REVIEW
レナード・バーンスタインの音楽とその私生活の真実を描いた映画『マエストロ:その音楽と愛と』
レナード・バーンスタインの音楽と愛を描いた映画『マエストロ:その音楽と愛と』がNetflixで配信されています。同性の恋人がいたことや奥さんの苦悩も正直に描かれていて、真実を伝える作品になっています

『アリー/ スター誕生』でレディ・ガガと共演し、主題歌の「Shallow」も一緒に歌ったブラッドリー・クーパーが、制作・監督・脚本・出演をつとめた『マエストロ:その音楽と愛と』。第81回ゴールデン・グローブ賞で作品賞、監督賞、主演女優賞、主演男優賞にノミネートされているほか、多くの賞にノミネートされています。日本でも劇場での先行上映の後、Netflixで配信が始まりました。
<あらすじ>
ウクライナ系ユダヤ人移民の2世として1918年、マサチューセッツ州ローレンスに生まれたレナード・バーンスタインは、美容器具販売業を営む父の反対にあいながらも、プロの音楽家の道を志す。決して恵まれた音楽環境ではなかったものの、ニューヨーク・シティ交響楽団の音楽監督に就任するレナード。チリ系アメリカ人の女優フェリシアとパーティで出会ったのは、そんな希望に満ちた1946年だった。レナードとフェリシアは結婚し、ジェイミー、ニーナ、アレクサンダーの3人の子どもを授かる。だが、フェリシアは結婚前からレナードが男性と関係を持っていることを知っていた……。
『ボヘミアン・ラプソディ』や『ロケットマン』のような偉大なゲイのミュージシャンの半生を描いた伝記映画の一つだと思いました。ただ、6分のオーケストラの演奏での指揮のシーンを撮れるようになるためにブラッドリー・クーパーが6年の歳月をかけたというエピソードが伝わってきているように、指揮者をきちんと演じるのは大変な苦労があったと思います。顔を似せた特殊メイクの効果もあるのかもしれませんが、もうバーンスタイン本人にしか見えませんでした。
冒頭の、素晴らしく映画的で躍動的な、それでいてレニー(※レナードの愛称)がゲイであることを示唆するシーン、ニューヨークで24時間の上陸許可を与えられた水兵3人の恋愛と騒動を描いたミュージカル『オン・ザ・タウン』の舞台でレニー自身が水兵の姿で踊るシーン、かつての恋人だったマット・ボマーと一緒にマンハッタンを歩くシーンの切なくも愛を感じさせる描写は、とても好きでした。
レナード・バーンスタインはユダヤ系移民2世で、決して家柄がよいわけでもなく、若さと才能だけが武器でした。最初にニューヨーク・フィルで指揮するチャンスが巡ってきたのは25歳のときで(1943年)、ただでさえ同性愛者のカミングアウトが困難な時代であり、クラシック音楽界はさらに保守的で、同性愛者の指揮者などありえませんでした。そんな時代でしたから、イケメンの恋人(マット・ボマーが演じていました)がいながらも、レニーは音楽家としての成功をつかむために、生きていくために、世の“当たり前”である女性との結婚を選択しました。
妻のフェリシアはチリ生まれの女優で、共通点が多く、パーティで意気投合し、また、レニーが男性とも関係を持つ人だと知っていたけれども、結婚を選択しました。そうして二人は、互いの仕事を支えあいながら、家庭を持ち、子どもも育て、世間では「おしどり夫婦」としてやっていきながら、成功を収めていくのでした。レニーは良き夫であり、父であったように見えます。
しかし、男性との関係を隠さない夫に対し、フェリシアは傷つき、ストレスを抱え、疲弊していくのでした…。その葛藤がぶつけられるシーンはとても重く、切なく、それでいて、映画的にちょっとすごい印象をもたらすシーンになっていました。フェリシアは本当に魅力的な、素晴らしい女性で、それだけに、彼女の痛み、苦悩は見ていて本当につらかったです。誰もが彼女にシンパシーを抱くことでしょう。
もしバーンスタインがあと30年くらい後、同性のパートナーを持つことが可能な時代に生まれていたら、こうはなっていなかったかもしれません(音楽家としての成功もなかったかもしれません)
天才的な芸術家が、性に奔放(下ユル)だったり、身内の人を犠牲にしたりということもしばしばあります。もしバーンスタインが異性愛者だったとしても、フェリシアは苦労していたかもしれません。
