REVIEW
異国情緒あふれる街で人と人とが心通わせる様にしみじみと感動させられる名作映画『CROSSING 心の交差点』
トランス女性である姪を探してイスタンブールへ向かう中年女性と若い男の子が次第に心を通わせていく様や現地の生き生きとしたトランスコミュニティの姿を描き出した心温まるロードムービーです

第74回ベルリン国際映画祭でテディ賞審査員特別賞を受賞した作品です(※テディ賞はベルリン国際映画祭で最優秀クィア映画に贈られる賞です)。ジョージアのトランスジェンダーの少女と、彼女を支え続けた祖父との実話に着想を得、綿密なリサーチを重ねて、イスタンブールのトランスコミュニティを描き出したヒューマンドラマ作品。『ダンサー そして私たちは踊った』のレヴァン・アキンが監督を務めています。エヴリム役を実際にトランス女性であるデニズ・ドゥマンリが務め、現地のクィアコミュニティからスタッフを迎え入れて製作されました。
<あらすじ>
ジョージアに暮らす元教師のリアは、行方不明になったトランスジェンダーの姪、テクラを探すため、テクラを知るという青年アチとともに、トルコ・イスタンブールへと旅立つ。しかし行方をくらませたテクラを見つけ出すのは想像以上に困難だった。やがてリアは、トランスジェンダーの権利のために闘う弁護士、エヴリムと出会い、彼女の助けを借りることに。なぜテクラはジョージアを離れたのか。東西の文化が溶け合うイスタンブールを舞台に、テクラを探す旅を通して、リア、アチ、エヴリム、3人の心の距離が、少しずつ近づいていく。
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冒頭、「ジョージア語とトルコ語は性差のない言葉である」という文言が映し出されます。そのことがこの作品にとってどんな意味を持つのか?ということは、観客一人ひとりに委ねられていると思います。なかなか深いです。
ジョージア(旧グルジア)という異国の地の海辺にある家のシーンから始まるのですが、息子たちが上裸で家の中をうろつき、母親が子どもにおっぱいをやっているのを不機嫌な父が「別の部屋でやれ」と怒鳴る、家父長制的で男尊女卑でこの家(この国)ではクィアはとてもじゃないけど暮らしていけないだろうなと想像させるような描写でした。リア先生はこの辺りに姪のテクラが住んでいたという話を聞いて尋ねて来て、それでテクラのイスタンブールでの住所を知っているという末っ子のアチと共にイスタンブールに向かうことになったのです。たぶんこの海辺の家はバトゥミというトルコとの国境に近い街にあり、二人は車で国境に向かい、そこからバスで約600km先のイスタンブールを目指します。
学校の先生をしていたリアは、チンピラ…とまではいかないけれどもちょっとチャラくて素行の悪そうなアチと道中を共にするのは気が進まず、あれこれ注意したりします。しかし、トルコ語が全くわからないリアの代わりにアチが通訳してくれたり、一緒にいることでの安心感もあり、次第に親子のような不思議な絆が生まれていきます。といった「心遣いの交差」がこの映画のテーマであり、それは、なかなかテクラの消息がつかめず、迷宮入りの様相を呈し、リアが途方に暮れてしまってから、現地のトランスコミュニティの人たちの親切さ・あたたかさが際立ってくる段になって、最も鮮やかになります。
人は誰しも長所や短所があり、時には失敗もするし、のぼせあがったり、傲慢になったりもする、けれども、そんな自分に救いの手を差し伸べてくれたのは社会的地位や力がありそうな人ではなく、自分がまさに見下していた人たちだったりするという世の中の真実が、まざまざと描かれます。
イスタンブールにあのようなトランスジェンダーのコミュニティがあることやエヴリムという素晴らしい人の存在を知ることができただけでも、この映画を観てよかったと思えます。
