REVIEW
エキゾチックで衝撃的なイケオジと美青年のラブロマンス映画『クィア QUEER』
バロウズのエキゾチズムとマジックリアリズムと極めてクィア(ダブルミーニング)な世界観が見事に再現され、それでいて心にじんわりとせつなさの余韻が残るような、イケオジと美青年のラブロマンス映画になっています。かつてジェームズ・ボンドを演じたダニエル・クレイグがここまでゲイ(エロオヤジ)になりきれるのかと感嘆させられました。いろんな意味で凄い映画です

ウィリアム・S・バロウズの未完の半自伝的小説を『君の名前で僕を呼んで』のルカ・グァダニーノ監督が映画化した『クィア QUEER』。「007」シリーズの6代目ジェームズ・ボンドを演じた「世界のイケオジ」ダニエル・クレイグが主演をつとめたことでも話題です(実はダニエル・クレイグは『愛の悪魔』でフランシス・ベーコンの運命の恋人、ダイアン・ジョージを演じていましたし、『ナイブズ・アウト: グラス・オニオン』でもゲイの探偵を演じています)
『クィア QUEER』は2024年にベネチア国際映画祭コンペティション部門に出品され、9分のスタンディングオベーションを浴びました。あのA24が北米配給し、ゴールデングローブ賞ではダニエル・クレイグが映画部門(ドラマ)の男優賞にノミネートされ、ナショナル・ボード・オブ・レビュー(米国映画批評家会議賞)では見事に主演男優賞を受賞しています。
<あらすじ>
1950年代、メキシコシティ。退屈な日々を酒や薬でやり過ごしていたアメリカ人駐在員ウィリアム・リーは、美しくミステリアスな青年ユージーン・アラートンと出会い、ひと目で恋に落ちる。渇ききっていたリーの心はユージーンを渇望し、ユージーンもそれに気まぐれに応えるが、求めれば求めるほどリーの孤独は募っていく。やがてリーはユージーンと一緒に人生を変える体験をしようと、彼を幻想的な南米の旅に誘い出すが……。
「彼とひとつになりたい」と渇望するリーの狂おしく燃え上がる恋の炎は、常識を超えた、驚愕・瞠目のファンタジックでマジックリアリズムな奇跡の瞬間へと――。ゲイが「クィア(おかま)」と侮辱され、眉をひそめられるような時代に中南米で繰り広げられる、このうえなくロマンティックなラブストーリー。
ルカ・グァダニーノ監督は、『君の名前で僕を呼んで』に次いで、またしても、永遠に語り継がれ、愛されるだろう名作ゲイ映画を生み出しました。繰り返し観たくなるような現代の古典です。
『女の一生』という小説/舞台がありましたが、さしずめこれは『“おかま”の一生』と言うべき映画です(“おかま”はこの映画と原作小説のタイトルであり、劇中でも何度も何度も“おかま”という意味で「クィア」が使われています。1950年代のバロウズは、ストーンウォールやクィアムーブメントのずっと前に「クィア」の侮蔑的な意味を何とかして反転し、価値のある、素敵な言葉にしようと模索していたように思えます。そこを尊重し、“おかま”と言います)
誰しも、一生忘れられないような恋の一つや二つ、あると思います(アセクシュアル/アロマンティックの方でない限りは)。最期のときに人生を振り返って「ああ、僕は確かにあの時、あの人を本気で愛したよなぁ、よかったなぁ」と思えるような、そういう恋を経験した方は幸せです。どんなに安定した、人に羨まれるような生活を送ってきたとしても、本気で恋したことのない人生はどこか味気なく、寂しいものです。燃え上がるような恋こそが人の生きる意味。だとしたら、リーとユージーンほどのカップルはほかにいないでしょうし、リーの人生は確かに幸せだったと思えるのです(未完だった原作をそういうふうに着地させたのはグァダニーノです。素晴らしいです。感動しました)
SNSで『ベニスに死す』を思い出すというコメントを見かけました。確かに妙齢のおじさんが美青年に一目惚れして…というところは似ています。でも、『ベニスに死す』のような耽美的、退廃的な滅びの美学ではなく、『クィア』はもっとがっつり恋してセックスもするので、身近というか、感情移入できるようなゲイゲイしさになっています。
時代は1950年代なので、世間の「クィア」への蔑視や嫌悪の激しさゆえ、クィアネスを自分の中で認め、受け容れることすらも難しかったと思いますが、それでも、だからこそ、リーとユージーンの恋はかけがえのないもので、それがどんなにクィア(奇妙)な体験だったとしても、普遍的だし、共感を呼ぶものになっています。
