REVIEW
ロシアの強大なマチズモに立ち向かう孤高のドラァグ・アーティストの姿を映し出した映画『クイーンダム/誕生』
マチズモ(男権主義)が蔓延し、LGBTQを弾圧するだけでなく戦争まで起こしてしまうロシアという国に怒り、絶望に抗いながらドラァグ・パフォーマンスで闘う孤高のクイーン、ジェナ・マービンの姿を映し出した映画『クイーンダム/誕生』。世界中で圧倒的な賞賛を集めるこの作品がついに日本で公開されました。初日のジェナ・マービンのトークイベントのレポートとともにレビューをお届けします

LGBTQ+への弾圧が激しさを増すロシアで、逮捕、嫌がらせ、社会からの排除——全てを背負い、恐怖と絶望に抗う孤高のクイーン、ジェナ・マービンの姿を追ったドキュメンタリー映画『クイーンダム/誕生』。映画批評サイト「Rotten Tomatoes」で批評家支持率100%という驚異的なスコアを記録し、「息を呑むほど美しい」「途方もない勇気の作品」「痛烈で生々しい」「最高のドキュメンタリー」と圧倒的な賞賛を集めています。監督のアグニア・ガルダノヴァはロシア各地のドラァグクイーンたちを追う映画を撮ろうとして、初めの頃にジェナと出会い、その類まれな芸術性と、ロシアの抑圧的な社会にあって真の自分を貫き通す勇気に深く心を動かされ、ジェナだけを追ったドキュメンタリーを製作することにしたんだそう。プロデューサーは『チェチェンへようこそ ―ゲイの粛清―』の共同プロデューサーを務めたイゴール・ミャコチンです。
<概要>
モスクワから約1万キロ離れた極寒の田舎町マガダンで祖父母に育てられた21歳のジェナ・マービンは、幼い頃から自身がクィアであることを認識しており、保守的な町で暴力や差別の標的にされてきた。その痛みやトラウマをアートへと昇華させたジェナの芸術性はSNSで支持を集め、またたく間に脚光を浴びる。ジェナは過激で独特な衣装をまとい、無言のパフォーマンスを通して、ウクライナ侵攻への反対や、LGBTQ+の活動を禁止する法律と政治、社会に対する反抗的な姿勢を示す。ロシアでは命を危険にさらす行為だが、それでもジェナは自らの存在をかけて抗議を続け、社会の無関心と差別に一石を投じる――。





ドラァグクイーン=「クラブの華」「夜の生き物」といった社会通念をひっくり返し、雪と氷に覆われた荒涼とした大地を、ジェナ・マービンは10cm超えのヒールを履いて、転びそうになりながら、祖母に支えられながらなんとか歩き、湖のふもとに降り立ち、インスタ用の写真を撮るという冒頭のシーンでガツンとヤラれました。眠気が一気に吹き飛びました。
「女装」や「メイク」の概念を超えた斬新で革新的なドラァグクイーンという意味では「ロシアのリー・バウリー」と言っても過言ではないと思います(リー・バウリーについてはこちらをご覧ください)。でも、マガダンというオホーツク海に面した極寒の小さな(当然クラブとかもない)町に暮らすジェナのドラァグは、スマホの向こう側の観客にしか届かない、虚しくも孤独な作業でした。自身もノンバイナリーであると語っているジェナは、イベントの時に華やかな格好を披露して人々を楽しませるタイプのドラァグではなく、本当の自分の姿としてふだんからその格好で生活していました(結果、スーパーから追い出されたり、殴られたり…)。「存在すること自体が政治的」ということを、このうえなく雄弁に物語っていました。自分らしくあろうとすれば物議を醸してしまうのです。(『津軽海峡冬景色』をテーマに青森でドラァグしたバビ江さんを思い出しましたが、逆に日本はなんて平和なんだろうと思いました)
鮮やかな白、青、赤(ロシアの国旗の配色)のドラァグで抗議活動に参加したり、ウクライナ侵攻への抗議として全身鉄条網をぐるぐる巻きにしたり。ジェナ・マービンのドラァグは自分らしさの表現であると同時に、社会への異議申し立てであり、傷つき、絶望しそうな自身の心の叫び、血の涙でした。
「薄氷を踏む」という言葉がありますが、ジェナ・マービンは確信犯的にヒールで薄氷を割ってしまうような、最もドラァグがふさわしくない場所でパフォーマンスすることを選ぶ孤高のクイーン、まさに極北のドラァグ・アーティストです。
