REVIEW
クィアな若者がコスメ会社で働きながら人生を切り開いていくコメディドラマ『グラマラス』
メイク命なマルコがコスメ界の大御所(SATCサマンサ役のキム・キャトラル)に見出され、グラマラスでゲイだらけな職場で働くことになり、恋愛や仕事に悩みながら成長し、人生を切り開いていくという素敵なドラマがNetflixで配信中です。面白いだけじゃなく、ちょっと感動するくらいLGBTQのことがメインテーマになっていて、素晴らしいです

昨年夏、SATCサマンサ役のキム・キャトラルがコスメ界の女王に:Netflix新作『Glamorous』というニュースで、「ジェンダー・ノンコンフォーミングの主人公マルコ・メヒアがコスメ界の大御所マドリン・アディソンに仕えながら、自分が人生に何を求め、自分は一体何者なのかを探求し、クィアであることの真の意味に気づいていく」というストーリーの新シリーズが製作されるとお伝えしていましたが、無事にドラマが完成し、この6月から日本でも配信がスタートしました。
主人公マルコ・メヒアを演じるYouTuberのベン・J・ピアース(ミス・ベニー)は『TIME』誌でトランスジェンダーであることをカムアウトし、『グラマラス』への出演と自身の性別移行のことについても語りました。14歳の時にLAに移住して俳優を目指し、19歳の時に自分らしさを前面に出して臨んだ『グラマラス』のオーディションで主演のマルコ役を勝ち取り、泣いて喜んだものの、『グラマラス』は当初放送を予定していた局でお蔵入りとなり、しかも世界はコロナ禍に襲われ…そんななか、トランスジェンダーであるスペイン人アーティスト、クリスティーナ・オルティス・ロドリゲスの生と死を描いたドラマ『Veneno』を観て、登場人物たちが「いつジェンダー移行を始めたの?」「あなたはいつ始めるの?」と語る様子を見て、「自分がもし誰かにそんな質問をされたら、もっと早く移行しなかったせいでどれだけの時間を無駄にしたのかを痛感することになる」と思い、日常生活の中で少しずつ性別移行を開始、「これまでの人生ずっと鼻が詰まったまま生きてきて、突然気道が開いて息ができるようになったようだ」と感じたそうです。その後、Netflixで『グラマラス』の制作が決まったものの、マルコという男性の役に配役されている自分はもう男性ではないため、悩んだ末、自身の現実世界での経験に合わせてマルコも性別移行させていくことを提案すると、プロデューサー陣もNetflixもそれを支持してくれて、一人のクィアの若者が、恋愛や仕事に悩みながら、自己発見していくという物語になったんだそう(よかったですね)。ミス・ベニーにとって、トランスヘイトが政治利用されるなかで番組を発表することやトランスジェンダーだとカミングアウトすることに不安もあったそうですが、ネット上のLGBTQ+のストーリーに希望を抱いていた幼少期を思い出し、「他の人とは違うことの重みを感じている人がいるなら、私たちのような人が活躍し、祝福される姿を観る機会を彼らにも持ってほしい」と感じているそうです。(フロントロウ 「「息ができるようになった」『グラマラス』俳優がトランスだと公表」より)
今の時代にこのドラマが製作され、世界に向けて配信されたことにはとても大きな意味があると言えそうです。
取り急ぎ、第1話から第3話まで観た感想をお伝えします。
<あらすじ>
ひょんなことからコスメ業界の大物の下で働くことになった、インフルエンサー志望のマルコ。華やかな職場で新たなチャレンジに直面したり、恋愛に心を悩ませつつ、自己発見の旅に乗り出していく…。
オープニングで流れたのはレディ・ガガの「Stupid Love」。気分も爆上がりです。(「Stupid Love」と「Rain On Me」はコロナ禍の閉塞的な時期に世界中のクィアを励ました元気ソングでした。このドラマのオープニングにこれ以上ふさわしい曲はないでしょう)
そして、あの『セックス・アンド・ザ・シティ』のサマンサ、キム・キャトラルがマドリン(多分メイベリンを意識したネーミング)という、マルコを雇うコスメ会社の社長の役を演じているのがまず素敵です。サマンサのような性に奔放なキャラクターではなく、あくまでもエレガントでゴージャス。そしてマドリンは『プラダを着た悪魔』のメリル・ストリープとは対照的に、メイクこそが生きがいだと語るマルコに目をかけ、アシスタントに迎え入れ、落ち目の会社の起死回生を図ろうとするのです。
