REVIEW
好きな人に好きって伝えてもいいんだ、この街で生きていってもいいんだ、と思える勇気をくれる珠玉の名作:野原くろ『キミのセナカ』
野原くろさんの『キミのセナカ』がついに、届きました。悩んでいた高校時代の自分に読ませてあげたい、優しくて、あたたかくて、宝物のような作品。世界中、すべてのひとに読んでほしい一冊です。
昨年夏、「野原くろさん『キミのセナカ』を日本で出版しましょう」で呼びかけたクラウドファンディングが成功し(ご協力くださったみなさん、ありがとうございます)、本が届きました!うれしい!との報告ツイートが続々と上がっている今日この頃です。「宝物のような」「優しい世界」「涙が…」「とても豊かな時間を過ごすことができた」といった感想もたくさん投稿されていて、わかる、本当にそうだよね、と思いながら、付け加えるべき言葉があまり見つからない…と思いながらも、一般発売情報なども交えて、『キミのセナカ』のレビューをお届けします。(後藤純一)
<あらすじ>
「結婚しない若者が増えたとか――テレビのニュースで見るたびにホッとする」
地方の小さな町で暮らすタケルは、そんなことを思う高校生。同級生たちは女性アイドルやグラビアの話に浮かれ、大人たちは結婚して家庭を持つことが一番の幸せと信じている。自分がほかの人と違うことを誰にも打ち明けることができず、早く町を出たいと願っていたタケルのもとに、夏休み前のある日、転校生として幼なじみの公太郎がやって来た。柔道が好きで、心も体もおおらかな公太郎と日常を過ごす中で、タケルの心はときめきはじめる。
「居場所なんて、大事に思えるヤツがひとりいたら、そこが居場所になんだよ、きっと」
公太郎にそう言われ、自分の居場所がここにあることに気づいたタケル、勇気を出して公太郎に自分の気持ちを告白するが……。
優しくて、胸がキュンとなって、あったかい気持ちになれる、幸せを感じられる作品でした。
世の中捨てたもんじゃない、きっと僕は大丈夫、誰かを好きになる勇気をもってもいいんだ、幸せをあきらめなくていいんだって思わせてくれるような、ギュッと抱きしめたくなるような作品、宝箱にしまっておいて時々取り出して眺めたくなるような、まさに珠玉の作品でした。
個人的な話で恐縮ですが、僕は高校のときのクラスメートに恋をしていて、公太郎よりももっとゴツくてヤンキーっぽくて、でも本当にいい奴で、卒業してからもしばらく手紙のやりとりをしてたくらいの友達だったのですが、とうとう、告白(カミングアウト)することはありませんでした。もし拒絶されたらどうしよう…と思うと、怖くて、勇気が出なかったのです。そもそも中高生の頃は自分のような「異常性欲」の「異端」の人間はこの先どうやって生きていけるのか…と絶望し、死ぬほど悩んでいたのですが、そんな当時の自分に読ませてあげたい、と心から思いました(もしあの頃、こんな物語に触れることができていたら、勇気を出して告白できていたかもしれないし、「この街を早く出なければ」とは思わずにすんだかもしれません)
タケルと公太郎は、まるで、僕が叶えることができなかった夢を、代わりに生きてくれているようでした。
きっと僕と同じように感じながら読んだゲイの男の子たちが、世界に何百万人もいるんじゃないかと思います。
男は男らしくて当たり前、女を好きになって結婚するのが当たり前という、世間の人たちに無意識に刷り込まれ、日々、再生産されていく規範意識(異性愛規範=へテロノーマティビティと言います)がシビアな現実としてあって、ゲイにとっては、「彼女いないの?」「早く結婚しろ」という呪いのような言葉としてのしかかりますが、『キミのセナカ』では、まだまだ世間には異性愛規範が根強く残ってるし、上の世代の人だと同性が好きな人もいるってことに思いが至らない人たちも多いけど、それでも今時の女の子とかはちゃんとその辺わかってて手助けしてくれたりするし、みたいなこともさりげなく描かれていたと思います。
僕のように思春期の頃に地獄のような暗黒時代を経験した人でも、いつかは、ずっとそばにいたいって思える人と出会って一緒に暮らしたりできるし、たとえ今、死にたいと思ってるような人でも、きっと状況はよくなる(It gets better)、幸せをあきらめなくていいんだよ、っていうメッセージも込められていると感じました。世の中は自分が思ってる以上に優しいし、今も優しくなり続けてるはずだっていう希望を持てるような。
同性愛を許容しない時代や社会に翻弄されながらも、男の子たちはずっと昔から恋してきたし、好きな人を思う気持ちはずっと変わらずに輝いてる――。高校時代の純粋さなんてとっくに失くしてしまった(汚れっちまった)今の自分でさえも、そんなふうに思えました。心が洗われる思いでした。
