REVIEW
クィアでメランコリックなスリラー映画『テレビの中に入りたい』
クィアでメランコリックなスリラー映画『テレビの中に入りたい』をご紹介します

A24製作のメランコリックスリラー『テレビの中に入りたい』は、1990年代のアメリカ郊外を舞台に、自分探しにもがく若者たちを描いた物語。2024年サンダンス映画祭のミッドナイト部門でプレミア上映されて以降、第74回ベルリン国際映画祭のパノラマ部門に正式出品され、第40回インディペンデント・スピリット賞では作品賞を含む主要5部門にノミネートされました。
監督のジェーン・シェーンブルンはノンバイナリーであることをカムアウトしており、クィア映画の推進者でもああり、「隠していた本当の自分を心の中に戻し、見なかったフリをして半分死んだような人生を続けるか、未知と対峙するか。それは完全な社会的死を意味するのも同然で、本質的に自分が知る現実の終わりでもあります。本作のジャンルの要素と中心的なメタファーは、語りたいという私の願望から生まれました。そして他の多くのトランスジェンダーたちが、本当の自分を否定される世界の中で自分らしくいる方法を模索する経験をしてきたと思います」と語っています。
<あらすじ>
冴えない毎日を過ごすティーンエイジャーのオーウェンにとって、毎週土曜日の22時30分から放送される謎めいたテレビ番組「ピンク・オペーク」は、生きづらい現実を忘れさせてくれる唯一の居場所だった。オーウェンは同じくこの番組に夢中なマディとともに、番組の登場人物と自分たちを重ね合わせるようになっていく。しかしある日、マディはオーウェンの前から姿を消してしまう。ひとり残されたオーウェンは、自分はいったい何者なのか、知りたい気持ちとそれを知ることの怖さとの間で身動きが取れないまま、時間だけが過ぎていく。




ホラーみたいな怖い映画なのかと思ってたら、そうでもなかったです。「オルタナティブ」という言葉が浮かびました。クィアなバンドのライブもあったし。
怖いと言うよりは終始、憂鬱で不気味な雰囲気です。クィアの生きづらさを描いているけど、自分はそうだと認めて未知と対峙するマディと、本当の自分を押し殺し、見なかったフリをして半分死んだような人生を続けるオーウェンが対比されています(どっちも地獄なんですよね…)
「ピンク・オペーク」の悪のボスがミスター・メランコリーと言うのですが、まさにこの映画のオーウェンとマディは、メランコリーに取り憑かれています。「ピンク・オペーク」の2人のように「メランコリー」の洗礼を受けるというか憂鬱で暗い世界を生きるのです。
見なかったことにすればいい!とオーウェンは言って、現実世界に妥協し、そこで生きようとします。でも、ストレートのフリをして生きるって本当にしんどいことで、いつか発狂しそうになります。胸に「ピンク・オペーク」という希望の世界への憧れを秘めたまま…。
どことなく『ツイン・ピークス』を彷彿させるものがあるとも思いました。謎がいろいろあって、そのうち現実と異世界の境目が開いて、何か禍々しいものが現れる…的な。
「誰も観たことがないような映画」の製作を標榜するA24らしい、驚きや新鮮さがありました。
ゲイらしき人が主人公であるにもかかわらず(オーウェンのセクシュアリティは結局はっきり語られていません)ポップだったりキャムプだったりというゲイテイストからは程遠い、むしろ真逆に位置するようなクィア映画です。Z世代とかのクィアの方にはものすごく響くんじゃないかな、と思いました。
テレビの中に入りたい
原題:I Saw the TV Glow
2024年/アメリカ/102分/PG12/監督:ジェーン・シェーンブルン/出演:ジャスティス・スミス、ジャック・ヘブン、ヘレナ・ハワード、リンジー・ジョーダン、フレッド・ダースト、ダニエル・デッドワイラーほか
9月26日より東京・ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国で順次ロードショー
INDEX
- おじさん好きなゲイにはとても気になるであろう映画『ベ・ラ・ミ 気になるあなた』
- 韓国から届いた、ひたひたと感動が押し寄せる名作ゲイ映画『あの時、愛を伝えられなかった僕の、3つの“もしも”の世界。』
- 心ふるえる凄まじい傑作! 史実に基づいたクィア映画『ブルーボーイ事件』
- 当事者の真実の物語とアライによる丁寧な解説が心に沁み込むような本:「トランスジェンダー、クィア、アライ、仲間たちの声」
- ぜひ観てください:『ザ・ノンフィクション』30周年特別企画『キャンディさんの人生』最期の日々
- こういう人がいたということをみんなに話したくなる映画『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』
- アート展レポート:NUDE 礼賛ーおとこのからだ IN Praise of Nudity - Male Bodies Ⅱ
- 『FEEL YOUNG』で新連載がスタートしたクィアの学生を主人公とした作品『道端葉のいる世界』がとてもよいです
- クィアでメランコリックなスリラー映画『テレビの中に入りたい』
- それはいつかの僕らだったかもしれない――全力で応援し、抱きしめたくなる短編映画『サラバ、さらんへ、サラバ』
- 愛と知恵と勇気があればドラゴンとも共生できる――ゲイが作った名作映画『ヒックとドラゴン』
- アート展レポート:TORAJIRO 個展「NO DEAD END」
- ジャン=ポール・ゴルチエの自伝的ミュージカル『ファッションフリークショー』プレミア公演レポート
- 転落死から10年、あの痛ましい事件を風化させず、悲劇を繰り返さないために――との願いで編まれた本『一橋大学アウティング事件がつむいだ変化と希望 一〇年の軌跡」
- とんでもなくクィアで痛快でマッチョでハードなロマンス・スリラー映画『愛はステロイド』
- 日本で子育てをしていたり、子どもを授かりたいと望む4組の同性カップルのリアリティを映し出した感動のドキュメンタリー映画『ふたりのまま』
- 手に汗握る迫真のドキュメンタリー『ジャシー・スモレットの不可解な真実』
- 休日課長さんがゲイ役をつとめたドラマ『FOGDOG』第4話「泣きっ面に熊」
- 長年のパートナーががんを患っていることがわかり…涙なしに観ることができない、実話に基づくゲイのラブコメ映画『スポイラー・アラート 君と過ごした13年と最後の11か月』
- 驚愕のクオリティ、全編泣ける究極のゲイドラマ『Ours』