マルコは毎日バッチリメイクして、ヒールを履いて出社するのですが、うっすらヒゲの剃り跡が見えていたり、胸毛が見えていたりするところに男性の部分も残っていて、今まであまり見たことのないタイプの「グラマラス」なゲイ(…というよりはジェンダークィアなのですが、最初は自分自身「ゲイ」とアイデンティファイしています)。メイクがいかに自分の人生にとって大切かと語る、その語り口が素敵です。コスメが好きすぎるがゆえにマドリンに抜擢され、(『スチュワーデス物語』の堀ちえみさん並みに)ドジっ子ながらも必死に頑張るその姿を思わず応援したくなるような、キュートでラブリーなキャラクターです。さすがプロは違うなと感心させられるのは、マッチョで男らしいゲイよりも、マルコのほうが断然魅力的に見えるよう作られているところです。もちろんミス・ベニーの魅力によるところも大きいと思うのですが。
このテのドラマには、新人の主人公をイビったりいじめたりする天敵の存在が不可欠ですが、それが、マドリンの息子(ゲイ)のチャドです。チャドだけでなく、この会社はゲイやレズビアンだらけなのです(字幕の「レズ」はいただけませんが…。良質なクィア作品を多数手がけているだけに残念です)。『プラダを着た悪魔』ではナイジェルが、『アグリー・ベティ』ではマークがゲイの役でしたが(プラス、トランスジェンダーのアレクシス・ミードも登場。GLAADメディア賞も受賞しています)、『グラマラス』ではついに、主人公もクィアならライバルもクィアという次元に到達したのです。
第2話の、ドラァグクイーンがショーをするようなクィアのパーティに出かけるシーンも素敵でしたし、(日本だとあまり考えられないことですが)マルコがその「グラマラス」な魅力ゆえにマッチョなゲイからもモテてしまうという「現代のおとぎ話的」なロマンスの部分も素敵でした。
そして第3話は、ちょっと予想外の展開で、まさかの涙がこぼれました。このドラマがはっきりとLGBTQ(クィア)コミュニティを支援する明確な意図を持って作られた作品だと確信させてくれました。
ファッション関係の華やかな職場に入ってきた新人が、上司から怒られたり、イビられたり、嫌な奴にいやがらせを受けたりしながらも成長し、仕事と恋の両立の難しさに悩んだりしながら、自分自身の人生を見つめ、道を切り開いていくというジャンルの映画・ドラマのなかで、『グラマラス』のように、主人公もクィアなら職場の人たちもクィアだらけ、そしてLGBTQのことがこんなにメインテーマになっている作品というのも(意外と)なかったんじゃないかと。スゴいことだと感じます。
満を持して、作られるべくして作られた作品。時代が『グラマラス』を待っていたのです。
ぜひ、ご覧ください。
グラマラス
2023年/米国/監督:トッド・ストラウス=シュルソン/出演:キム・キャトラル、ミス・ベニー、ジェイド・ペイトン、ゼイン・フィリップス、マイケル・スー・ローゼン、アイーシャ・ハリス、グラハム・パークハースト
Netflixで配信中
INDEX
- 「すべての愛は気色悪い」下ネタ満載の抱腹絶倒ゲイ映画『ディックス!! ザ・ミュージカル』
- 『ボーイフレンド』のダイ(中井大)さんが出演した『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』第2話
- 安堂ホセさんの芥川賞受賞作品『DTOPIA』
- これまでにないクオリティの王道ゲイドラマ『あのときの僕らはまだ。』
- まるでゲイカップルのようだと評判と感動を呼んでいる映画『ロボット・ドリームズ』
- 多様な人たちが助け合って暮らす団地を描き、世の中捨てたもんじゃないと思えるほのぼのドラマ『団地のふたり』
- 夜の街に生きる女性たちへの讃歌であり、しっかりクィア映画でもある短編映画『Colors Under the Streetlights』
- シンディ・ローパーがなぜあんなに熱心にゲイを支援してきたかということがよくわかる胸熱ドキュメンタリー映画『シンディ・ローパー:レット・ザ・カナリア・シング』
- 映画上映会レポート:【赤色で思い出す…】Day With(out) Art 2024
- 心からの感謝を込めて――【スピンオフ】シンバシコイ物語 –少しだけその先へ−
- 劇団フライングステージ第50回公演『贋作・十二夜』@座・高円寺
- トランス男性を主演に迎え、当事者の日常や親子関係をリアルに描いた画期的な映画『息子と呼ぶ日まで』
- 最高!に素晴らしい多様性エンターテイメント映画「まつりのあとのあとのまつり『まぜこぜ一座殺人事件』」
- カンヌのクィア・パルムに輝いた名作映画『ジョイランド わたしの願い』
- 依存症の問題の深刻さをひしひしと感じさせる映画『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』
- アート展レポート:ジルとジョナ
- 一人のゲイの「虎語り」――性的マイノリティの視点から振り返る『虎に翼』
- アート展レポート:西瓜姉妹@六本木アートナイト
- ラベンダー狩りからエイズ禍まで…激動の時代の中で愛し合ったゲイたちを描いたドラマ『フェロー・トラベラーズ』
- 女性やクィアのために戦い、極悪人に正義の鉄槌を下すヒーローに快哉を叫びたくなる映画『モンキーマン』