野原くろさんの漫画を初めて見たときから、一目惚れというか、ずっとファンだったのですが、僕が惚れたのは、見た目は男臭いけど優しさがにじみでてるような、ゲイにとっての理想的な(みんながそうじゃないにしても、かなり多くの人たちに刺さると思われる)男の子が描かれているからです。ああ、こんな彼氏がいたらいいなぁとか、こんな男の子と一緒に暮らせたら素敵だろうなぁと思いながら野原作品を愛読してきた方、多いのでは?と思います。
『キミのセナカ』のような、BLではない、ゲイのためのゲイテイストな作品がもっとたくさん読まれてほしいな、という思いもあります。ドラマ化や映画化も大賛成です(ただし公太郎役をヘンにJ系とかの「イケメン」にするのはダメ、絶対。柔道やってそうなイモ系のゴツい男の子であってほしいです)
この作品がもともと韓国で出版されたということも感慨深いです。『夜間飛行』という映画で壮絶に描かれたように、韓国の男子高校生がゲイであるとカムアウトしたり好きな男の子とつきあったりすることは絶望的に厳しいことでした(今はもう少し状況がよくなっていると信じます)。そんな韓国で、あなたの友達の中にも性的マイノリティは存在するということを、読者が紙の上で経験できるように作られた画期的な『六つ』という本が2015年に出版され、その中の一編として、野原くろさんがカミングアウトをテーマにした描き下ろし短編を依頼されたことがきっかけでした。その後、野原さんは物語の続きを描き上げ、クラウドファンディングで資金が集められて2019年、とても美しい装丁の『キミのセナカ』という宝物のような1冊が誕生したんだそうです。その後、台湾や、フランスにもこの名作が翻訳されていき、今回、日本でも無事に翻訳出版されたのでした。これからも、もっとたくさんの国に届けられるといいですね。
クラウドファンディングに参加された方も多いと思いますが、もし参加してなくて、この『キミのセナカ』を読んでみたい!という方は、3月12日から一般販売されるそうです(予約受付中です)ので、お待ちください。loneliness booksではもっと早く、2月下旬から発送するそうです。
キミのセナカ
著:野原くろ/発行:サウザンブックス社/デザイン:6699press(韓国)/並製本/A5変形判/162ページ
紙製本(ソフトカバー) 1,600円+税
電子書籍 1,400円+税
INDEX
- かけがえのない命、かけがえのない愛――映画『スーパーノヴァ』
- プライド月間にふさわしい観劇体験をぜひ――劇団フライングステージ『PINK ピンク』『お茶と同情』
- 同性と結婚するパパが許せない娘や息子の葛藤を描いた傑作ラブコメ映画『泣いたり笑ったり』
- 家族的な愛がホモフォビアの呪縛を解き放っていく様を描いたヒューマンドラマ: 映画『フランクおじさん』
- 古橋悌二さんがゲイであること、HIV+であることをOUTしながら全世界に届けた壮大な「LOVE SONG」のような作品:ダムタイプ『S/N』
- 恋愛・セックス・結婚についての先入観を取り払い、同性どうしの結婚を祝福するオンライン演劇「スーパーフラットライフ」
- 『ゴッズ・オウン・カントリー』の監督が手がけた女性どうしの愛の物語:映画『アンモナイトの目覚め』
- 笑いと感動と夢と魔法が詰まった奇跡のような本当の話『ホモ漫画家、ストリッパーになる』
- ラグビーの名門校でホモフォビアに立ち向かうゲイの姿を描いた感動作:映画『ぼくたちのチーム』
- 笑いあり涙ありのドラァグクイーン映画の名作が誕生! その名は『ステージ・マザー』
- 好きな人に好きって伝えてもいいんだ、この街で生きていってもいいんだ、と思える勇気をくれる珠玉の名作:野原くろ『キミのセナカ』
- 同性婚実現への思いをイタリアらしいラブコメにした映画『天空の結婚式』
- 女性にトランスした父親と息子の涙と歌:映画『ソレ・ミオ ~ 私の太陽』(マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル)
- 女性差別と果敢に闘ったおばあちゃんと、ホモフォビアと闘ったゲイの僕との交流の記録:映画『マダム』(マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル)
- 小さな村のドラァグクイーンvsノンケのラッパー:映画『ビューティー・ボーイズ』(マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル)
- 世界エイズデーシアター『Rights,Light ライツライト』
- 『逃げ恥』新春SPが素晴らしかった!
- 決して同性愛が許されなかった時代に、激しくひたむきに愛し合った高校生たちの愛しくも切ない恋−−台湾が世界に放つゲイ映画『君の心に刻んだ名前』
- 束の間結ばれ、燃え上がる女性たちの真実の恋を描ききった、美しくも切ないレズビアン映画の傑作『燃ゆる女の肖像』
- 東京レインボープライドの杉山文野さんが苦労だらけの半生を語りつくした本『元女子高生、パパになる』
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