REVIEW
リュック・ベッソンがドラァグクイーンのダーク・ヒーローを生み出し、ベネチアで大絶賛された映画『DOGMAN ドッグマン』
リュック・ベッソンの新作はドラァグクイーンを主人公としたヒューマンでダークな大人のファンタジー。片時も目が離せない、手に汗握る展開。エディット・ピアフになりきったショーのシーンも素敵でした
リュック・ベッソンといえば、実在のダイバー、ジャック・マイヨールをモデルにした『グラン・ブルー』(主演のジャン=マルク・バールが本当に素敵でした。映画の主人公に初めて恋したのは彼だったかも)、アンヌ・パリローが政府に雇われる暗殺者を演じた『ニキータ』、大柄なおじさん(ジャン・レノ)と少女(ナタリー・ポートマン)のコンビで一世を風靡した『レオン』、ミラ・ジョヴォヴィッチの出世作でありスペース・オペラのシーンも話題になった『フィフス・エレメント』など、人々の記憶に残るような名作映画を多数、世に送り出してきたヒットメーカーです。ファンの方も多いことでしょう。『フィフス・エレメント』などはちょっとラァグクイーンっぽいテイストでしたが(実際にショーで使ったクイーンさんもいらっしゃいましたが)、今回、ついにリュック・ベッソンがドラァグクイーンを主人公にした映画を世に送り出しました。その新作『DOGMAN ドッグマン』は第80回ベネチア国際映画祭で上映されるや「リュック・ベッソンが完全復活!」と大絶賛の嵐を巻き起こしたそうです。レビューをお届けします。
(後藤純一)
<あらすじ>
ある夜、1台のトラックが警察に止められる。運転席にはマリリン・モンローのような女装をした血だらけの男性がいて、荷台には十数匹の犬が乗せられていた。「ドッグマン」と呼ばれるその男は、自らの半生について語り始める。犬小屋に入れられ、暴力を浴びて育った少年時代。犬たちの存在に救われながら成長していくなかで恋を経験し、世間になじもうとするも、人に裏切られて深く傷ついていく…。
心躍るシーンがあり、アクションも派手で、それでいて美しくもある、実にリュック・ベッソンらしい映画でした。ハードボイルドでエキサイティングで、それでいて人情味があって。
リュック・ベッソンはこの作品で、ドラァグクイーンのダグという新たなダーク・ヒーローを生み出しました。
よく生きてたね…と誰もが思うような壮絶な生い立ちのダグ(『ダークナイト・ライジング』を思い出しました)。車椅子ユーザーというハンディキャップのせいもあってなかなか社会にとけこめず、独り、たくさんの犬たちと心通わせながら生きてきました。そんな彼に救いの手をさしのべてくれたのがドラァグクイーンでした。クイーンたちは自分自身もマイノリティとして人々にバカにされたりつらい思いをしてきたからこそ、車椅子のダグに親切にし、仲間に入れてあげるのです(本当に素敵なシーンです)。以前にもドラァグクイーンがよき隣人であったり(『フローレス』)、親がいなくなった子どもを引き取って育てたり(『チョコレートドーナツ』)という作品がありましたが、『DOGMAN』のドラァグクイーンは、世界に見捨てられようとしていた一人の車椅子の青年にチャンスを与え、立ち直らせ、生きる意味を見出させたヒーローでした。そのシーンだけで、リュック・ベッソンがいかにドラァグクイーン(ゲイ)に対してリスペクトを捧げているかがよくわかります。
余談かもしれませんが、子どもの頃に演劇をやっていたとはいえ、ダグがあんなスゴい才能を持っていたことには驚かされました(そこはファンタジーですね。どんなに肝が座ってて、どんなに才能があっても、初回であんなに完成度の高いショーってできないです、ふつう)
こうしてダグはドラァグクイーンになるのですが、彼はゲイではありません。おそらくバイセクシュアルだと思われます…でも、彼がゲイであろうとストレートだろうと別にかまわないと観客は感じるはず。セクシュアリティのことが全然気にならないくらい、飛び抜けて個性的な(クィアな)キャラクターだからです。(ダグは決して聖人君主ではないので、もしゲイとして描いた場合に彼の犯した罪と同性愛が結びつけられ、ネガティブイメージにつながることをリュック・ベッソンが危惧したのでは…と推測します)
エヴリンという、カウンセリング的にダグの話を聞いていく人が登場します。彼女との心の交流や、「友情」とも言える関係性もこの映画のポイントの一つです。実にリュック・ベッソンらしい、心憎い演出が見られます。
フランスの宝であり誇りであるエディット・ピアフが、この映画を楽しむうえでとても重要です。ご存じない方のために、老婆心ながら、少し解説しましょう。エディット・ピアフは「20世紀最大のシャンソン歌手」と言われ、波乱万丈の人生を送ったことでも知られています。2007年の伝記映画がたいへん話題になりました。2022年には大竹しのぶさんの舞台も上演されています。
UNIVERSAL MUSIC公式サイトのバイオグラフィーにはこう書かれています。「『エディット・ピアフは、まさに偉大というべき存在だった。彼女の真似は誰にもできない。ピアフのような歌い手は、これまでに一人もなかったし、今後も決して現れないだろう』-1963年10月11日、彼女の訃報に接したジャン・コクトーは、このように語りました。そして、そのわずか4時間後、おそらくはショックがもとで発作を起こし、ピアフのあとを追って世を去ってしまいました。こうして世界は、一日のうちに二つの至宝を失ったのでした。20世紀最大の女性シャンソン歌手ピアフの歌声は、世界中で愛聴され、人々の心に深い感動を与えつづけています」
ピアフの代表作といえば『愛の讃歌』と『バラ色の人生』ですが、『群衆』とか、映画『インセプション』などでも使用された『水に流して』という曲も有名です(こちらのblogによると、『水に流して』の元の歌詞「Non, je ne regrette rien」は「いいえ、もういいのよ(未練はないわ)」という意味だそうです)
これも余談かもしれませんが、女装した車椅子のダグが、地元のギャング団の屈強な男たちに対して目にもの見せるシーンは痛快です(ちょっとエッチです)
痛快で楽しい見せ場が随所に盛り込まれています。極上のエンターテイメント作品です。きっとスカッとすることでしょう。
DOGMAN ドッグマン
原題:Dogman
2023年/フランス/114分/PG12/監督:リュック・ベッソン/出演:ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ジョージョー・T・ギッブス、クリストファー・デナム、クレーメンス・シックほか
2024年3月8日より新宿バルト9ほかにてロードショー
INDEX
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