REVIEW
ベトナムから届いたなかなかに稀有なクィア映画『その花は夜に咲く』
1998年のサイゴンを舞台に、トランスガールとボクサーの激しくもせつないラブロマンスや、彼らを生きづらくさせている社会への批判、新しい家族像を描いた、今までにあまり観たことがないタイプのクィア映画です

1998年のベトナム・サイゴン(ホーチミン)を舞台とし、夜の世界に生きるトランスジェンダーを主人公としたラブストーリー作品です。監督のアッシュ・メイフェアは自身の中学時代の経験や記憶をもとに本作を制作、トランスジェンダーの友人をモデルにサンのキャラクター像を作り上げたといいます。彼女は「近年、ベトナムではレズビアンやゲイへの受容が広がっていますが、トランスジェンダーはいまだに政府や社会から厳しい差別を受けています」と語っています。ミス・インターナショナル・クイーン2023ベトナム大会でベストフェイス賞を受賞したチャン・クアンが映画初出演で主演のサンを演じています。
<あらすじ>
経済開放が実現して間もないサイゴンには、昔ながらの風情と活気が残っていた。望まない性に生まれたサンは夜の町で歌手として働き、ボクサーのナムと慎ましくも愛のある生活をしていた。しかし、若い二人は容赦なく夜の世界に飲みこまれ、嫉妬や裏切り、焦りや不安によって徐々に距離が生まれはじめ…。


ボクサーとトランスのショーガールを主人公とした熱くせつないロマンスであると同時に、昭和の裏社会映画を彷彿させるバイオレンス作品でもあり、彼らを生きづらくさせている社会のありようへの痛烈な批判も込められていて、なおかつ(日本ではほぼありえないだろう)性的な“逸脱”を不問としつつシスターフッドや家族愛にも接続される、なかなかに稀有な作品でした。
ベトナムで初めてのプライドパレードが行なわれ、同性結婚式が相次ぎ、政府が同性婚の是非を検討しはじめるようになるのが2012年、トランスジェンダーの法的性別変更が認められるのが2015年ですから、1998年なんてまだLGBTQ(クィア)への理解もなにもあったものじゃない、日陰者ではみだし者でしかない時代です。映画のなかでも、トランス女性をロコツに侮蔑する男たちが何人も描かれています。
ナムとサンがどのように出会ったのか(なれそめ)はわかりませんが、サンはショーパブのトップスターに抜擢されるほどの美貌を誇り、ナムもまた男前なボクサーであり、若い二人は他の男女のカップルと同様に燃えるような恋に落ち、愛し合っていました。ナムを「男前」と書いたのは、ハンサムだからということだけではありません。冒頭、露店でごはんを食べていた二人のそばを通ったゲスい男がサンを見咎めてトランスであることへの侮蔑的な言葉を投げかけるのですが、恋人を侮辱されたナムは、『巨人の星』の星一徹バリにテーブルをひっくり返し、その男を殴りつけるんですね。そのシーンにはシビれましたし、ちょっと泣きました。いい男だなぁと惚れ惚れしました(決して暴力は肯定されるべきではないですし、ボクサーがそんなことしたら大変…と焦りましたが、そんなことよりも、目の前で恋人を侮辱されたことを許せず、黙っていられなかったのです。今はもう絶滅危惧種かもしれない、古き良き時代の「男前」です)
世が世なら、サンは(サンを演じたチャン・クアンのように)ミス・インターナショナル・クイーンで入賞したり、脚光を浴びて、タレントなどとしても活躍できたかもしれません。しかし、まだ社会があまりにも無理解で不寛容で差別的であったがゆえに、いくつもの壁にぶち当たり、性別適合手術を受けて完全に女性となり、愛する人と幸せに暮らしたいという夢は無惨にも打ち砕かれ、何度も絶望しかけます…本当につらいです。男尊女卑社会ゆえ、女性というだけでも生きづらいのに…(サンとは別のタイプの、人権のない生活を強いられた女性も描かれていて、それもまたつらいです)。サンみたいな美しくて強い女性が生きられないのなら、いったいトランス女性はどうやって生きていけばいいのか…と問いたくなります。
あまり詳しくは書きませんが、後半、驚くような出来事があり、物語は新たな局面へと転換していきます。この後半の展開こそが、この映画を非凡なものにしています。多くの観客がサンの「決意」や「生き方」に拍手を贈るでしょうし、海に行くシーンなどは『POSE』シーズン2第9話の女子旅を彷彿させるものがありました。
