REVIEW
韓国から届いた、ひたひたと感動が押し寄せる名作ゲイ映画『あの時、愛を伝えられなかった僕の、3つの“もしも”の世界。』
高校時代に好きだった人に思いを伝えられなかったことの後悔を抱えるゲイの主人公が、過去に別の選択をした場合の3つの人生を生きる姿を描いたパラレルワールド映画なのですが、とても心に沁みる、ひたひたと感動が押し寄せる名作でした

韓国の大邱(テグ)という街を舞台に、二人の男子高校生が友情を育み、そして主人公は彼に恋をするのですが、ある事件が起こったせいで、二人は離れ離れに…彼にきちんと思いを伝えられなかったことの後悔を抱えたまま大人になった主人公が、「あの時、こうしていれば」という別の選択をした場合の3つの人生を生きる姿を描いたパラレルワールド映画です。
テアトルシネマグループの公式サイトではこのように紹介されています。
「憧れの彼との別れから25年。
想いを告げられなかった青年は、今も愛を探している─。
第11回ソウル国際プライド映画祭オープニング作品として上映され韓国で話題を呼んだ、パラレルワールド映画」
ソウル国際プライド映画祭は2011年に設立された韓国最大規模のLGBTQ映画祭です。韓国クィア映画祭やクィアパレードを含む夏のソウルクィアカルチャーフェスティバルとは別に、毎年秋に約1週間にわたって開催されるもので、国内外の数十本の作品が上映される、かなり大きな映画祭のようです。今年はAsia Pacific Queer Film Festival Alliance(2014年に台湾で始まったアジア太平洋地域の13の国の映画祭主催団体のネットワーク)をホストするそうです。
『あの時、愛を伝えられなかった僕の、3つの“もしも”の世界。』は2021年の第11回ソウル国際プライド映画祭でオープニング作品として上映された作品で、それは韓国のLGBTQコミュニティがこの作品をコミュニティにとって意義のある名作だと感じていたことを物語っています。
主人公ドンジュンをテレビドラマ『パンドラ 小さな神の子供たち』のシム・ヒソプ、高校時代を『このろくでもない世界で』のホン・サビンが演じています。『僕と春の日の約束』のペク・スンビンが監督・脚本を手がけました。
ORICONの記事「「もしも――を想像することで、人はもっと愛をもって生きられる」 韓国映画『あの時、愛を伝えられなかった僕の、3つの“もしも”の世界。』公開」によると、ペク・スンビン監督はソウル国際プライド映画祭でプレミア上映された際、これは「後悔と悔恨の映画であり、パラレルワールドのもうひとりの自分の物語から生まれる温かな共感の映画」だと語っています。
「主人公ドンジュンは、当時の自分の姿が嫌で、いつも違う自分を夢見ていた10代の少年。別の宇宙にもう一人の自分がいて、自分を支えてくれた友人がいる。そんな時、その友人に大きな出来事が起こり、助けられなかった後悔が、それぞれ異なる運命を生みます。映画ではその運命を3つのパラレルワールドとして描きます。後悔をどうにかして正そうとするひとりの物語であり、若い頃にはできなかったことを、年を重ねてからやっとその友人のためにする物語でもあります。最終的に、自分の後悔の底にいるのは“あの人”であり、この長い旅の終わりは、“あの人”に会うための旅路でもあるのです」
「映画を観たあと、自分が別の選択をしたらどんな人生だったかを考えてみてほしい。その想像が、これからをもっと懸命に、そして愛をもって生きられるきっかけになると思うからです。観客のみなさんにも、それを感じてもらえたらうれしいです」
<あらすじ>
1995年、テグ。不仲な両親や学校でのイジメにストレスをつのらせていた少年ドンジュンは、知的で大人びてカリスマ性もある男友だち・カンヒャンに恋をする。しかし穏やかな日々は思いがけない事件で終わりを迎え、カンヒャンはテグを去ってしまう。それから25年後。カンヒャンに思いを伝えられなかった後悔を抱えたまま大人になったドンジュンは、「もしあの時、別の選択をしていたら?」と考える。テグで高校教師になる人生、ソウルで英文学の教授になる人生、プサンの塾で英語を教える人生。3つの異なる2020年秋を生きるドンジュンは、足りない何かを探し続け、やがて本当の自分を見いだしていくのだった…。





ゲイを描いたパラレルワールド映画といえばエブエブのようなド派手なSF作品を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、この映画は全くそうではありませんでした。むしろ『ユンヒへ』とか『詩人の恋』のような、詩情豊かで心洗われる、文芸作品の薫りも感じられるような、ひたひたと感動が押し寄せるような珠玉の名作でした。