しかし、それらは「歴史のIF」であり、考えても仕方のないことですよね…。
この映画は、不朽の名作『ウエスト・サイド物語』を世に送り出したバーンスタインの才能や、指導者としての功績など、音楽家としての輝かしい側面を余すことなく描きながら、同時に、その人となりや私生活の真実をもリアルに描くものでした。奥さんがいながら他の男性ともつきあっていたというところをどう捉えるかは、時代背景も考慮に入れなければいけないでしょうし、観客の見方に委ねられていると思いますが、隠さずに真実をありのままに描いたというところ、フェリシアの気持ちに寄り添い、心からのリスペクトやシンパシーをもって描かれていたところは評価されることでしょう(現に、GG賞などにノミネートされています)
音楽映画としては(ジャンルは異なりますが)『ボヘミアン・ラプソディ』や『ロケットマン』や『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』などと同様、最大限にその音楽の素晴らしさを伝える作品だったと感じます。個人的には、バーンスタインの『キャンディード』序曲が好きなのですが、劇中で使われず、残念に思っていました…が、エンドロールで流れたのでよかったです。
前半がモノクロで、ある時点からカラーになるという演出もよかったですし、映像も音楽も迫力満点で圧倒的なので、先行上映を観に行けばよかった…と思いました。
(文:後藤純一)
マエストロ:その音楽と愛と
原題:Maestro
2023年/米国/129分/PG12/監督:ブラッドリー・クーパー/出演: ブラッドリー・クーパー、キャリー・マリガン、マット・ボマー、マヤ・ホーク、サラ・シルヴァーマン、ジョシュ・ハミルトン、スコット・エリス、サム・ニヴォラ、ミリアム・ショアほか
Netflixで2023年12月20日から配信
INDEX
- アート展レポート:ジルとジョナ
- 一人のゲイの「虎語り」――性的マイノリティの視点から振り返る『虎に翼』
- アート展レポート:西瓜姉妹@六本木アートナイト
- ラベンダー狩りからエイズ禍まで…激動の時代の中で愛し合ったゲイたちを描いたドラマ『フェロー・トラベラーズ』
- 女性やクィアのために戦い、極悪人に正義の鉄槌を下すヒーローに快哉を叫びたくなる映画『モンキーマン』
- アート展レポート「MASURAO GIGA -益荒男戯画展-」
- アート展レポート:THE ART OF OSO ORO -A GALLERY SHOW CELEBRATING 15 YEARS OF GLOBAL BEAR ART
- 1970年代のブラジルに突如誕生したクィアでキャムプなギャング映画『デビルクイーン』
- こんなに笑えて泣ける映画、今まであったでしょうか…大傑作青春クィアムービー「台北アフタースクール」
- 最高にロマンチックでセクシーでドラマチックで切ないゲイ映画『ニュー・オリンポスで』
- 時代に翻弄されながら人々を楽しませてきたクィアコメディアンたちのドキュメンタリー 映画『アウトスタンディング:コメディ・レボリューション』
- トランスやDSDの人たちの包摂について考えるために今こそ読みたい『スポーツとLGBTQ+』
- 夢のイケオジが共演した素晴らしくエモいクィア西部劇映画『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』
- アート展レポート:Tom of Finland「FORTY YEARS OF PRIDE」
- Netflixで配信中の日本初の男性どうしの恋愛リアリティ番組『ボーイフレンド』が素晴らしい
- ストーンウォール以前にゲイとして生き、歴史に残る偉業を成し遂げた人物の伝記映画『ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男』
- アート展レポート:第七回美男画展
- アート展レポート:父親的錄影帶|Father’s Videotapes
- 誰にも言えず、誰ともつながらずに生きてきた長谷さんの人生を描いたドキュメンタリー映画『94歳のゲイ』
- 若い時にエイズ禍の時代を過ごしたゲイの心の傷を癒しながら魂の救済としての愛を描いた名作映画『異人たち』