以前『ダンサー そして私たちは踊った』を観て、ジョージア社会でゲイが生きていくことの困難を思い知ったのですが、ジョージアはその後さらにロシアのようなアンチLGBTQ法を制定して抑圧を強めているわけで、テクラのようなトランスジェンダーが国を出てイスタンブールに向かうというのは、とても納得がいきます(トルコはイスラム主要国の中でほぼ唯一、政教分離が実現している世俗国家であり、イスタンブールは特に、さまざまな人たちが行き交う国際都市であり、クィアが生きていくことを可能にしている街なのです)。そのようにしてクィアたちがいろんな土地から集まってきてコミュニティをつくり、互いに支え合って生きている姿には、少なからず感動しましたし、希望が感じられました。
いろんな人間模様が交差し、しみじみとした情感が味わえます。リアという性的にはマジョリティな人が、トルコに来たら「異邦人」であり、いろいろ大変な思いをする(クィアに助けられる)様は、立場や場所が違えば人はマジョリティにもマイノリティにもなるという真実を伝えています。結局、生きていくうえで大切なのはお金とか地位とかじゃなく、縁や絆、出会い、礼儀正しい振る舞いや真摯さ、信頼だということ。そういう意味で旅はいろんなことを教えてくれるし、人生自体が旅のようなものなのかもしれない、と思ったりもしました。
黒海に沿っての旅路や、イスタンブールの美しい街の様子なども旅行気分で堪能できます。トルコに詳しい方は、あ、今映ってるのは(かつてプライドパレードも開催されていた)イスティクラル通りだ、とか、ブルーモスクだ、とわかるのではないでしょうか。
音楽もとても印象的です。
良質な映画を観ながら異国に旅をしたような気分も味わいたいという方、イスタンブールの街に興味があるとかトルコの男性に惹かれるという方にもオススメします。
CROSSING 心の交差点
原題または英題:Crossing
2024年/スウェーデン・デンマーク・フランス・トルコ・ジョージア合作/106分/監督:レヴァン・アキン/出演:ムジア・アラブリ、ルーカス・カンカバ、デニズ・ドゥマンリほか
1月9日よりBunkamura ル・シネマ 渋谷宮下、アップリンク吉祥寺ほかで全国公開
INDEX
- 映画『クリッシー・ジュディ』(レインボー・リール東京2023)
- 映画『孔雀』(レインボー・リール東京2023)
- クィアな若者がコスメ会社で働きながら人生を切り開いていくコメディドラマ『グラマラス』
- 愛という生地に美という金糸で刺繍を施したような、「心の名画」という抽斗に大切にしまっておきたい宝物のような映画『青いカフタンの仕立て屋』
- “怪物”として描かれてきたわたしたちの物語を痛快に書き換える傑作アニメーション映画『ニモーナ』
- 映画『怪物』レビュー
- 恋に翻弄されるゲイの愚かで滑稽で愛すべき姿態をオゾン流にキャムプに描いた大傑作メロドラマ『苦い涙』
- ドリアン・ロロブリジーダさん主演の素敵な短編映画『ストレンジ』
- クラシックの世界のリアルを描いた登場人物がクィアだらけの映画『TAR/ター』
- 僕らはこんな漫画をずっと読みたかったんだ…田亀源五郎『魚と水』単行本
- PrEPについて楽しく学べるポップでセクシーな映画『The PrEP Project』
- ゲイカップルが世界の運命を決める――M.ナイト・シャマランの最新作『ノック 終末の訪問者』
- レポート:『OUT IN JAPAN 2023 Spring 写真展 by LESLIE KEE』『アキラ・ザ・ハスラー 「Here’s Your Playground」』
- 高校生のひと夏の恋と成長を描いた青春ドラマにして最高のクィア・コメディ映画『あの夏のアダム』
- 中国で男娼として生きる主人公やその周囲の若者たちの群像をせつなく美しく描いた映画『マネーボーイズ』
- 50代以上のゲイの方たちの食事会の様子を通じて人生を映し出した映画『変わるまで、生きる』
- これまで見捨てられがちだった人々をも包み込んで慈しむような素晴らしいゲイ映画『老ナルキソス』
- 驚くべき魂を持った人間の崇高な最期を描いた映画『ザ・ホエール』
- ゲイと女性2人の美大同級生たちの人生模様を料理とともに描くドラマ『かしましめし』
- ゲイである父、娘たち、元彼の人間模様を描き、人間の「尊厳」や「愛」を問う映画『すべてうまくいきますように』
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