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REVIEW

同性へのあけすけな欲望と、性愛が命を救う様を描いた映画『ミゼリコルディア』

サスペンスドラマでもあり、同性への欲望があけすけに示されながら満たされることのない映画であり、宗教的・社会的な問いや深い「慈悲」が描かれた作品でもありました

同性へのあけすけな欲望と、性愛が命を救う様を描いた映画『ミゼリコルディア』

 『湖の見知らぬ男』という湖畔のハッテン場を舞台に夥しい数のペニスを描いた作品で有名になったアラン・ギロディ監督の特集が先月から始まりましたが、その『湖の見知らぬ男』ともう1本、クィア映画が上映されています。あまり宣伝されていませんが、映画チャンネルの記事「世界は墓で始まり、墓で終わる。映画『ミゼリコルディア』評価&考察レビュー。鬼才アラン・ギロディの演出を徹底解説」の中で、主人公のジェレミーのパンセクシュアリティが描かれている作品だとわかります。『GINZA』の記事「“慈悲”の名を持つ映画が問う、愛・欲望・そして嘘 映画『ミゼリコルディア』アラン・ギロディ監督にインタビュー」でアラン・ギロディ監督は、「主人公ジェレミーの叶わなかったセックス、満たされなかった欲望についての映画」だと語っています。2024年のカンヌ国際映画祭プレミア部門に出品、同年のルイ・デリュック賞を受賞し、フランスの著名な映画誌『カイエ・デュ・シネマ』で2024年のベストワンに選出された作品で、セザール賞にも8部門でノミネートされています。
 
<あらすじ>
石造りの家が立ち並ぶ村。かつて師事していたパン職人の葬儀に参列するため帰郷したジェレミーは、故人の妻マルティーヌの勧めで家に泊めてもらうことに。思いのほか滞在が長引くなか、村で謎の失踪事件が発生。マルティーヌの息子ヴァンサン、音信不通となっていた親友ワルター、奇妙な神父フィリップ、村の秘密を知る警察官ら、それぞれの思惑と欲望が交錯していく――。




 サスペンスドラマでもあり、世間の(異性愛規範を自明視した)性規範を小気味よく撹乱していく映画でもあり、欲望があけすけに示されながら成就しない映画でもあり、何より「欲望こそが命をつなぐ」ということ、そして深い「慈悲」を描いた作品だと思いました(レ・ミゼラブルは「ああ無情」ですが、ミゼリコルディアは「慈悲」という意味だそうです)
 
 劇中でジェレミーは、トゥルーズ(フランス南西部の大きな街)で女性と数年つきあっていて、でも別れたばかりだと語っていますので、なるほどパンセクシュアルなのだなと思ったのですが、スクリーンに映っていたのはほぼほぼゲイの欲望でした。しかもジェレミーは『サムソン』誌に出てくるような年輩だったり太っていたりする、垢抜けてないイモっぽい男らしい男性に惹かれるタイプです(そこもリアルでよい)。田舎にありがちなのかもしれませんが、妙にそういうイモっぽい巨漢の男性がたくさん出てきます。そこは『キング・オブ・エスケープ』と同様です(たぶん監督自身がBear専なんでしょうね)。ゲイ的にはふつうですが、一般の観客の目には新鮮に映るだろうなと思いました。
 いったん都会に出たジェレミーは、たぶん、ワークアウトして腹筋を割ってこぎれいにしてクラブで遊んでるようなゲイたちには興味が持てず、男性に向かう欲望は封印されてしまっていて、そんなときに、(告白こそしていないものの)ずっと好きだったパン屋の亭主の訃報を聞き、お別れをしたいと思い、田舎町に戻ってきて、この垢抜けてないイモっぽい巨漢という絶滅危惧種がまだ存在する町で、抑圧されていた欲望が解き放たれたのでしょう、葬儀が終わると、ジェレミーは欲望を行動に移します。あまり変化のない田舎町に現れたハンサムなセクシー・ガイに、きっとみんな夢中になって、ジェレミーは入れ食い状態でヤリまくるのかなって期待したのですが、そうはならず…。他方、ジェレミーの存在が疎ましくて執拗にイチャモンをつける人も現れたりもして。さっさとトゥルーズに帰ればいいのに…って感じです(狭い村で、誰が誰と会ってたかとかすぐに筒抜けになるし、大体の人はこんな田舎にいられるか!って飛び出すと思うんです)。でも彼はこの村が好きだと言って居残り、散歩したり、山にキノコ狩りに行ったりして、それで、事件が起こるんですよね。
 
 ちなみにキノコはペニスのメタファーに違いないと思い(神父が大きなキノコをとってこれ見よがしに自慢してたのとか、あからさま)、よくエロイベントとかで「秋のキノコ狩り」とか謳ってたりしてるけど本当にそれを表現した映画があったのか〜と変に感心したり(しかし、監督によると、南仏ではキノコ狩りってものすごく生活に浸透してるそうで、他意はないようです)

 後半はサスペンスドラマなのですが、『湖の見知らぬ男』が、目の前にいる男が殺人鬼だとうすうす気づきながらそれでも欲望に負けてセックスしてしまう映画だったのに対し、『ミゼリコルディア』は、欲望(愛と言ってもよいでしょう)が道徳や常識を超えて宗教的・社会的な問いを観る者に投げかけ、あまりにも肉肉しい「慈悲」の姿を現前させ、強烈に印象づける映画でした。「性は地球を救う」とでも言いますか。
 
 エロ的には『湖の〜』ほどではないのですが、いろんな意味で面白かったです。アラン・ギロディは『キング・オブ・エスケープ』が最高傑作だと思いますが、『ミゼリコルディア』もそれに近い感触があります。いま世界で進行している非人道的な事柄・不条理な現実を暗に批判しているところもよかったです。
 たぶん、人によってずいぶん見方が異なる作品です。もし可能であれば、誰かと一緒に観に行って感想を語り合うとより楽しめる気がします。
 


ミゼリコルディア
原題または英題:Misericordia
2024年/フランス/103分/監督・脚本:アラン・ギロディ/出演:フェリックス・キシル、カトリーヌ・フロ、デュラ、ジャック・ドゥヴレ、ジャン=バティスト・デュラ、ダヴィッド・アヤラほか
シアター・イメージフォーラムで上映中、大阪・第七藝術劇場にて4月12日より公開、ほか全国で順次公開

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