カビくさそうな部屋、吸い殻だらけの灰皿、ムカデ、クスリ、そして幻覚…たぶんバロウズの『裸のランチ』をご覧になった方は(相当古い…1991年の映画です)「うんうん、バロウズ・ワールドだね」と思うことでしょうが、バロウズを知らない方は「え、これ、こんな映画なの?」とちょっと面食らうかもしれません。後半はどんどんSFというかオカルトというかマジックリアリズムというか、衝撃的な展開になっていきますが、あの奇跡の夜こそがリーが人生を賭けて追求した「彼と一つになりたい」という熱望の具現化だったのです。
ダニエル・クレイグが本当に凄いです。ジェームズ・ボンドをやるだけあって、ガッチリした体格な(太い指フェチの人にはたまらないと思う)イケオジなわけですが、この映画では、美青年を前にしてはしゃぎ、臆面もなく「好き」をアピールし、欲望をみなぎらせ…その表情や仕草の一つひとつが本当にリアル。セックスのシーンもhornyなエロオヤジそのものです。「ゲイじゃないのにここまでやれるの?」と感嘆するような凄い演技です。しかも、リーが一目惚れするユージーンは、そもそも女性と連れ立ってカフェに来る人で、ノンケである可能性が高い。にもかかわらず、果敢にアタックするのです、ダメもとで。ものすごい情熱。尊敬します。
一方のユージーンはというと、結構ミステリアスで気まぐれで、コロコロ表情を変えます。真面目そうな好青年に見える瞬間もあれば、あどけない男の子のようになったり、おじさんを挑発するセクシーな男にもなるしで、万華鏡のように多面的な魅力を見せる魔性の「オム・ファタール」と言えます。ドリュー・スターキーという俳優なのですが、こんな人よく見つけてきたなぁと感心します。この映画で有名になって今後、もっと活躍するんじゃないでしょうか。
リーの友達のクマさん、ジョー(ジェイソン・シュワルツマン)もなかなか素敵です。家にオトコ連れ込んで、その度に家にある物を盗まれるんだけど、それでも連れ込むのをやめられないっていう。なんだかんだ言って幸せそうです。
この「メキシコシティのアメリカ人」たちは、クィア・バーやフレンドリーなカフェに集い、互いに顔見知りで、コミュニティというかネットワークをつくってます。
メキシコシティの街の様子やエキゾチズムもこの映画の魅力の一つです。
そしてジョナサン・アンダーソンの衣装。50年代らしさと品の良さが素敵です。ちなみにJWアンダーソンでこの映画とコラボしたコレクションも出てます(本当はムカデのネックレスとかあったら売れると思うんですけどね)
劇中の音楽は、バーのシーンではさすがにジャズとかなんですけど、BGM(劇伴音楽)はニルヴァーナやプリンス、ニュー・オーダーなんかの楽曲です。映画の冒頭ではシネイド・オコナーがカバーしたニルヴァーナの「オール・アポロジーズ」が使用されています(カート・コバーンはバロウズを敬愛していて、その歌詞にもバロウズの影響が認められるそうです)
リーとユージーンが映画館で観ていた映画がジャン・コクトーの『オルフェ』でした。『オルフェ』で主人公を演じたジャン・マレー(当時37歳)やセジェストを演じたエドゥアール・デルミ(25歳)はコクトー(61歳)の恋人であり、ちょうどリーとユージーンのような関係性なのです。鏡を通じて黄泉の世界へと入っていくシーンが使われていたのも、二人のこの後の運命を暗示しているかのようで、示唆的です。
たぶんいろんなディテールに意味があり、何度か観ていると新たな発見があったりすると思います。
このように、いろんな意味で名作なので、なぜアカデミー賞にノミネートされなかったのか不思議でなりません。クィア(奇妙)すぎてアカデミーの人たちに受けなかったのでしょうか…。
ともあれ、今年上半期のゲイ映画のなかで間違いなくメイン級の話題作なので、ぜひご覧ください。スゴいです。人間、ここまで恋にのめり込めるのか…という「驚き」が絶対にあると思います。
クィア QUEER
原題または英題:Queer
2024年/イタリア・アメリカ合作/137分/R15+/監督:ルカ・グァダニーノ/出演:ダニエル・クレイグ、ドリュー・スターキー、ジェイソン・シュワルツマンほか
5月9日より全国ロードショー公開
INDEX
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