REVIEW
エストニアの同性婚実現の原動力になった美しくも切ない映画『Firebirdファイアバード』
ソ連占領下のエストニアで、若き二等兵とパイロット将校が出会い、惹かれあっていくが、見つかれば厳しく罰せられる運命にあり…それでも二人は愛をあきらめなかった…という実話に基づく、美しくも切ない映画でした

2023年6月20日、エストニア国会で同性婚法が採択され、エストニアはバルト三国で初、旧ソ連圏でも初の同性婚承認国となりました。同性婚法は今年1月から施行され、エストニアの同性カップルたちが晴れて結婚できるようになりました。
この歴史的なエストニアでの同性婚の実現の原動力になったのが、映画『Firebirdファイアバード』です。
エストニア出身で、本作が初の劇映画となった監督のペーテル・レバネ(ペット・ショップ・ボーイズ「Together」のMVなどを手がけた方です)は2014年、地元メディアのインタビューに「今日、エストニアは人種と寛容、あるいは国家が禁止し、侵害し、命令するもののうち、どの価値観が正しいと考えるかを選択しなければならない時に来ています。私は今ロンドンに住んでいますが、英国でも同性法案について活発な議論が展開されています。なぜなら、この春に女王が結婚法の最終版に署名したからです。それは性別に関係なく全ての人々に結婚の権利を与えるものです。エストニアでは住民投票どころか議論することさえ許されない」と答えています。
レバネ監督は2011年のベルリン国際映画祭に参加した際、エストニアの2人の青年の秘められた愛を実話に基づいて描いたラブストーリーである「ロマンについての物語」という本を作者のセルゲイ・フェティソフから受け取りました。「自宅に帰ってから読み、涙を流しました。映画化をしなければならないと突き動かされたんです。脚本を書く段階で、ハリウッドのあるプロデューサーが(今作で主演をつとめる俳優の)トム・プライヤーを紹介してくれて、トムも執筆に参加してくれることになりました。一緒に2年がかりで書き上げました」(詳細はこちら)
そうして完成した映画『Firebirdファイアバード』が2021年、エストニアで初のLGBTQ作品として劇場公開されると、コロナ禍にも関わらず大ヒットを記録し、同国で公開されたすべての映画の中で4番目に収益を上げた作品となりました。そして、この映画のメッセージが大きな反響を呼び、国会で同性婚法(家族法修正案)が採択されたのです。
レビューをお届けします。
<あらすじ>
1970年代後半、ソ連占領下のエストニア。役者を夢見る若き二等兵セルゲイは、間もなく兵役を終えようとしていた。ある日、セルゲイと同じ基地にパイロット将校のロマンが配属される。写真という共通の趣味を持つ二人はすぐにひかれ合い恋に落ちるが、当時のソ連では同性愛は法的に固く禁じられており、発覚すれば厳しく処罰される運命にあった。一方、同僚の女性将校ルイーザもロマンに恋心を抱いていた。そんな中、セルゲイとロマンの関係を疑うクズネツォフ大佐は、二人の身辺調査に乗り出す…。





切なくも美しい名作。感情を揺さぶられ、ひたひたと余韻が押し寄せるような映画でした。
人々の心を動かし、国をも動かしたというのも納得です。
おそらく、時代背景やなんかに関する説明があったほうが、この映画をより楽しめると思います。
エストニアはバルト三国のいちばん北に位置する小国で、1940年から1991年までソ連に占領されていました。ロシア帝国とソ連の支配に苦しんだ歴史から、ロシアを警戒し、欧米と協調する政策をとっています。
ソ連は1934年から同性間の性行為を犯罪とする刑法121条を導入し、懲役5年の有罪としています(この映画でも、ゲイだとバレたら強制労働収容所送りだと言うシーンがあります)。ソ連にはKGBという恐ろしい諜報機関があり、エストニアのソ連軍の中にもKGBの諜報員がいて、同性愛行為がないかどうか厳しく見張っていました。
