REVIEW
こんな映画観たことない!エブエブ以来の新鮮な映画体験をもたらすクィア映画『エミリア・ペレス』
カンヌで9分ものスタンディングオベーションを浴び、4人の女優が異例のアンサンブル受賞を果たし、アカデミー賞でも2部門を受賞した『エミリア・ペレス』。女性弁護士が麻薬カルテルのボスから「女性としての新たな人生を用意してほしい」との極秘の依頼を受けるというストーリーだけでも斬新なのに、ミュージカルってところが本当にスゴい。こんな映画観たことない!と興奮すること間違いナシです

昨年のカンヌ国際映画祭で主要女性キャストであるセレーナ・ゴメス、ゾーイ・サルダナ、カルラ・ソフィア・ガスコン、アドリアナ・パズが4人とも女優賞を受賞し(カルラ・ソフィア・ガスコンはトランスジェンダーとして初の受賞)、今年のゴールデングローブ賞で作品賞や助演女優賞を受賞、そしてアカデミー賞ではトランスジェンダーとして初のノミネートとなったカルラ・ソフィア・ガスコンをはじめ最多12部門13ノミネートを果たした(ある時点までは本命視されていた)『エミリア・ペレス』。メキシコの麻薬王が悲願の性別適合手術を受けてエミリア・ペレスという名の女性として新たな人生をスタートさせるというスペイン語のミュージカルスリラー映画で、カンヌでは9分ものスタンディングオベーションで称えられています。
ゴールデングローブのステージでカルラは、社会から疎外されているコミュニティに向けて「光は常に闇に勝ります。捕えられようとも、殴られようとも、私たちの魂や反骨心、尊厳を奪うことはできません。声を上げましょう。私は私、自分が何者であるか知ってください」とスピーチしていました。そんなカルラが、過去にSNSで人種差別発言をしていたことが発覚し、問題視され、アカデミー賞は助演女優賞と主題歌賞の2部門の受賞にとどまりました。しかし、作品自体は本当に素晴らしいです。レビューをお届けします。
<あらすじ>
弁護士リタは、メキシコの麻薬王マニタスから「女性としての新たな人生を用意してほしい」という極秘の依頼を受ける。リタの完璧な計画により、マニタスは姿を消すことに成功。数年後、英国に移住し、新生活を送るリタの前にエミリア・ペレスという女性が現れた。彼女こそは、本来の自分を取り戻し、女性としての新たな人生を謳歌する“かつてマニタスだった人”だった。過去と現在、罪と救済、愛と憎しみが交錯するなか、運命は思わぬ方向へと大きく動き出す――
これは凄い…A24じゃないけど、今まで観たことがないような映画でした。欧州の目の肥えた観客が9分ものスタンディングオベーションで称えたのも納得です。
エブエブはアジア系ファミリーによるクィアSFアクションコメディ映画でしたが、『エミリア・ペレス』はメキシコを舞台にしたスペイン語のフィルム・ノワールなサスペンス映画であり、ヒューマン・ドラマ作品でもあり、なおかつミュージカル映画なのです。これがもしミュージカル映画として作られなかったら社会派のシリアスなテイストになっていたと思いますし、カンヌでスタンディングオベーションを受けなかったかもしれません。この作品の非凡さ、凄さはミュージカルの部分に依っていると思います。
冒頭の街の雑踏の中での群舞のシーンはちょっと『ラ・ラ・ランド』を彷彿させるものがありましたし(それか『ダンサー・イン・ザ・ダーク』)、今年度アカデミー賞歌曲賞を受賞した「El Mal」も本当にカッコよくて素敵でした(こちらにその一部が公開されています)。楽曲も振付も今までにない独特で斬新なもので、たいへん刺激的です。女性弁護士が麻薬カルテルのボスから「女性としての新たな人生を用意してほしい」との極秘の依頼を受けるという物語だけでも斬新なのに、その後日譚がさらに新鮮で(そこから本当のサスペンスが始まります)、ミュージカル仕立てになっていることが、この映画の魅力や価値を高めています。
トランス女性のカルラ・ソフィア・ガスコンが、髭面で居丈高でデンジャラスでハスキーボイスな麻薬カルテルのボスを「演じ」、ボスが性別移行したのちの姿をカルラの今の姿(地)で生き生きやってるというのもよかったですが(二役演じたのは本人のたっての希望だったそうです)、真の主役は女性弁護士リタを演じたゾーイ・サルダナだと思います(『アバター』に主演していた人です)。本当に凄い演技です。カルラ・ソフィア・ガスコンではなくゾーイ・サルダナがオスカーを獲ったのは本当に納得。この映画のサスペンス(スリラー)な部分もミュージカルのシーンも、彼女が牽引していたのですから。
この2人に加えて、全米のティーンに絶大な人気を誇るセレーナ・ゴメスが、麻薬王の妻を演じているのも見どころの一つです。彼女もまた、マニタスの“死”によって人生が大きく変わっていきます。
もう1人、エミリアと親しくなるエピファニアという女性(アドリアーナ・パス)がいます。彼女の登場はLGBTQ的にとても重要です(この映画のクィア要素は性別移行だけじゃなかったということです)
カンヌは、この4人の女優全員に異例のアンサンブル賞を授けていますが(フランソワ・オゾンの『8人の女たち』のときのように)、それも納得です。
この作品は、女性が主役の女性映画であり、麻薬カルテルのボスという強大な力を持つ男の“死”によって新たな人生を謳歌する女性たちやその友情、愛を描いた作品であり、クソな男たち(トクシック・マスキュリニティ=有害な男性性)との戦いを描いた作品でもあります。トランスするのは並大抵なことじゃないし、それがこの映画の重要な要素であることは確かですが、そのことよりも、女性解放を描いた作品で、その女性のなかにちゃんとトランス女性も含まれている、そういうところに好感が持てました。(女だらけで男は描かれていないのかというと、そんなことはありません。素敵な男性もいます)
性別を変えようとは思わないながらも、これまでの人生をいったんリセットして新しい自分に生まれ変わりたい!と思ったことはきっとみなさん、あるのではないでしょうか。この作品はそういう生まれ変わりをスリリングに実現し、そのために何を犠牲にしたのか、生まれ変わって何を得たのか、どんな危険が伴うのか、といったことを描いた作品でもあります。そして、「人は何のために生きるのか」という根源的な問いにも答えていると思います。
いろんな意味で刺激的で面白い、きっと「観てよかった」と思える映画です。28日から全国でロードショー公開されます。
エミリア・ペレス
原題または英題:Emilia Perez
2024年/フランス/133分/G/監督:ジャック・オーディアール/出演:セレーナ・ゴメス、ゾーイ・サルダナ、カルラ・ソフィア・ガスコン、アドリアーナ・パスほか
3月28日より全国でロードショー公開
INDEX
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