一番のファッションドキュメンタリー映画」と絶賛しています。
まだ上映中ですが、そろそろ公開が終了となるところも出てくると思われますので、ぜひお早めにご覧ください。
(余談かもしれませんが、多摩地区、都下にお住まいの方は、立川の「kino cinéma立川高島屋S.C.館」でご覧になることをお勧めします。通常料金なのに、飛行機のファーストクラスみたいなシートでゆったりと観ることができます)
(文:後藤純一)
ジャンポール・ゴルチエのファッション狂騒劇
原題:Jean Paul Gaultier: Freak and Chic
2018年製作/フランス/96分/監督:ヤン・レノレ/出演:ジャン=ポール・ゴルチエ、マドンナ、カトリーヌ・ドヌーブ、マリオン・コティヤール、ロッシ・デ・パルマほか
INDEX
- トランス女性の生きづらさを描いているにもかかわらず、幸せで優しい気持ちになれる素晴らしいドキュメンタリー映画『ウィル&ハーパー』
- 「すべての愛は気色悪い」下ネタ満載の抱腹絶倒ゲイ映画『ディックス!! ザ・ミュージカル』
- 『ボーイフレンド』のダイ(中井大)さんが出演した『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』第2話
- 安堂ホセさんの芥川賞受賞作品『DTOPIA』
- これまでにないクオリティの王道ゲイドラマ『あのときの僕らはまだ。』
- まるでゲイカップルのようだと評判と感動を呼んでいる映画『ロボット・ドリームズ』
- 多様な人たちが助け合って暮らす団地を描き、世の中捨てたもんじゃないと思えるほのぼのドラマ『団地のふたり』
- 夜の街に生きる女性たちへの讃歌であり、しっかりクィア映画でもある短編映画『Colors Under the Streetlights』
- シンディ・ローパーがなぜあんなに熱心にゲイを支援してきたかということがよくわかる胸熱ドキュメンタリー映画『シンディ・ローパー:レット・ザ・カナリア・シング』
- 映画上映会レポート:【赤色で思い出す…】Day With(out) Art 2024
- 心からの感謝を込めて――【スピンオフ】シンバシコイ物語 –少しだけその先へ−
- 劇団フライングステージ第50回公演『贋作・十二夜』@座・高円寺
- トランス男性を主演に迎え、当事者の日常や親子関係をリアルに描いた画期的な映画『息子と呼ぶ日まで』
- 最高!に素晴らしい多様性エンターテイメント映画「まつりのあとのあとのまつり『まぜこぜ一座殺人事件』」
- カンヌのクィア・パルムに輝いた名作映画『ジョイランド わたしの願い』
- 依存症の問題の深刻さをひしひしと感じさせる映画『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』
- アート展レポート:ジルとジョナ
- 一人のゲイの「虎語り」――性的マイノリティの視点から振り返る『虎に翼』
- アート展レポート:西瓜姉妹@六本木アートナイト
- ラベンダー狩りからエイズ禍まで…激動の時代の中で愛し合ったゲイたちを描いたドラマ『フェロー・トラベラーズ』
SCHEDULE
記事はありません。