このような状況で、将来は俳優になりたいと願う写真好きのセルゲイが、同じようにカメラを嗜むパイロット将校・ロマンと出会い、二人は写真を通じて仲良くなり、ほどなくしてそれは恋愛関係へと発展します。しかし、軍隊内で目を光らせるクズネツォフ大佐に、二人の関係を疑い、ロマンは身の危険を感じ、セルゲイは兵役を終え、二人は離れ離れに…。セルゲイは見事、モスクワの演劇学校に合格し、新しい生活をスタートさせ、そこで新しい恋を始めることも、しようと思えばできる環境だったのですが、ロマンのことが忘れられず…という純愛物語です。その後の二人の関係がどうなるのかは、ぜひ映画館で確かめてください。
よくある話といえばそうかもしれませんが、セルゲイを演じたトム・プライアー、ロマンを演じたオレグ・ザゴロドニーという俳優たちがとてもリアルに、いい演技を見せてくれますし、映画としてよくできているので、きっとみなさん、自然と引き込まれ、二人の恋の行方を見守り、応援する気持ちになり、涙するのではないかと思います。
『ファイアバード』というタイトルの由来はストラヴィンスキーのバレエ『火の鳥』です。ロマンが将校としての力を使って、セルゲイに『火の鳥』の舞台を見せてあげるシーンがあり、機会が限られた二人のデートのなかでも最もロマンチックなシーンの一つになっています。個人的には、例えばリムスキー=コルサコフの『シェヘラザード』や『ダッタン人の踊り』、チャイコフスキーの三大バレエのほうが音楽的にはロマンチックだったのではないかと思ったのですが、大尉はパイロットであり、「鳥」のイメージを打ち出すことに意味があったのかもしれないなと思いました。
(蛇足かもしれませんが、家に帰ってから、リムスキー=コルサコフやチャイコフスキーは帝政ロシア期に活躍した音楽家であり、ソ連の人たちにとってはよく思われていなかったのかもしれないな、と思い至りました。そこで調べてみたのですが、実は『火の鳥』も1910年作でロシア革命以前の作品であり、うーん…ソ連の人たちにとって『火の鳥』はどのような意味を持つ作品なんだろうと気になり、さらに調べてみたところ、こちらの論文に辿り着きました。曰く、「《火の鳥》は単に民話を忠実にバレエ化したという以上の意味があった」「バレエ・リュスの人々が《火の鳥》を制作した時、彼らに熱狂した西欧の観客がロシアを主題にしたバレエを見たがったという理由以上に、このロシア人たちは(中略)自分達のルーツに根ざした真のロシアをテーマにしたバレエを創りたかった。「《火の鳥》は,彼らのアイデンティティを確立させるための重要な作品になった」「それは「ロシア」を主題にした作品を本物のロシア人が演じる真正なロシアのバレエだった」。なるほど…)
余談かもしれませんが、ソチ五輪のときにロシアの反同性愛法のおかげで欧米主要国の首脳が開会式をボイコットし、のちに五輪憲章に「性的指向による差別の禁止」の文言が入るきっかけになった、あのソチの街が登場します。海を望む雄大な景色が素晴らしい、とても風光明媚なリゾート地で、この時代のソ連のゲイにとって、ソチは憧れのリゾート地だったのかもしれないな…と思うと、ちょっと複雑な気持ちになりました。
どんなに深く愛し合っていても、時代や社会がそれを許さず、二人が引き裂かれてしまったり、切なく、悲しい結末を余儀なくされたりというゲイ映画は、これまでにもたくさんありました。『Firebirdファイアバード』はそうしたこれまでの数多の作品に決して劣らない、むしろ、そうした作品群の中でもかなり上位に入るような名作だと思います。ぜひ映画館でご覧ください。
Firebirdファイアバード
原題:Firebird
2021年/英国・エストニア合作/107分/R18+/監督:ペーテル・レバネ/出演:トム・プライアー、オレグ・ザゴロドニー、ダイアナ・ポザルスカヤほか
2月9日より全国公開
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