REVIEW
涙、涙の真実の物語:映画『シークレット・オブ・ミー』(レインボー・リール東京)
レインボー・リール東京の最終日に観た『シークレット・オブ・ミー』、今回の映画祭の上映作品の中でいちばん泣いたかも…本当に観れてよかったです

6月、7月と2回にわたって開催されてきたレインボー・リール東京(東京国際レズビアン&ゲイ映画祭)もいよいよ最終日。7月12日(日)、クロージング『熱狂をこえて』の1本前に上映された『シークレット・オブ・ミー』を観ました。成人してから出生に秘密があることを知った方の衝撃や、やり場のない怒りや、周囲の人たちの愛を描いた、涙を禁じえないドキュメンタリー映画でした。
<あらすじ>
1995年、ルイジアナ州バトンルージュ。フェミニズム研究の授業中、大学生のクリスティは教科書を開き、それまでクリスティが生きてきた世界観を根底から覆す発見をする。物心ついた時から、クリスティは自分が周りと違うと感じていた。そして今、その理由が明らかになる。医療記録の開示を求めたクリスティは、ついに衝撃的な真実に直面する。





暑い中、日曜の午前中から表参道まで出かける億劫さを思うと、ぜひ観よう、という優先順位はそんなに高くなかった作品なのですが、結果、いちばん泣いたかも…本当に観てよかったです。
ジムはかなり濃いめのラウンドひげをたくわえていて(たぶんひげ好きな方にはたまらないルックスで)、誰も彼が男性であることは疑わないと思うのですが、そんなジムが、過去に自分自身の経験したことを少しずつ語り始めます。20代になるまでクリスティという女子として生きていて、サッカーが好きな活発で男の子っぽい感じの女子だった、ただ、思春期の頃、母親に「成長したら手術を受けなきゃいけないからね」と言われたことがあり、それがどういう意味なのかよくわからなかったけど、母親が悲しそうだったので、特に何も聞かず、成人した、あるとき、大学の授業で性器が非典型な状態で生まれて来る子どもが一定数いる、そういう子どもが生まれた時に勝手に手術されて男の子として生きるか女の子として生きるかを振り分けられてしまうということを知って、これは自分のことだと知って(残酷なことに、女性器形成手術を受けた直後でした)…それは本当にショックなことで、勝手に手術をした医師にも両親にも憤りを覚え…といったお話です。
このような手術はずっと前から行なわれていましたが、70年代に一世を風靡したジョン・マネーという性科学者が、性自認は環境で決まる、コントロールできるという説をもっともらしく吹聴し、社会に大きな影響を与えてしまったことが、この外科手術にお墨付きを与えてしまったのでした。一時期ジョン・マネーのもとで学んだインターセックスの当事者は、彼が絶対に自説を曲げないし、批判を受け付けない人であると語っていました(のちに、マネーの説が間違いだったことがわかりますが、それでも謝罪はしませんでした)
ジムはバトン・ルージュという保守的な南部の町に生まれ育ちましたが、インターセックスのボウという方が当事者の生きづらさや手術の問題を語っているのをテレビで観て、ボウに会いに行こうと思い、カリフォルニアに行き、移住もして、そこでクィアの仲間たちと出会い、ようやく生き生きと暮らすことができるようになります。ボウの活動に加わるようになり、時に医学生などに向けて自分の経験を語ったりもしました。それから強制的に受けさせられた豊胸や膣形成を破棄し、女性ではない身体を取り戻し、ホルモン療法を始め、男性ホルモンを投与し(男性だという自認ではなかったものの、ホルモン治療しないと骨が脆くなるため)、見た目が次第に男性的になっていきました。
もう一人、『ブレンダと呼ばれた少年』という本で有名になったデヴィッド・ライナーのことも取り上げられていました。ジョン・マネーの実験台として無理やり女性化の手術を受けさせられただけでなく、マネーから性的虐待も受けていたデヴィッドは、その双子の兄ともども、悲惨な末路をたどります。憤りを覚えずにはいられないエピソードです。
インターセックスの子どもたちは、いまだに出生時、勝手に性器の手術をされているそうです。ジムやデヴィッドのような思いをしている方がまだまだたくさんいるということです。ぼくらも連帯し、この問題についていっしょに声をあげていけたら…と思わずにはいられません。
※欧州では以前からLGBTQコミュニティとインターセックスのコミュニティの連帯が見られ、LGBTIと表記するのが標準になっています。日本でも2000年代までは一緒に活動する場面が見られました(伏見憲明さんはその著書で何度もハッシーさんという当事者の方との対談やインタビューを掲載していますし、セクシュアルマイノリティ教職員ネットワークが編んだ『セクシュアルマイノリティ』もかなりのページ数をインターセックスに割いていました。TLGP(東京レズビアン&ゲイパレード)の時代、実行委員を務めた方もいらっしゃいました)。2009年には日本小児内分泌学会が「異常(abnormality)や障害(disorder)という言葉を使うべきではない」として性分化疾患という言葉を使うことを決め、ガイドラインの作成に乗り出しました。2011年には六花チヨさんの漫画『IS』を原作としたドラマも放送されました。一方、当事者の間では、性分化疾患は「体の多様性」であり「性の多様性」とは異なるため、欧米のようにLGBTQと一緒に運動することは望まない、あまり表立って活動したくないと考える方たちも多いようです。
『シークレット・オブ・ミー』がとてもよかったのは、インターセックスの置かれている状況やリアリティに触れることができたということだけでなく、ドキュメンタリーとして素晴らしかったということを強調したいです。医療的な難しい言葉を使わず、観客が理解し、自然に感情移入できるようにつくられていましたし、ジムの被害者としての側面だけでなく、その心の成長や、周囲の人たちの心の交流に焦点が当てられていて、終盤は感動的なシーンが次々と…最後の10分くらいは泣きっぱなしでした…顔がグジャグジャになって恥ずかしかったので、早々に会場を後にしましたが、私にとって今回の映画祭の締めがこれだったのは、とてもよかったです。この作品を上映してくれた映画祭の方に感謝です。
今回の映画祭を振り返ってみると、上映された作品がどれも素晴らしかったという思いしかありません。日本の一般の映画館では絶対に上映されないであろうハードコアな作品もあれば、 『クィア・アズ・パンク」や『シークレット・オブ・ミー』のような感動のドキュメンタリーもありました。そのすべてが、マジョリティに一切おもねらない、当事者性の高い作品でした。(AQFFもそうですが)クィア映画祭はこうでなくちゃ!と思います。心からの拍手と感謝を捧げます。
(後藤純一)
シークレット・オブ・ミー
英題:The Secret of Me 監督:グレース・ヒュー=ハレット
2025|イギリス|80分|英語 *日本初上映
SXSW映画祭出品、Framelineサンフランシスコ国際LGBT映画祭アウト・イン・サイレンス賞
INDEX
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- 掛け値なしに素晴らしい、涙の乾く暇がない、絶対に観てほしい名作映画『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』
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- ブリティッシュ・カウンシル+BFIセレクション:トランスジェンダー短編集+『5時のチャイム』上映(レインボー・リール東京2025)
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