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REVIEW

ため息が出るほど芸術的――人類の文化遺産と言っても過言ではない、ゲイの天才振付家の偉業を描ききった名作映画『ジョン・クランコ バレエの革命児』

ゲイであるがゆえに祖国を追われ、ドイツの地方のカンパニーに流れ着いた天才振付家が、その団を世界最高峰に押し上げるという史実に基づいた、ため息が出るほど美しく、芸術的なバレエ映画の傑作でした

ゲイの天才振付家の偉業を描ききったバレエ映画の傑作『ジョン・クランコ バレエの革命児』

 英国で振付家として名を成したのち、同性間性行為によって国を追われる身となり、1960年代にドイツに渡り、地方都市の小さなカンパニーだったシュトゥットガルト・バレエ団を短期間で世界トップレベルに引き上げた天才振付家、ジョン・クランコ。生涯で90作を超えるバレエを作り、代表作にしてドラマティック・バレエの最高傑作との呼び声も高い『オネーギン』は今日でも各国で上演され続けています。その『オネーギン』や斬新な振付で喝采を浴びた『ロミオとジュリエット』の誕生秘話だけでなく、45歳の若さで非業の死を遂げた彼の素顔を、現役の花形ダンサーたちによる圧巻のダンスシーンで彩りながら描き出した、ロマンチックでドラマチックな作品です(ドキュメンタリーではなく、伝記映画です)。撮影は本拠地であるシュトゥットガルト州立歌劇場で行われ、シュトゥットガルト・バレエ団が全面協力。クランコ役を『マレフィセント』のサム・ライリーが演じるほか、シュトゥットガルト・バレエ団からフリーデマン・フォーゲル、エリサ・バデネス、ジェイソン・レイリー、ロシオ・アレマン、ヘンリック・エリクソンが出演。監督・脚本を、長年同バレエ団を取材してきたヨアヒム・A・ラングが務め、1960年代の美術や衣裳も再現。音楽をシュトゥットガルト州立管弦楽団が担当しています。

<あらすじ>
英国で活躍する新進気鋭の振付家ジョン・クランコは、警察のおとり捜査により同性間性行為の罪で起訴される。1960年、ロンドンを追われた彼は、伝手を頼ってドイツに渡り、シュツットガルト・バレエ団で客演することになる。偏見なく自分を受け入れてくれる同バレエ団に居場所を見つけた彼は翌61年に芸術監督に就任し、自由な発想で美と情熱を表現する作品とカンパニーを作り上げていく。1969年、バレエ団はニューヨークのメトロポリタン歌劇場に招かれ、一夜にして世界の頂点へと駆け上がる。









 ため息が出るほど美しく、芸術というものの真髄を余すところなく描ききった映画でした。
 『ボヘミアン・ラプソディ』や『ロケットマン』が伝説的な世界的スターとして愛されるバイセクシュアル男性のミュージシャンの生涯を臨場感あふれるライブシーンなどを交えて再現した感動の音楽映画だとすれば、『ジョン・クランコ バレエの革命児』はそのバレエ版とも言うべき作品だと思いました。クランコがどのように天賦の才を発揮し、人々の称賛を集め、成功していったかというメインのストーリーの中に、彼の作品である舞台のシーンがふんだんに盛り込まれ、観客をうっとりさせるとともに、私生活や素顔の部分も包み隠さずリアルに描かれていました。

 ジョン・クランコがバレエの歴史においてどれだけ斬新で革命的な振付(演出)を行なった偉人であり素晴らしい芸術家であったかということは、例えば日本舞台芸術協会のページなどにも記されている通りですが、このページで一言も「ゲイ」や「同性愛」について書かれていないのとは対照的に、今回の映画『ジョン・クランコ バレエの革命児』は、ジョン・クランコが英国で警察の囮捜査によってソドミー法(同性間の性交渉を有罪とみなす刑法)に抵触するとして逮捕され、どのように国を追われたかということや、シュトゥットガルトに移ってからどんな人たちを恋人にしたかということがとてもリアルに描かれていて、そこがとても良かったです(トラック運転手だったり、外国人だったり。人種や身分などで選別しないところがいいなと思いました)。団内でも男性どうしのカップルが生まれていました(のちにプリンシパルとなりマルシア・ハイデとともに「シュトゥットガルトの奇跡」を体現したリチャード・クラガンもゲイでした)
 