(ただ、ラストシーンを含め、「結局、トランス女性ってこういうふうに描かれてしまうのよね…」という批判もあると思います。時代の制約だと割り切っていいものかどうか、今この時代にこのようなトランス女性像を打ち出すのってどうなのか、といった声が聞こえてきそうです)
感触はとてもタイ映画っぽいと思います。トランス女性たちが華やかにショーを魅せるナイトクラブのシーンもあり、リングでの格闘のシーンもあり(流血とかバイオレンスが苦手な方はご注意ください)。なのですが、『ソン・ランの響き』のような伝統歌舞伎(中国の京劇のような)をフィーチャーしたシーンもあって、そこはベトナムだなぁと思わせます。
その花は夜に咲く
原題または英題:Skin of Youth
2025年/ベトナム・シンガポール・日本/121分/R15/監督・脚本:アッシュ・メイフェア/出演:チャン・クアン、ヴォー・ディエン・ザー・フイ、ファン・ティ・キム・ガン、井上肇ほか
3月21日よりシネマート新宿ほかで公開
22日(土)12:10-の回にアッシュ・メイフェア監督と井上肇さんの舞台挨拶があります
INDEX
- 家族的な愛がホモフォビアの呪縛を解き放っていく様を描いたヒューマンドラマ: 映画『フランクおじさん』
- 古橋悌二さんがゲイであること、HIV+であることをOUTしながら全世界に届けた壮大な「LOVE SONG」のような作品:ダムタイプ『S/N』
- 恋愛・セックス・結婚についての先入観を取り払い、同性どうしの結婚を祝福するオンライン演劇「スーパーフラットライフ」
- 『ゴッズ・オウン・カントリー』の監督が手がけた女性どうしの愛の物語:映画『アンモナイトの目覚め』
- 笑いと感動と夢と魔法が詰まった奇跡のような本当の話『ホモ漫画家、ストリッパーになる』
- ラグビーの名門校でホモフォビアに立ち向かうゲイの姿を描いた感動作:映画『ぼくたちのチーム』
- 笑いあり涙ありのドラァグクイーン映画の名作が誕生! その名は『ステージ・マザー』
- 好きな人に好きって伝えてもいいんだ、この街で生きていってもいいんだ、と思える勇気をくれる珠玉の名作:野原くろ『キミのセナカ』
- 同性婚実現への思いをイタリアらしいラブコメにした映画『天空の結婚式』
- 女性にトランスした父親と息子の涙と歌:映画『ソレ・ミオ ~ 私の太陽』(マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル)
- 女性差別と果敢に闘ったおばあちゃんと、ホモフォビアと闘ったゲイの僕との交流の記録:映画『マダム』(マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル)
- 小さな村のドラァグクイーンvsノンケのラッパー:映画『ビューティー・ボーイズ』(マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル)
- 世界エイズデーシアター『Rights,Light ライツライト』
- 『逃げ恥』新春SPが素晴らしかった!
- 決して同性愛が許されなかった時代に、激しくひたむきに愛し合った高校生たちの愛しくも切ない恋−−台湾が世界に放つゲイ映画『君の心に刻んだ名前』
- 束の間結ばれ、燃え上がる女性たちの真実の恋を描ききった、美しくも切ないレズビアン映画の傑作『燃ゆる女の肖像』
- 東京レインボープライドの杉山文野さんが苦労だらけの半生を語りつくした本『元女子高生、パパになる』
- ハリウッド・セレブたちがすべてのLGBTQに贈るラブレター 映画『ザ・プロム』
- ゲイが堂々と生きていくことが困難だった時代に天才作家として社交界を席巻した「恐るべき子ども」の素顔…映画『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』
- ハッピーな気持ちになれるBLドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(チェリまほ)
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