REVIEW
僕らはこんな漫画をずっと読みたかったんだ…田亀源五郎『魚と水』単行本
田亀源五郎さんのグルメ漫画『魚と水(うおとみず)』が単行本になりました。ある意味『ハートストッパー』のがちむち大人版のような、GMPD系な二人の男たちが食事を通じて自然と惹かれあっていく様をラブリーに描いたロマンチックなグルメ漫画です。
『弟の夫』『僕らの色彩』で全世代・あらゆる人に向けてゲイのことを描き、内外で高く評価された田亀源五郎さんの新作読切グルメ漫画『魚と水(うおとみず)』が単行本になりました。
もともとグルメ特集のために書かれた読切漫画で、webアクションに公開されたのですが、好評につき、連載となり、こうして単行本となったのでした。
読切(第1話)を読んだときは、このような感想を書かせていただきました。
「男二人のロマンス“未満”を美味しく描いた、コロナ禍のリアリティも描かれた幸せな気持ちにさせてくれる作品。「ほおお」と思うような一工夫が効いた美味しそうな料理ができあがるところはまるで『きのう何食べた?』のようでもあり、二人のなにげない会話のやりとりや親密な関係性、ゲイのファンのためのサービスカットも描かれるにつけ、「もしかしてこのあと二人はめちゃくちゃヤッたりするのだろうか…」とドキドキさせたりもして、とても「萌え」でした」
こうして連載化され、単行本になった『魚と水』を読んでみて、僕はずっとこういう漫画が読みたかった、ずっと待ってたんだ、という思いを新たにしました。それは『ハートストッパー』を観た時の感動にも似ていました。『ハートストッパー』のがちむち大人版のような、コージとアキラが、お互いに、この人と一緒に過ごす時間こそが心地よく、楽しく、幸福だと感じ、次第に惹かれあい、結ばれる、そんな二人の姿を描いた作品。まさに「魚と水」のように、二人は二人でいる時こそ生き生きと輝いていくのです。
これまで多くの人が「ゲイ」にまつわる“変態”とか”異常”というネガティブな世間の偏見(スティグマ)ゆえに、自分はゲイなんかじゃないと否認したり、自分がそうだとバレたら生きていけないという思いをつのらせたり(無理心中を図ったり)してきました。悲しい歴史です。世界はまだまだホモフォビアに満ちています。
『ハートストッパー』では、ニックが、チャーリーに惹かれていることを自覚したとき、自分が何者なのかを知ろうと「ゲイ」というキーワードでググってみるというシーンが描かれていました(決してニック自身がネガティブに感じていたわけではないのですが、世の中のホモフォビアを目の当たりにして、傷つきます)。コージとアキラの二人も、一緒にいる時間の楽しさや幸福感を重ね、少しずつ距離を縮めていき、好きだということを確信したとき、「ゲイ」という概念に到達するのですが、異性愛規範やホモフォビアにからめとられることなく、愛で乗り越えていくところが素晴らしいと思いました。同性婚やLGBT差別禁止法が実現し、宗教右派の攻撃やネット上でのヘイトがなくなり、台湾のように街中でふつうに手をつないで歩けるような時代が来たら、たくさんのコージとアキラが現実世界に現れ、幸せに暮らせるようになることでしょう。
『ハートストッパー』が全世界を熱狂させたのは、高校でラグビー部のスターとして人気者になっているニックと、典型的なゲイである(『glee/グリー』で言うと「はみ出し者」のレッテルを貼られている)チャーリーのロマンスというありそうでなかなかない夢物語を描いたからですが、それは高校生という若い二人だから受け入れられやすかった(BLファンも食いついた)という側面もあると思います。『魚と水』はBLの要請する「美形の若い男の子」ではない、山男みたいなむさ苦しい見た目のコージと、がっちりマッチョなアキラというカップリングで、僕らゲイが「これは自分だ」と思えるような二人だったということの意義も強調したいところです。田亀さんだからこそです。「尊い」ことです。
ガタイが良くて男臭い二人という、一見、ホモソーシャルに見える絵面でありながら、しかし、二人は女性を見下したりゲイを侮蔑したりせず、異性愛が前提の社会を自明視することもなく、あまつさえお互いに意識しあい、惹かれあっていくという…よく考えたらこれは凄い漫画だと思います。