 映画『リトル・ダンサー』で男の子がバレエをやることの困難(“オカマ”呼ばわりされていじめられたり、親の理解が得られなかったり)が描かれましたが、そういうハードルを乗り越えてバレエの世界に入り、活躍した男性たちの中にゲイやバイセクシュアルの方が多くなるのは必然です。ニジンスキーやルドルフ・ヌレエフ、ジョルジュ・ドンをはじめとするたくさんのダンサーたち、ディアギレフやジェローム・ロビンズ、マシュー・ボーン(『リトル・ダンサー』でも最後にマシュー・ボーンの『白鳥の湖』のシーンが出てきます)、シディ・ラルビ・シェルカウイなどたくさんの振付家たちもゲイやバイセクシュアルでした。ジョン・クランコは1960年という、まだソドミー法が生きていた時代に逮捕されてしまったのです(あと10年遅く生まれていたら、逮捕されず、英国にとどまっていたのではないでしょうか。英国はオスカー・ワイルドやアラン・チューリングなどもソドミー法で処罰しました。ホモフォビアによって多くの貴重な才能を失ってきたのです)

 ジョン・クランコは、自身が性的マイノリティだったからということもあるでしょうが、(60年代当時としては素晴らしく先進的だったと思うのですが)人種的マイノリティなどにも寛容でした。マルシア・ハイデというブラジル出身で少しふくよかで若くもないダンサーの才能を見出し、他の人の猛反対を押し切ってプリンシパルに起用し、見事に成功を収めたというエピソードがとても印象的に描かれています。他の団員にもドイツ人ではないダンサーがたくさんいました(「ドイツ人が少なすぎる」と批判されるくらいに)

 クランコは(トラックの運転手とつきあっていたことも象徴的ですが)社会の片隅で暮らす名もなき人々にも親切でした。
 彼がシュトゥットガルト空港に着いて初めて市内に向かう途上のタクシーの運転手さんに「どうです、あの劇場、美しいでしょう」と言われ、しかし、運転手さんはバレエには縁がなく(「ぴょんぴょん飛び跳ねてるイメージ」と言ってました)、あまり観たことがないと言うので、クランコは「私の公演に招待しますよ」と言うのです。そして『ロミオとジュリエット』の初日、そのタクシー運転手が奥さんに連れられて劇場にやってきて観劇(感激)し、ハンカチを持ってオイオイ泣いてたんですよね(たぶん彼は初めて観たんじゃないかと思います)
 バレエだけじゃなくすべての芸術作品ってそういうものだよね、と思わせてくれました。真の芸術とは、名もなき民衆の心を癒し、慰めるような、かけがえのない贈り物。人生に潤いや豊かさを添えてくれる時間であり、それ自体が生きる意味にもなります。そういうバレエをシュトゥットガルトの市民たちは愛し、誇りに思っているのだというセリフもありました。
 クランコはそのことを本当によくわかったうえで、団員とも自分自身とも闘いながら、奇跡のような素晴らしい作品を生み出していったのです。
 
 そんなクランコは、人生をバレエに捧げて燃え尽きてしまったかのように、突然、天に召されます。彼の死を悼むラストシーンには、団員からのあっと驚くような(涙を禁じえない)サプライズが用意されていました。
 
 全編に流れるブラームスのピアノ協奏曲第2番の第3楽章のアンダンテがとても印象的です。『オネーギン』はチャイコフスキー、『ロミオとジュリエット』はプロコフィエフです。吹奏楽やクラシックのファンの方はきっと心躍ることでしょう。

 これは数あるバレエ映画の中でも最高傑作と讃えられるのでは?と思われるような、あらゆる意味で美しく、素晴らしい作品でした。天才的な才能を持ったゲイの人物が、人生を懸けて素晴らしい芸術作品を生み出し、世界を豊かにすることに貢献し、神の領域に近づいていく様がドラマチックに描かれていました。バレエにあまりなじみのない方などもぜひ、ご覧になってみてください。
 
 
 
ジョン・クランコ バレエの革命児
原題または英題:John Cranko
2024年/ドイツ/138分/G/監督:ヨアヒム・A・ラング/出演:サム・ライリーほか

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