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REVIEW

今までになかったゲイのクライム・スリラー映画『FEMME フェム』

クライム・スリラー好きな監督が、このジャンルにクィアが描かれていないことから『FEMME フェム』という映画を製作。ドラァグとセックスのシーンが大半を占める、たいへん濃厚なゲイ映画でした。そして怖かったです…

今までになかったゲイのクライム・スリラー映画『FEMME フェム』

 ヘイトクライムは何もストレート男性だけが起こすものではありません。内なるホモフォビアに突き動かされたゲイが犯行に及ぶこともあります(自身がゲイだとバレないようにわざと凶暴にゲイに暴行を加えたり)。そんなふうにして暴行され、傷を負ったドラァグクイーンが、ゲイサウナでまさかの加害者と会い、復讐のために接近していくものの、徐々に説明のつかない感情が芽生え始める…というラブサスペンス映画が、この『FEMME フェム』です。英国アカデミー賞にノミネートされた2021年の同名短編を、サム・H・フリーマンとン・チュンピンの監督コンビが自ら長編化した作品で、2023年にベルリン国際映画祭で初披露され、英国インディペンデント映画賞では11部門にノミネートされて3冠を獲得しました。
 
<あらすじ>
ナイトクラブのステージで観客を魅了するドラァグクイーン、ジュールズ。ある夜、ステージを終えたジュールズは、タトゥだらけの男プレストンと出会う。その出会いは突然、憎悪に満ちた暴力へと変わり、ジュールズの心と体には深い傷が刻まれる。舞台を降り、孤独な日々を送りながら、ジュールズは痛みと向き合い続けていた。数ヵ月後、偶然立ち寄ったゲイサウナでジュールズはプレストンと再会する。ドラァグ姿ではない彼を、プレストンは気づかぬまま誘う。かつてジュールズを傷つけた男が隠れゲイだったことを知ったジュールズは、その矛盾を暴き、復讐を果たすため、セックスの様子を動画に撮ってポルノサイトに投稿してやろうと思い立つ…。






 ドラァグ(notドラッグ)とセックスのシーンがほとんどを占める濃厚なゲイ映画で、よくこれを一般の映画館で公開したなぁと感心しましたし、今までにないタイプのクライムサスペンス+ラブロマンスなゲイ映画でした(見てて苦しくなるくらい激しい暴力シーンがあるので、苦手な方はご注意ください)
 
 冒頭のドラァグのシーンは、舞台裏から始まって、素敵なMCが紹介して、クイーンがバックダンサーを伴って華々しくステージに登場し、スポットライトと万雷の拍手を浴びて、リップシンクショーを披露するという、これまでのドラァグ映画のなかでも最高級にショーの「快感」をよく表現した名シーンだと感じました。
 それだけに、その後の暴行の酷さが際立ちます…本当につらい、観ているほうも打ちのめされてしまうようなシーンでした。天国から地獄へ、という言葉がこれほどふさわしい展開もないでしょう。

 主人公のジュールズはショックで心を病み、3ヵ月も家に閉じこもり、虚ろな目で「ストリートファイター」をやり続ける日々(ちなみにジュールは春麗です)。しかし、ヤリたい盛りの20代のゲイは、ふと、同居人たちが外に出かけた週末、ハッテンサウナに足を向け、そこで、あのクソ野郎を見かけるのです。
 ジュールズがクソ野郎・プレストンへの復讐を企み、確信犯的に近づき、しかし、(ジュールズがあのドラァグクイーンだと気づかない)プレストンは次第にジュールズに心を許し、本気で好きになってしまい…というくだりはとてもよかったです。もともとキレやすく、内なるホモフォビアゆえに、また、裏社会に生きる半グレみたいな仲間たちとの生活のなかで絶対にゲイだとバレたくないという事情もあり、過剰にドラァグクイーンをボコボコにしてしまったプレストンのことを、ジュールズも少し理解し、気の毒に思うようになります。しかし…。
 
 苦く、切ないラストシーンでした。後味は悪くないのですが、胸が痛みました。
 
 ひとくちにゲイと言っても、世の中には本当にいろんな人がいます。誰にもそうだと言わず、たまに性欲を発散するだけの、ほとんどノンケと言ってもいいくらいの、自分でもゲイだとは思っていないような人もいます。そういう人が、セクフレとたまに会ってヤルだけだったのが、何度も会って、話したりごはんを食べたりしているうちに、次第に心を許し、凝り固まったものがほぐれていき、相手に親しみや愛のような感情を抱き、誕生日にプレゼントをあげたりもするという物語には、きっと多くの人々が共感すると思うんです。そういう話ってぼくらの身近にもたくさんあると思います。『ゴッズ・オウン・カントリー』を思い出していただきたいのですが、ずっとハッテンしかしてなかった、恋を知らず、ゲイである自分のことも好きじゃなかったような人が、運命の人との出会いをきっかけに、絆のような、恋のような感情が芽生えて、おつきあいが始まってパートナーになったりする、そういうことのすべてが愛おしいし、尊いと思います。特に、自分自身をゲイだと認め、セクシュアリティを肯定できない(内なるホモフォビアに苦しんでいる)人の場合、なかなか恋愛に踏み出せなかったりするわけで、お互いに大切に思い合えるような人との出会いは、奇跡のような、かけがえのないものです。この映画は、そういう過程を(復讐のためのフェイクの関係だったとはいえ)実にリアルに見せてくれていました。しかも、お互いがお互いの人間関係のなかに入っていくんですよ。絶対に交わることはないだろうと思うような正反対の集団に。そこも面白かったし、素敵でした。
 あのまま全部がオープンになってお互いを許し合ってハグしてみんな仲良くできたらどんなによかったか…。

 こちらのインタビュー記事で共同監督のン・チュンピンは、「クライム・スリラーが好きでそのジャンルを見ているうちに気がついた、私たちクィアが描かれていないと」と製作の動機を語っています。主演のネイサン・スチュワート=ジャレットは、「誰も観たことがなかった映画だ。今までになかったと思う。現代のロンドンでの関係性が描かれている」と語っています。おそらく、監督のねらいは成功しています。こうして海外でも上映されるくらいです。
 実に濃厚なゲイ映画でしたし、面白く、素敵なシーンもたくさんありました。ただ、それでも、個人的にバイオレンスが苦手なので、痛くて観るのがつらかった…ということは正直に伝えておきます。(たぶん、過去にゲイバッシングに遭ったことがある方などは、フラッシュバックの危険もありますので、観ないほうがいいと思います)

(後藤純一)


 
FEMME フェム
原題または英題:Femme
2023年/英国/98分/R18+/監督:サム・H・フリーマン ン・チュンピン/出演:ネイサン・スチュアート=ジャレット、ジョージ・マッケイ、アーロン・ヘファーナン、ジョン・マクリーほか
3月28日より新宿シネマカリテほかで公開

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