ロシアという国の、ニュースで片鱗は窺えるけれどもあまり映像では見たことがない「ここでは生きていけない」感が、本当にリアルかつシビアに伝わってきて、衝撃を受けました。道行く人に「おかま」と罵られたり、全然関係ない知らない男や女に罵られたり殴られたり、警察に「帰れ」と言われたり、逮捕されたり…。
社会の隅々にまで男権主義(男尊女卑、アンチLGBTQというだけでなく、強権的・好戦的ということ)が浸透し、愛する家族にさえ「男らしくできないのか」「普通にできないのか」「何のためにそんな格好をしているのか」と言われる絶望。この国で生きていくためには“ふつうの男”を演じなければならず、徴兵が始まったら戦地に行って罪のない人たちの殺戮に加担しなくてはいけない。クィアであることが許されない社会である以前に、人間としての尊厳を奪われる社会です。
このロシアの状況がどこか遠い国のことではなく、(今度の選挙の結果次第では)未来の日本の姿ではないのか、と戦慄した観客も多かったのではないでしょうか。
上映が終わった後、観客席から自然と拍手が起こりました。クィア映画祭以外でこういうことって滅多にないです。それくらい、観客に強いインパクトや感動を与えたのです。
闘うドラァグクイーンといえばストーンウォールの英雄(世界的なゲイ解放運動の始祖)でありながら(おそらく何者かに殺され)水死体で発見されたマーシャ・P・ジョンソンを思い出しますが、21世紀の今、ロシアというアンチLGBTQの強権国家で弾圧を受けるドラァグクイーンが、その素晴らしいパフォーマンスによって少しだけ世界を(未来を)変え、また、この映画によって世界に知られることとなったのは、他の多くの「クィアが生きていけない国」に暮らす人たちを勇気づけ、生きる希望を与えたと思います(もっとも、そういう国の多くではこの映画は上映されてないのでは…とも思いますが…)。日本でこの映画が上映されたことに感謝します。近い将来、絶望的な状況に陥るかもしれないけれども、もしそうなった時、自分はどうしたらいいのだろう…という漠然とした不安を抱えるみなさん、ぜひこの映画をご覧になってください。
舞台挨拶・トークイベント
1月30日夜のシネマート新宿での上映では、主人公のジェナ・マービンと、プロデューサーを務めたイゴール・ミャコチンが来日・登壇してのトークイベントが行なわれました。まず驚いたのは、ジェナの背の高さです。セレスティア・グロウンさんよりも高身長のクイーンがこの世にいたのか、と思いました。ウィッグなしで優に2mを超えていました。司会は、映画公開に先駆けAiSOTOPE LOUNGEで前夜祭イベントを共催したアーティストデュオMES(昨年、ロシアの政治犯についての展覧会「鉄格子の向こう」を開催)の谷川果菜絵さん+新井健さんが務めました。ロシア語の通訳の方も大変そうでしたけれども、約30分にわたるトークイベントの模様を抜粋でお伝えします。
お二人は今日が初めての舞台挨拶だそうですね、と振られたイゴールは「今日がアジア初公開です。感謝してます」と、ジェナは「エキサイトしてます。昨日楽しみました。ありがとう。大好きです」とうれしそうに語りました。
お二人の出会いや監督さんとの出会いについて説明されたあと、司会の谷川さんが「お二人はこの映画とともに世界を回っています。戦争やなんかに妨害されて思うように移動できない場合もあるけれども、映画は世界を旅できますね」と話し、ジェナは「2023年末から映画と共に旅行しています。スペインで話したときは、うれしい言葉をいただきました。賞もいただいた。ロシアでは孤立していたけれども、世界中旅して、こうして東京にも来れて感動しています」と語りました。
それから、イゴールが『チェチェンへようこそ ―ゲイの粛清』のプロデュースを務めていたことにも触れて、ロシアのLGBTQを取り巻く状況のことや、そのような状況で今作のような映画がどういう役割を果たしているのかという、とても大切なことがテーマになりました。イゴールは「チェチェンでは若いクィアの人たちが殺されていた。この3年で状況は劇的に悪くなっています。テロリストと同じ扱いです。レインボーフラッグを掲げただけで逮捕されます。家族を失ったり、国を出る人もいます。活動は継続しているのですが。この『クイーンダム/誕生』という映画は、LGBTQに安心感や、自分を大切にしながら生きることができるという希望を与えたかった。根絶など決してできないということです」と語りました。
