REVIEW
1970年代のブラジルに突如誕生したクィアでキャムプなギャング映画『デビルクイーン』
軍事独裁政権下の1973年のブラジルで突如、ゲイのボス・デビルクイーンが仕切るギャング団のことを描いたクィア映画が製作され、カンヌで上映されたのちにカルト的人気を博し、50年の節目となる2023年に4Kレストア版で生まれ変わり、こうして日本でも上映されることとなりました

軍事独裁政権下の1970年代ブラジルで製作された、ギャング、同性愛者、ドラァグクイーン、娼婦など社会から疎外された人々の姿を強烈なサウンドと極彩色の美術で活写したクィア・ギャング映画です。ブラジルの伝説的俳優ミルトン・ゴンサルベスが狂気とチャーミングさを同居させたデビルクイーンを怪演し、ボサノバ歌手としても活躍した女優オデッチ・ララがキャバレーシンガー役で出演。1974年のカンヌ国際映画祭に出品されて話題を集め、その後もカルト的人気を博しました。製作から50年の節目となる2023年に4Kレストア版が製作されました。
<あらすじ>
ある時はギャングのボスとして組織を恐怖で支配し、またある時はスウィートな女王として愛されるデビルクイーンは、ある日、お気に入りの男性が警察に追われていることを知り、キャバレーシンガーのイザのヒモであるベレコを身代わりにしようとする。しかし、事態は思わぬ方向へと転がっていく…。
まず、これはクィア映画である前にギャング映画なので(あまり生々しくないように配慮はされてますが)殺人や流血、拷問、残虐なシーンがたくさん出てきます。もしバイオレンスが苦手な方は、ご覧にならないほうがよいかもしれません(私も苦手なほうですが、これは大丈夫でした)
そのことを置いておくと、この映画は、ギャング映画の定番である、部下がボスを裏切って自分がのし上がろうと画策する下克上的なストーリーを、「もしギャングのボスがクィアだったら」との想定で実写映画化してみせたという、ありそうでほとんどなかったタイプのクィアでキャムプな映画です。(バイオレンスものが苦手な方はそういう余裕がないかもしれませんが)ボスであるデビルクイーンを裏切っているのは誰なのかを吐かせるためにキャバレーシンガーを拷問する場面などは、デビルの仲間の女装者たちがいちいちキャーっ!と大げさに声を上げるので、凄惨さよりも面白さが際立つ仕掛けになっています。ギャング映画の定石だと渋くてハードボイルで凄惨な印象になるであろう場面のほとんどがクィアでキャムプなテイストに塗り替えられているところがこの映画の魅力であり、カルト的な人気を博した理由だと思います。ギャングのボスが美女に入れあげたり囲ったり娶ったりするのと同じように、デビルクイーンがイケメンを寵愛したり囲ったりするところもゲイ的です。
デビルはギャング団のボスであり、麻薬の密売などいろんな犯罪を冒しているのは確かですが、そのことを置いておけば、社会からはみ出し者扱いされているクィアの仲間たちのために居場所をつくり、自宅に仲間たちを招いて素晴らしく楽しいパーティを開いたりもしている、コミュニティのリーダーでもあります(『POSE』で言うハウスマザーに近い存在じゃないでしょうか)。そして、そんなコミュニティへの貢献ゆえに、クィアの仲間たちから慕われ、感謝され、敬われているデビルクイーンを、「あのオカマをひきずりおろせ」とノンケの部下たちが裏切るわけですから、そこにはただの下克上ではない明確なホモフォビアが描かれています。そこも重要なポイントだと感じます。
『ディヴァイン・ディーヴァ』でも描かれていましたが、1965年〜1974年の軍事独裁政権下のブラジルでは、女装して外に出ているだけで警察に逮捕されるような、恐ろしく厳しい社会でした。そのような時代にはギャングもクィアも娼婦もみんな社会のはみ出し者であり、だからこそデビルクイーンのような人がいてもおかしくなかったのかもしれません(デビルクイーンがどのようにしてギャング団のボスに成り上がったのかは描かれていません。とても気になるのですが…)
細かいことを言えば、たしかにゲイに対する偏見やステレオタイプも随所に感じられます(みんなお化粧してたり女装してたり)。そもそもこれは当事者が作った映画ではなく、ノンケの観客を前提とした映画なのでしょう(男どうしのキスやセックスのシーンが描かれない一方、男女のセックスのシーンはある、という点からもそう思います)。しかし、50年も前にブラジルでこのような映画が作られたことはオドロキですし、やはりスゴいと思います。例えばアメリカの『真夜中のパーティー』は1970年、フランスの『ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ』は1976年ですが、軍事独裁政権下でゲイ解放運動なども全く進んでいなかったであろうブラジルでこのような映画が作られたというのは奇跡に近いのではないでしょうか。
ブラジルのクィア映画といえば(米国との合作ですが)1985年の『蜘蛛女のキス』が初だと長い間思っていましたが、今回、このような映画があったことを知って、とても興味深いアップデートができたと思いました。
(文:後藤純一)
デビルクイーン
原題:A Rainha Diaba
1973年/ブラジル/100分/監督:アントニオ・カルロス・ダ・フォントウラ/出演:ミルトン・ゴンサルベス、オデッチ・ララ、ステパン・ネルセシアン、ネルソン・シャビエル
シアター・イメージフォーラムなどで上映中
INDEX
- アート展レポート:『Home Pleasure|居家娛樂』 MANBO KEY SOLO EXHIBITION
- アート展レポート:Queer Art Exhibition 2025
- アート展レポート:THE ART OF JIRAIYA-ARTWORKS1998-2025 児雷也の世界展
- “はみだし者”を描くまなざしの優しさが胸を打つフランソワ・オゾンの最新作『秋が来るとき』
- すべての輝けないLGBTQに贈るホロ苦青春漫画の名作『佐々田は友達』
- アート展レポート:ノー・バウンダリーズ
- 御涙頂戴でもなく世間に媚びてもいない新世代のトランスコミック爆誕!『となりのとらんす少女ちゃん』
- アメリカ人とミックスルーツの若者のアイデンティティ探しや孤独感、そしてロマンスを描いた本格長編映画『Aichaku(愛着)』
- 米国の保守的な州で闘い、コミュニティから愛されるトランス女性議員を追った短編ドキュメンタリー『議席番号31』
- エキゾチックで衝撃的なイケオジと美青年のラブロマンス映画『クィア QUEER』
- アート展レポート:浦丸真太郎 個展「受粉」
- ドリアン・ロロブリジーダさんがゲスト出演したドラマ『人事の人見』第4話
- 『グレイテスト・ショーマン』の“ひげのマダム”のモデルとなった実在の女性を描いた映画『ロザリー』
- アート展レポート:藤元敬二写真展「equals zero」
- 長年劇場未公開だったグレッグ・アラキの『ミステリアス・スキン』がついに公開!
- アート展レポート:MORIUO EXHIBITION「Loneliness and Joy」
- 同性へのあけすけな欲望と、性愛が命を救う様を描いた映画『ミゼリコルディア』
- アート展レポート:CAMP
- アート展レポート:能村 solo exhibition「Melancholic City」
- 今までになかったゲイのクライム・スリラー映画『FEMME フェム』
SCHEDULE
記事はありません。