REVIEW
トランス女性の生きづらさを描いているにもかかわらず、幸せで優しい気持ちになれる素晴らしいドキュメンタリー映画『ウィル&ハーパー』
人気コメディアンのウィル・フェレルが30年来の親友に性別移行したとのカミングアウトを受け、新たに二人の絆を結び直すために16日間のロード・トリップに出かけるという、ハートウォーミングなドキュメンタリー映画です。世の中捨てたもんじゃないと思えます

約1年前、コメディアンのウィル・フェレルがトランス女性の友人と旅するドキュメンタリーがサンダンス映画祭で異例のスタンディングオベーションを受けましたというニュースをお伝えしていました。
人気番組『サタデー・ナイト・ライブ』にレギュラー出演してブッシュのマネをしたり、『オースティン・パワーズ』シリーズでトルコ人暗殺者を演じたり、主演作『エルフ 〜サンタの国からやってきた〜』『俺たちニュースキャスター』が大ヒットしたりして人気コメディアンとなったウィル・フェレル。『プロデューサーズ』『奥さまは魔女』などでご覧になった方も多いと思います。最近では『バービー』にマテル社のCEOの役で出演しています。
一方のハーパー・スティールは日本ではあまり知られていないと思いますが、1995年から2008年まで『サタデー・ナイト・ライブ』の脚本を書いていたほか、映画『ユーロビジョン歌合戦 〜ファイア・サーガ物語』やドラマ『The Spoils of Babylon』など多くのコメディ作品の脚本を手がけてきました。
二人は30年来の大親友で、『ユーロビジョン歌合戦 〜ファイア・サーガ物語』では一緒に脚本を書いたくらいです。2022年、トランスジェンダーだとカムアウトを受けたウィルは、とてもびっくりしました。ウィルはトランスコミュニティについての知識を「全く持ち合わせていなかった」と『バラエティ』誌に語っています。「みんな大切な人に対してサポーティブだし、愛情を表現してきたよね…でも、どうやって手助けしたらいい?っていう類の質問しか出てこなかったんだ」
二人は「この友情を新しいステップへと進める」ために、旅に出ることにしました。そして、「シスジェンダーの人たちにカミングアウトと性別移行がどんなものかを示し、愛するトランスの人をよりよく理解する手助けとなるよう」彼らの旅をドキュメンタリー映画に収めました。
性別移行途中のハーパーがウィルとの友情を再確認したり、アメリカにおいてトランスジェンダーであるということの意味を考えさせるものとなっています。
こうして完成した映画『ウィル&ハーパー』はサンダンス映画祭でプレミア公開され、異例のスタンディングオベーションを受けました。昨年のクリティクス・チョイス・ドキュメンタリー・アワードで最優秀作品賞を受賞しています。今年のGLAADメディアアワードや英国アカデミー賞にもノミネートされています。
日本では残念ながら劇場公開には至らなかったものの、Netflixで昨年9月末から配信が始まりました。
<あらすじ>
コメディアンのウィル・フェレルはコロナ禍の頃、30年来の親友であるアンドリューから「性別移行した」とカミングアウトを受けます。ハーパーという女性として新しい人生を歩みはじめた親友と、どのように接したらよいのか、彼女のために何ができるのか考えたウィルは、アメリカを横断する16日間のロード・トリップを提案します。二人はニューヨークから旅を始め、カリフォルニアに向かいます。中西部や南部を巡りながら、バスケの試合を観戦したり、バイカーの集うバーに立ち寄ったり、おしゃれなラスベガスのレストランにおめかしして出かけたりしながら、二人は新たな絆を結び直すのです。


観終わったあと、まるで魔法のように多幸感が得られ、世界が幸せ色に感じられ、満たされた気持ちになれる映画です。
なぜなら、この旅で起こった出来事はすべて本当のことで、僕らが生きている世界と地続きで(たとえ海の向こうの国だとしても)、友情はかけがえのないものだと再確認できるからです。人生においていちばん大切で素晴らしいことが何かを教えてくれます。
この映画が撮られたのはまだバイデン政権の時期ですが、それでもテキサスなどの保守的な州で二人は嫌な思いをすることもありました。未成年のトランスジェンダーが性別適合治療を受けることを禁じる州法が制定されたような州でバスケットボールの試合を観戦したとき、そのような差別的な州法を作った州知事に合うはめにもなりました。
一方で、最も怖そうな場所で意外にも温かく迎え入れられたり、歓迎するよ、と心からの言葉をかけてもらえることもありました。ハーパーは、恐れ、こわばっていた心が解けていくのを感じ、また、本当の障壁は自分自身の内なるフォビアであったことに気づかされ…。
たぶん独りでは難しかったと思います。けど、親友のウィルがいてくれたから、ハーパーも、そんな自分に気づくことができたし、勇気を振り絞ってそういう場所に行くことができたのです。
あまりにも長い間、本当の自分を押し殺して生きてきたということにも「悲しみ」を禁じえないのですが(ハーパーの妹さんもそう言ってました)、60歳を過ぎて性別移行するということの大変さもひしひしと感じさせますし、だからこそウィルとのこの旅の一瞬一瞬がどれだけ大切なものかと思わされます。つらいことも確かにある、けど、それ以上に喜びや幸せを感じさせました。
ウィルが「ダンキンドーナツに行きたい」と子どものように駄々をこねたり、冗談を言ったり、コメディアンだからこその楽しいシーンがたくさんありましたし、二人でグランドキャニオンを眺めたり、ホテルのプールに入ったり、花火を上げたり、おめかしして(変装して)ラスベガスのレストランに行ったりという素敵なシーンもたくさんありました。
(テレビの人たちではあるものの)やらせじゃない、人間の真実がそのまま描かれているからこその素晴らしさ。
(政権が変わった今、果たして同じようにハーパーが田舎を旅できるかという不安はあるものの、少なくともちょっと前のアメリカはこうだったと伝えてくれて)「世の中捨てたもんじゃない」と思える映画でした。
アメリカから届く殺伐としたニュースに暗澹たる気持ちにさせられる方も、トランスジェンダーのリアルをあまり感じたことがない方なども、ぜひご覧になってみてはいかがでしょうか。
ウィル&ハーパー
原題:Will & Harper
2024年/アメリカ/114分/監督:ジョシュ・グリーンバウム/出演:ウィル・フェレル、ハーパー・スティールほか
Netflixにて配信中
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