司会の方は、日本でも同性婚が認められず、トランスジェンダーが法的に自分の望む性別になることへのハードルが高いという現状にも触れてくれました。そして最後に、ジェナから一言、ということになりました。ジェナはこう語りました。「ウクライナ侵攻の影響もあり、フランスに亡命を申請した。取調べもあった。ある女性が助けてくれた。『あなたは何があっても発信してください、ロシアで何が起きているか』と言ってくれた。家族や友達が感じてきた痛みを、愛とは何かという大事なことを発信していきます。You never enough. これで十分だってことはない。人は成長し続けます。心の声に従って生きることです」
クイーンダム/誕生
原題または英題:Queendom
2023年/フランス・アメリカ合作/91分/監督:アグニア・ガルダノヴァ/出演:ジェナ・マービン
INDEX
- ミュージシャンとしてもゲイとしても偉大だったジョージ・マイケルが生前最後に手がけたドキュメンタリー映画『ジョージ・マイケル:フリーダム <アンカット完全版>』
- プライド月間にふさわしい名作! 笑いあり感動ありのドラァグクイーン演劇『リプシンカ』
- ゲイクラブのシーンでまさかの号泣…ゲイのアフガニスタン難民を描いた映画『FLEE フリー』
- 男二人のロマンス“未満”を美味しく描いた田亀さんの読切グルメ漫画『魚と水』
- LGBTQの高校生のリアリティや喜びを描いた記念碑的な名作ドラマ『HEARTSTOPPER ハートストッパー』
- LGBTQユースの実体験をもとに野原くろさんが描き下した胸キュン青春漫画とリアルなエッセイ『トビタテ!LGBTQ+ 6人のハイスクール・ストーリー』
- 台湾での同性婚実現への道のりを詳細に総覧し、日本でも必ず実現できるはずと確信させてくれる唯一無二の名著『台湾同性婚法の誕生: アジアLGBTQ+燈台への歴程』
- 地下鉄で捨てられていた赤ちゃんを見つけ、家族として迎え入れることを決意したゲイカップルの実話を描いた絵本『ぼくらのサブウェイベイビー』
- 永易さんがLGBTQの様々なトピックを網羅的に綴った事典的な本『「LGBT」ヒストリー そうだったのか、現代日本の性的マイノリティー』
- Netflixで今月いっぱい観ることができる貴重なインドのゲイ映画:週末の数日間を描いたロマンチックな恋愛映画『ラ(ブ)』
- トランスジェンダーのリアルを描いた舞台『イッショウガイ』の記録映像が期間限定公開
- 宮沢賢治の保阪嘉内への思いをテーマにしたパフォーマンス公演「OM-2×柴田恵美×bug-depayse『椅子に座る』-Mの心象スケッチ-」
- 絶望の淵に立たされた同性愛者たちを何とか救おうと奮闘する支援者たちの姿に胸が熱くなる映画『チェチェンへようこそ ―ゲイの粛清―』
- スピルバーグ監督が世紀の名作をリメイク、新たにトランスジェンダーのキャラクターも加わったミュージカル映画『ウエスト・サイド・ストーリー』
- 同性愛者を含む4人の女性たちの恋愛やセックスを描いたドラマ『30までにとうるさくて』
- イケメンアメフト選手のゲイライフを応援する番組『コルトン・アンダーウッドのカミングアウト』
- 結婚もできない、子どももできないなかで、それでも愛を貫こうとする二人の姿を描いたクィアムービー『フタリノセカイ』
- 家族のあたたかさのおかげで過去に引き裂かれた二人が国境を越えて再会し、再生する様を描いた叙情的な作品――映画『ユンヒへ』
- 70年代のゲイクラブ放火事件に基づき、イマの若いゲイと過去のゲイたちとの愛や友情を描いた名作ミュージカル『The View Upstairs-君が見た、あの日-』
- 何食べにオマージュを捧げつつ、よりゲイのリアルを追求した素敵な漫画『ふたりでおかしな休日を』
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