大邱(テグ)という街は保守的で、クィアパレードに対するいやがらせはソウル以上に激しいそうです(それでもめげずにずっとパレードが続けられてきています。敬意を表します)。そんなテグの街で出会ったドンジュンとカンヒャンは、(ちょうど『夜間飛行』のヨンジュとハン・ギウンのように)いじめられっ子な主人公と、そんな彼をかばって仲良くしてくれる男の子という関係です。カンヒャンは野球もやるし、ドンジュンと違って男の子っぽい男の子です。でも、カナダ生まれで、あちこち引っ越していて、父親が家にいなくて、やはり他の男の子と違う面を持っています。ジャズのレコードを聴いたり、英語の本を読んだりしている、そういうところにドンジュンは惹かれるんですよね。東北で80年代に思春期を過ごした人としては、テグの街の寒そうな空気感も相まって、我が事のように…自分自身の過去のいろいろを思い出し、シンクロするものを感じました。
大人になってからのドンジュンは、『ムーンライト』のシャロンほどのタフガイではないですが、テグ/ソウル/プサンの街で仕事を得て、社会にとけこみ、いっぱしの大人として暮らしています。(ここがこの映画のゲイ的な見どころですが)それぞれのドンジュンがちゃんとゲイとして生きていたところがよかったです。ただ、あの過去の運命の分かれ道ゆえの結果でもあるのですが、テグのような保守的な街ではカミングアウトが難しく、いじめられてきた過去も影響して、本当に辛そうで、一方、ソウルのドンジュンはもっとのびのび、オープンにしてて、恋の芽生えもあり(相手の人、とても素敵でした。ドンジュンが惹かれるのも納得)、というふうに同じゲイでもそのありようは結構違っていました。3つめのプサンのドンジュンは…これは結末にも関わるのであまり書かないでおきます。
テグであろうとソウルであろうと、韓国だろうと日本だろうと(北朝鮮はちょっとわかりませんが)ゲイに生まれた以上は、どんな環境であっても(死刑にされるような国でない限り)ゲイとして生きていくものだし、性的指向は変えられないのだ、ということをこんなに雄弁に物語る映画ってなかなかないと思います。
高校時代のあの日、不幸にも離れ離れになってしまった二人がその後どうなるのかというメインストーリーとは別に、家族についてのストーリーも3つに共通して描かれています(それもそれぞれ微妙に異なっています)。ドンジュンもカンヒャンも、父親が不在というか、よそに女をつくって出て行ったりというひどい人で、残された家族みんなが苦しい思いをしています。そんななかでも、新たな家族(レインボーファミリー)の可能性が描かれていたりするところは、ほっこりさせられますし、ゲイだからといって生涯孤独で寂しい人生を送るわけじゃないんだよ、いろんな家族のカタチがありうるんだよ、というメッセージが感じられました。
カンヒャンの家の壁にアンドリュー・ワイエスの『クリスティーナの世界』が掛けられていました。おそらくカンヒャンのお母さんが飾ったのでしょう。身勝手で家族を顧みない夫(カンヒャンの父)に苦しめられた彼女の心象風景を象徴しているかのようでした。
『Cheer UP』や『詩人の恋』などもそうですが、韓国の映画やドラマって絵画や詩、音楽に触れることが多いですよね。芸術への造詣の深さが感じられます。きっとお国柄というか、そういう文化なのだと思います(素敵です)。そういう国だからこそ世界に通用する音楽のムーブメントを生み出せたのかもしれません。
人は誰しも多かれ少なかれ、あの時、もっとこういうふうにしていたら、未来は変わっていたのではないか、という後悔を抱えながら生きていると思います(私なんて後悔だらけです)。カンヒャンの愛読書にも表れているように、人はもっと一瞬一瞬を大切に生きたほうがよいのでしょう。でも、失敗したらおしまいというわけではなく、遠回りはするかもしれないけれども、きっといつか思いは形になる、とこの映画は伝えてくれています。思い(愛)が純粋であれば、きっとそれは実現するのです。どんなパラレルワールドであっても、世界はきっとそうなっていると信じられます。
ちなみに原題の『So Long, See You Tomorrow』は、ウィリアム・マクスウェルによる同名の小説(1979)に由来しています(劇中にも登場します)。これがどんな小説なのかわからなかったので(たぶんわかってるほうが映画を楽しめると思うので)調べてみました。著者の故郷であるイリノイ州の街で1922年に殺人事件がありました。その50年後、罪悪感に苛まれた語り手(著者?)が、ロイド・ウィルソンの殺人とクラランス・スミスの自殺を引き起こしたスミス家とウィリアムズ家の関係について語るという体裁です。語り手は、彼が、殺人を犯したクラランス・スミスの息子であり学校での仲の良い友達だったクリータスを助けてあげることができなかったという後悔も告白しています。このプロットを踏まえて映画を観ると、この本がドンジュンとカンヒャンとのことにどう関わるのか、よりよく理解できると思います。
(後藤純一)
あの時、愛を伝えられなかった僕の、3つの“もしも”の世界。
原題または英題:So Long, See You Tomorrow
2023年/韓国/144分/G/配給:日活、KDDI/監督:ペク・スンビン/出演:シム・ヒソプ、ホン・サビン、シン・ジュヒョプ、ソン・チャンウィほか
2025年10月31日よりシネ・リーブル池袋ほか全国順次公開
INDEX
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