例えば『作りたい女と食べたい女』のような、女性どうしで、SEXシーンのない同性愛ドラマだと世間に受け容れられやすい、ということは絶対にあって(今回『作りたい女と食べたい女』を引き合いに出さなかったのは、そういう理由でした)、男性どうしで、しかも美形でも若くもない男性どうしの性愛を描くとなると、世間の蔑視や嫌悪が激しくなりがち…なので、そういう障壁を乗り越えて『魚と水』が世に送り出されたことに、拍手を送りたい気持ちです。
最初の緊急事態宣言が明けて、飲食店が夜開いてなかったり、まだまだ緊張感があったり、人々がロックダウンで孤独感を覚えがちだった頃の作品であるということにも意味があって、コロナ禍のリアリティを描いたというだけでなく(たぶん、あと何年か経ったら、コロナ禍のリアリティを描いた漫画としても評価されるのではないかとも思います)、そういう時期だったからこそアキラは頻繁にコージの部屋に行って食事を共にするようになったわけですから、物語的に必然性がありますし、当時の状況に鑑みると、ちょっと切なくもあると思うんですよね(COVID-19が重症化すると命にかかわると見られていた時ですから、こうして二人が出会ったことは、平常時にはない「出会えたことが奇跡」「これが最後の恋かもしれない」的な意味合いを帯びると思うのです)
「何食べ」と同様、グルメ漫画としても実に魅力的だと思います。決して特殊な調味料を使ったり凝ったことをしているわけではない、ノンケさんがイメージする「男の手料理」とかでもない、ちょうどいい、絶妙な感じ(早速シンガポールチキンライスを作ろうかと思案中)
第3話「映画」の扉絵が『エマニエル夫人』オマージュになっていたりするゲイテイストも素敵です(第5話「ゲリラ豪雨」は『雨に唄えば』ですね。もしかして全ての扉絵が映画からの引用?)
最後に、コージとアキラが初めて出会った時のことが番外編として掲載されていますが、たいへん面白いです(種明かしというか…二人がもともとどういうキャラだったかがわかります)
ともあれ、二人が惹かれあい、距離を縮めていく過程のドキドキ感や、コージが料理を作ってる間にアキラが洗濯物を畳むというような日常の生活感や、いろんなディテールの楽しさをぜひ、満喫してください(みなさんきっと、ウチは洗濯物は必ず二人で一緒に畳むのよね、とか、晩ごはんで白米がないって物足りないよね、とか、家で二人でホラー映画を観るとしたら…とか、あれこれ感想を言いたくなると思います。ゲイカップルのリアルがたくさん詰まっていて、楽しいです)
(文:後藤純一)
魚と水(アクションコミックス)
著:田亀源五郎
2023年5月18日発売
定価:770円 (本体700円)
コージが作ってアキラが食う!ご飯を食べる時も、ドラマを見る時も、公園に出かける時も、いつも二人で――。気の合う友達は、最高の「パートナー」でした。ゲイ・エロティック・アートの巨匠・田亀源五郎による『弟の夫』『僕らの色彩』に続く一般作品第3弾はコロナ禍の男同士の食卓を描いたグルメマンガ!
INDEX
- クィアが「体感」できる名著『慣れろ、おちょくれ、踏み外せ』
- LGBTQは登場しないものの素晴らしくキャムプだったガールズムービー『バービー』
- TORAJIRO 個展「UNDER THE BLUE SKY」
- ただのラブコメじゃない、現代の「夢」を見せてくれる感動のゲイ映画『赤と白とロイヤルブルー』
- 台湾映画界が世界に送る笑えて泣ける“同性冥婚”エンタメ映画『僕と幽霊が家族になった件』
- 生き直し、そして希望…今まで観たことのなかったゲイ・ブートキャンプ・ムービー『インスペクション ここで生きる』
- あらゆる方に読んでいただきたいトランスジェンダーに関する決定版的な入門書『トランスジェンダー入門』
- 世界をトリコにした名作LGBTQドラマの続編が配信開始! 『ハートストッパー』シーズン2
- 映画『CLOSE クロース』レビュー
- 映画『ローンサム』(レインボー・リール東京2023)
- 映画『ココモ・シティ』(レインボー・リール東京2023)
- FANTASTIC ASIA! ~アジア短編プログラム~(レインボー・リール東京2023)
- 映画『マット』(レインボー・リール東京2023)
- 映画『秘密を語る方法』(レインボー・リール東京2023)
- 映画『クリッシー・ジュディ』(レインボー・リール東京2023)
- 映画『孔雀』(レインボー・リール東京2023)
- クィアな若者がコスメ会社で働きながら人生を切り開いていくコメディドラマ『グラマラス』
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